第一章 マンション  1

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 薫は、今日は長居しないで、やることだけやって帰ろうと思っていた。まだ月半ばなのに、今月リエの部屋に来るのはもう四回目だ。これまでのペースに比べると、やや多い。妻に不自然に思われてしまうかもしれない。  なので部屋に入るなり、黒いワンピース姿のリエをいきなりソファーに押し倒し、その上に覆い被さった。顔のすぐ下で、リエが肉厚な唇を歪めて、嫣然(えんぜん)と笑った。薫の影で暗くなったリエの顔の中で、ポインセチアみたいな色の唇だけが、鮮やかに浮かび上がり、そこから、ふふふという囁きが洩れた。  そのときだった。背中でガチャという音を聞いた。  デザイナーズマンションのリエの部屋は、玄関を入るとすぐリビングがある。もし誰かが入ってきたら、薫とリエがミルフィーユのように重なり合っているのが丸見えになる。  その音の意味を正確に理解した薫は、玄関の方に向けた足の先からリエの髪と絡んでいる自分の髪の先まで、全身が凍りついたように固まった。そして頭の中では、これから起こることを予測していた。
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