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バキッーーー
通学路の脇道から鈍い音が聞こえてきて、暗い道に目を向けた。
見知った顔が見え、早々とこの場を立ち去りたくなる。
黒に近い茶髪を外ハネにして、だらしなく学ランを着ているあいつは口元の傷を拭いながら荒れた息を整えていた。
見つかったら面倒だ。
見なかった振りをして、再び学校へと足を向ける。
矢崎隼。
成績順でクラスを決められる俺らの高校で、最低クラスのF組。
俺と同じクラス。
喧嘩っ早くて、アホでお調子者。
もう3年の春だってのにこんなに喧嘩に明け暮れて、あいつは将来っつーもんは考えてないのか…。
あいつとは腐れ縁ってやつで、小一からの付き合いだから…かれこれ十年以上の付き合いだ。
初対面の印象っつーのも最悪で、俺の記憶には未だ鮮明にそれが残っている。
ーーーーーーーー
「なあ、俺隼っていうんだ!お前は?」
「深山琉」
「琉か!可愛い名前だな!お前にピッタリじゃん」
「は?」
可愛らしい笑顔で嫌味を言ってくる隼を鋭く睨み付けると、ビクリと肩が揺れたのが分かった。
「そ、そんなに怖い顔すんなよ!可愛い顔が台無しだぞ!」
「男に可愛いとか言うな」
「へ!?」
ーーーーーーーー
未だに、あの時の隼の驚いた顔が忘れられない。
後に聞いた話では、俺の事を女の子と思って疑っていなかったらしい。
失礼な話だ。
しかし、お調子者で人気者の隼と仲良くなるのに時間は掛からなかった。
事ある事に絡んで来て、いつも隣で騒ぎ散らかすもんだから、いつのまにか俺も巻き込まれていた。
そこから中学、あろうことか高校も同じ。
クラスもずっと同じ。
なんの運命の悪戯か知らないが、俺の隣にはいつもあいつが居た。
……とはいえ、人の喧嘩に巻き込まれるのだけはごめんだ。
さっさと学校行こ。
ぺしゃんこのバックを抱え直して、欠伸をしながら重たい足を動かす。
「おーい!琉!お前見て見ぬふりすんなよー」
ガシッと肩を抱かれて、思わず「ゲッ」と声を漏らしてしまう。
「お前なんだよ、ゲッて」
「や…別に。つか暑苦しっ!離れろ」
隼の体を無理やり引き離して、再び歩みを進める。
「んだよ、相変わらず冷めてんな」
「おめぇが朝から元気過ぎるだけだろ」
溜め息を吐きながら隼の顔を見ると、口の端が僅かに切れている。
馬鹿だな、と思いながら再び溜め息を吐いた。
「てめっ人の顔みて溜め息吐いてんじゃねえよ!」
「つーかさ、俺らももう三年だぞ?喧嘩も程々にしろよ」
「しょーがねえじゃん、あっちが突っかかってくんだもん」
口の端を親指で拭いながらいじけたように言う隼に、それもそうかと口を噤む。
「お前も人の事いえねえじゃん?」
「俺はお前程好き好んで喧嘩してる訳じゃねえし」
「ハイハイ、ソウデスネ」
耳をほじくりながら返答する隼は、最早聞く耳持たずという様子だ。
まあ、隼の言う事も一理ある…。
中学時代から去年位にかけて、俺らは飽きる程喧嘩に明け暮れていた。
元々お互い短気で、小さな頃から喧嘩ばかりしていた俺たちはお互い喧嘩慣れしていたのだ。
中学に上がって、先輩に目を付けられたのが全ての始まり。
俺と隼でセットで呼び出されては返り討ちにして…と繰り返していたら、いつの間にか他校の生徒や顔も知らないようなやつにも喧嘩を売られるようになっていた。
「てか俺最近喧嘩してねぇし」
ガシガシとはちみつ色に染めた髪をかきあげながら言うと、隼が僅かに微笑む。
「お前は怪我とか似合わねえからその方がいいよ」
「似合う似合わねえの問題かよ」
呆れながら言うと、乱雑に頭を撫でられた。
「そーゆーもんなの!」
「訳分かんね」
「つーか何、もー学校行くの」
「たりめーだろ、もう8時だぞ」
隼はブーブー文句を言いながらも、俺の隣を歩き続ける。
お互い教科書もなんも入ってない空っぽのカバンを手に、学校へと向かった。
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