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小学生の頃から家に帰ればいつも一人ぼっちだった。
寂しくて、それを苛立ちに変えて母に当たってしまった事も沢山あった。
夜九時過ぎに帰宅して、飯を作る母の背中を叩いて、何でこんなに遅いんだって泣いたこともあったっけ。
残業をして、スーパーで買い物をして、家に帰ってご飯を作って……。
そんな母が、俺に何かを手伝って欲しいと口にした事は一度だってなかった。
やってもらうのが当たり前。
そんな風に思っていた自分を、心底ぶん殴りたくなった。
毎晩遊んで、喧嘩して、馬鹿やって……。
普段何しても怒んない母が、怒鳴り散らすのはいつだって傷だらけになって帰った日だった。
怒鳴られて、腫れてるほっぺを引っぱたかれて、痛いくらいに抱きしめられた。
「……母さんは、夢とか…あんの?」
「えーー。何、突然」
通帳を返しながら尋ねると、母さんはそれを元の引き出しに戻してコタツへと入り込んだ。
「んー。何だろうなぁ。琉が幸せになる事かな」
「んだよそれ」
母さんの隣に一度座り、その細い肩を見つめる。
「あんたが幸せなら、あたしも幸せ」
「……孫の顔見てえとか言わねんだ…」
絞り出した様な声に、母さんがこちらへと振り向いた。
フッと眉を垂らして微笑んで優しく頭を撫でてくれる。
「あんたがいれば十分」
涙が出そうになって、慌てて唇を噛み締めた。
きっと隼との事に気づいているだろう母の言葉に、やけに胸が温かくなった。
「……たださぁ」
「…ん?」
にやりと笑う母に、嫌な予感がしながらも優しく返す。
この顔をした母がろくでもないことを考えているのはもうわかっている。
「お母さんねぇ、息子と恋バナするのは夢だったんだよねぇ」
「は!?」
コタツに置いてあった蜜柑を剥きながらしみじみとしている母に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「て、てか別に!今まで何回か彼女の話くれぇしてただろ!」
「はー。あんたって子は分かってないね」
「何がだよ」
「彼女できた。普通に可愛いんじゃん?知らね。…………そ!れ!の!どこが恋バナだこるぁあ!」
バシッと頭を叩かれて、目を見開いて母を見た。
「何が不満だよ!」
「あたしはもっとさー、あんたが照れながら好き好きオーラ出しながら話す恋バナが聞きたいの。分かんないかなぁ」
「は!?知らねぇよそんなん!」
「で?どうなの、今は」
相手が隼と知っていながら、それを口にしないのは俺から言って欲しいという要望なのだろうか。
頭を強めに掻いて膝を立ててそこに顔を埋める。
「……隼…と、付き合っ…てる」
初めて自分の口から言葉にした事により、体中の熱が顔に集まった。
ちらりと見た母は、優しい笑みを浮かべている。
「うん。そっか」
「おぅ…」
「琉はさ、あいつのどこが好きなの?」
「な!!!なんで、そんな事…」
「ばっかだねー!それが恋バナってもんでしょうが!」
手に持っていた蜜柑を俺に突き立てて来る母の顔は、なんだか生き生きして見えた。
手の甲を顔に当てて顔の熱をなんとか逃がす。
「……そんなん、知らね」
プイと顔を逸らすと、少しの間を置いて俺の髪を荒々しく撫でた。
「そうかい」
そのまま前を向いて蜜柑を食べ進める母の背中に視線を移す。
大きく感じていた母の背中は、いつの間にか自分よりも小さくなっていた。
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