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 呆然とした薫が一人、取り残された。  姿はまるで原始人のようだ。幾度とない攻撃にさらされて、シャツもパンツもかろうじて文明人かな程度になっている。いつもワックスで整えている髪は、焼け焦げてぶすぶすだ。  ある種の風格さえ醸し出していた。  軍勢も八雷神も、あれほど恐怖に駆られて逃げ回ったのが腹立たしいほどきれいに消えてしまった。辺りを見回しても、激しい戦いの跡は見られない。 あるのは闇と静寂のみ。最初にこの世界に立ったときと同じように。どれくら い、そうして呆けていたのか。  薫は闇に背を向け、坂の上を振り仰いだ。そこには白い光が輝いている。  再び首をめぐらした。闇が広がっている。  黄泉国と現世の境。ここは黄泉比良坂、光と闇の分岐点。 むろん帰りたい。だけど。そもそも自分がここにいる理由は何だったのか。 自分の活劇に酔いしれて、当初の目的を見失ってしまえるほど愚かにはなれなかった。醜女を払って、火之迦具土を負かして、黄泉の軍勢と八雷神を倒しても、大事なことは変わってない。  白い光を未練がましく見上げると、薫は再び闇へと戻っていった。  ナミも奈美里も、ビジョンを見つめたままじっと黙っていた。  奈美里は、何て言ったらいいのかわからなかった。  薫は奈美里を置いていかなかった。自分のために、この闇の世界に、黄泉国に戻ってきてくれたのだ。うれしくなくはない。  でも自分は、どうでもいいやもうと思って、全部捨てた。  だけど夫は今、こんなに自分を求めてる。  ああでも、また同じことを繰り返すのはいや。つらいのはいや。何より…………は、いや。  両手で顔を包んだ。熱い。なぜか、隣にいるナミの顔は見れなかった。
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