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何の偏見もなくただ俺を受け入れてくれる母に、感謝の気持ちが溢れた。
「……ただ、傍に…あいつの、一番近くに居たいって……思った」
ボソボソと小さく呟いて、いたたまれなくなって居間を飛び出す。
「琉〜!車、気をつけなよ」
母の言葉に返答する間もなく、大きな音を立てて家の扉を閉めた。
「そんな顔見れただけであたしは幸せだ」
小さくつぶやく母の言葉が、俺の耳に届くことは無かった。
冷たい風が熱くなった顔に容赦なく吹き付けてくる。
隼との待ち合わせ時間までは、10分の猶予がある。
いつも隼が迎えに来てくれてるしたまには俺が迎えに行ってやるか…。
コートのポケットに手を突っ込んで、マフラーに顔を埋める。
吐く息は全て白い煙に変わっていき外の寒さを表していた。
見上げた夜空には満点の星が浮かんでいる。
月明かりに照らされた道に、どこか懐かしさを感じた。
何時まででも遊び続けていたあの日々を、思い出させて来る。
帰る時にはいつだってこの道を隼が送ってくれた。
女じゃねえんだぞって言っても、送るのを辞めることは無かった。
心配性なあいつの性格に、笑みがこぼれた。
『早く家出ちゃったから、もーすぐお前ん家』
隼にメールを送って、キンキンに冷えていた携帯を再びポケットに戻す。
しかし、すぐに着信を知らせる音が鳴り慌てて携帯を取りだした。
「どした」
『あ!琉!あけおめ!』
「おめでと。もう着くけど、なんかあったか?」
『いや、違くて…夜遅いし大丈夫かなってーー「琉くん!?」って、おい、翔太!』
「翔太?久しぶり。あけましておめでとう」
『琉くんおめでとう〜!家に来るの?「ちげぇよ。初詣行くの!」』
翔太は隼の年の離れた弟だ。
確か、7個下だったか…。
今年五年生になる翔太とは、昔良く一緒に遊んでいた。
俺らが中学に上がる頃からはだんだん遊ぶ事も少なくなって行ったが、未だに俺に懐いてくれているみたいだ。
『えー、琉くんと久しぶりに話したかった!「少し寄って貰ったら?隼」いやいや、もう1時だぞ?』
「あー。お袋さんもそう言ってくれるなら、ちょっと寄らせて貰おうかな」
わいわいと賑やかな声が聞こえてくる隼の家は、昔と何ら変わっていないようだった。
『えー』
「良いじゃん。隼ん家、久々に行きたい」
『……少ししたらすぐ行く?』
「いくいく」
『分かった』
どこか納得しない様子のまま通話が切れる。
それと同時、50m程先の隼の家の扉が開いた。
「琉!」
静まり返った住宅街にバカでかい隼の声が響き渡る。
道に飛び出してきた隼に、シー!とやりながら駆け寄った。
「あけおめ」
「おめでと。外さみーな」
頬を触られて、冷えた肌が僅かに温まる。
「琉の顔冷てえ」
「この距離でこれだぞ。冬はこええな」
ふっと笑いながら言うと、隼の顔が少しずつ近づいてくる。
唇が触れそうになって自然と瞼を閉じた。
ガチャっーーーー
ドンッと隼を思い切り突き飛ばし、再び開いた家の扉を見やると無邪気に笑う翔太が立っていた。
あぶね
隼の家の前ってこと、忘れてた。
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