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「体、大丈夫?」
「……今んところは」
「良かった」
肘を風呂の淵に乗せて寄りかかり、降り頻る雪を見上げた。
風呂から出てる湯気がライトに照らされて幻想的な景色を作り出している。
隣に居るのはいつもと変わらないはずの琉なのに、どこかいつもと違う空気が流れている気がした。
それは一線を超えたからなのか、それともこの特別な空間のせいなのか……。
俺にはいまいち分からなかった。
幸福感と、色んな感情で胸がいっぱいになる。
「なあ琉〜」
「ん?」
「…卒業したらさ、俺実家出ようと思ってんだ」
「え…」
俺の実家と、琉の実家は徒歩で5分程の距離にある。
小学生の頃は毎日のようにどちらかの家に行き来していた。
チラリと琉を見ると、どこか寂しそうな顔をして俺を見ていた。
「お前が色々落ち着いたら……一緒に住まない?」
「でも…俺、多分暫く金ねえよ」
「ん。その分俺が働く」
「……それは、違ぇだろ」
琉はいつも、俺が金を出す事に関して異様に嫌がる。
今回の旅行に関してもそうだけど、飯を食いに行っても必ず割り勘をしたがる。
自分も男だから、なんて琉は言うけど…そう言うことじゃないんだよな。
「だって、俺のわがままだから」
「わがままって…」
「俺が琉と住みたいの。出来るだけ、一緒に居たいの」
「……俺、死ぬ気で来年大学入るからさ…それからでもいい?」
「分かった…。なら、俺も一年で死ぬ気で貯金する」
任せろっ!と言いながら笑うと、少し遠くにいる琉も笑った。
ずっと変わらず一緒に居た俺らは、未来を信じて疑わなかった。
こいつと俺となら、絶対大丈夫だ。なんて、確証も無いことを信じていたんだ。
_____
◽︎琉
先に上がった隼に続いて、俺も風呂から出ると旅館に準備されていた浴衣を着付ける。
適当に帯を結び、布団に寝転がる隼の元へと歩み寄った。
「ちゃんと温まった?」
「少なくとも、お前よりは」
笑いながら答え、布団のど真ん中に寝ている隼のすぐ脇に腰を下ろす。
「……今日は、一緒に寝ていいだろ」
「その前に髪の毛乾かさないと。風邪引くよ」
起き上がって俺の髪の毛を肩に掛けていたバスタオルで荒々しく拭く隼に、クスリと笑ってしまう。
「お前も乾いてねえじゃん」
「ほぼ乾いてるよ」
「それ言ったら俺も」
バスタオルを奪い取って、自分で拭きながら後ろに手を付く。
半乾きの髪をかきあげてあぐらをかいている隼は、やけに色っぽく見えた。
「……お前は、やっぱ…なんか、あれだよな」
「ん?なに、あれって」
笑いながら尋ねる隼に、ぼすんとうつ伏せに倒れ込む。
「経験豊富」
顔を布団に押し付けながら呟くと、その声がやけに自分の耳に響いた。
どこかいじけたような自分の声に嫌気がさす。
「は?」
隼は笑いながら呟き、未だ濡れている俺の頭を荒々しく撫でる。
「俺だって…男としたのも、好きな奴としたのも初めてだよ」
そんなふうに言われて、俺はなんて言えばいいんだよ…。
返す言葉が見つからずに顔を伏せたままでいると、布団を擦る音が聞こえて隼が隣に寝転んで来た。
「でもさ、初めてしてその感想が出てくるって事は」
髪をかきあげられながら、顔をそちらへと向かされる。
「俺、ちゃんと上手に出来てたってことかな」
言葉とは裏腹に、余裕綽々の笑みを浮かべるそいつに自然と顔に熱が籠った。
「…よかった?」
さすがにその質問に答える勇気は無いまま、バスタオルを自分の顔に被せる。
「……知らねえ」
あんなに気持ちが良いと思えたのも、幸せだと思えたのも、初めてだった。
けど、そんな事を本人の前で口に出来るほど俺に素直さなんてもんは無かった。
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