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一命を取り留めるアイツ
「昨日キスするの忘れてました」
「……忘れたままでよかったんやけどなぁ」
昨晩色々あった後、僕も「そういえば椿くんにキスされてなくね?」とは思っていたのだが、別に忘れてるならそれはそれでいいかと思ったのでそのまま夜を明かした。明かしたら、椿くんはわざわざキスをしにちょっと離れた僕のアパートまでやってきた。相変わらず執念がすごい。
「どうすれば遊さんを疲れさせずに本番まで持ち込めるか、朝までその事で頭がいっぱいで……。なんという不覚……」
「性欲の化け物?」
「健全な男子大学生なんてみんなそうじゃないですか?」
「男子大学生に謝って」
「まあそれはどうでもいいんで、早く遊さんのお部屋に上がらせてください」
「ええ……」
終始至って真剣な様子で受け答えをする椿くんに不安を覚えつつも、ドアチェーンを外して部屋へ招き入れる。「中にお邪魔します」と言われたのが引っかかったが、こういう微妙なポイントを下手に指摘すると僕の方がセクハラおじさんになりかねないので何も言わなかった。
「遊さんの部屋、遊さんの匂いがしますね」
「そらそうやろ」
「そして遊さんの私物で溢れている……というか汚っ……、いや、オレにとってはこういうのむしろ興奮するので安心してください」
怖かった。フォローとかじゃなく、目が本気だったので怖かった。やっぱりこいつ早めに追い出した方がいいんじゃないだろうかと思ったが、キスするまでは何がなんでも居座りそうだ。
「じゃ、はよキスして帰って」
「えっ……!?遊さんからのおねだり……!?」
「おねだりっていうか懇願なんやけど」
「そこまで言われたら男として黙ってはいられません……。遊さん、大事にいただきます!」
「唇な?唇だけな?」
肩に椿くんのしなやかな手が乗せられ、すぐに目の前に端整な顔が近づいてくる。睫毛は長いし唇は薄い、キスの相手が僕でなければこの時点で大興奮だっただろう。そう考えているうちに薄く開いた紅色の瞳が僕を捉え、その瞬間、唇をぬるりとざらついたものが這った。
──いやまあ、軽く「ちゅっ」だけじゃ済まないとは思っていたけれども。
「遊さん……口開けて?」
颯斗くんにはここから先を許してしまったが故に、僕はここで拒めない。大人しく口を開くと、薄い舌が口内へ侵入してくる。歯磨きでもするみたいに丹念に歯列をなぞる動作はちょっとというか結構気持ち悪いなと思ったけれども、快感的な側面で言うと悪くはなかった。合間に軽く舌を吸われたりしているうち、すぐにいい具合に頭がぼやけてくる。
「はぁ……ゆ、遊さんとキスできるとか……最高です」
「それはよかった。もうええ?──んむっ」
「ふぁあ……ゆうひゃん……」
椿くんの舌が再来する。目の前にある顔は完全に蕩けきっており、どうやら今の状況にいたく感動しているらしい。その証拠に先程から、太腿のあたりに固いものがゴリゴリと当たっている。当たり散らかしている。正直なんとかしてほしい。
「ふ……っん、ちょっ、椿く……」
「遊さん……めっちゃエロいです……神……」
ああああ、ゴリゴリする。誰か助けてくれ。叫びたくても生憎口は塞がれているので、手を動かして抵抗することしかできない。うっすら筋肉のついた胸を手で押すと、細められていた目がふにゃりと笑んだ。何笑っとんねんこいつ。チ〇コおっ立ててる癖して。怒りをアピールするため今度はご立派なテントを指差すと、そこでやっと重ねられていた唇が離された。
「え……何……?口でしてくれるってことですか?」
「どんな頭してんの?ていうかそんなんできるか。やったこともないのに」
「……えっ!?なんで!?めちゃくちゃ上手そうな顔してるのに!!」
「どんな顔やねん。僕、男と付き合うたことなんかないねんけど」
「ええええ……嘘ぉ……」
口の端から唾液を垂らしたまま、椿くんは愕然として固まってしまった。そんなに衝撃を受けることだろうか。
「とすると……え?処女ですか?」
「え、うん。逆に普通に生きてて非処女なことある?男が」
「そんなあ……こ、興奮してきた……。でもそうなると、今手を出したらハヤトくんにぶっ殺されるな……」
「出すな。仮に僕が処女やなかったとしても出すな」
「じゃあ今日はお預けか……。まあキスできただけいっか!すみませんトイレ借りますね!」
「人の家でシコって帰ろうとすな」
結局その後椿くんにはPCで般若心経を聞かせ、息子が十分に萎えてから帰ってもらった。もう二度と家に上げないことにする。
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