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薫の体がなくなり、空になった人一人分の空間をなおも抱きしめながら、リエはちらりと薫を見た。見ただけで何も言わずに、視線を手に戻した。
「そうよ。私が電話したの。今日薫ちゃんがウチに来て、あたしとヤッて帰ります。だから帰りは遅くなりますって」
薫は、顔を歪めてくしゃくしゃと泣きそうになった。
「あ、今の間違いなく、奥さんだから。薫ちゃんの位置からじゃ見えなかったかもしれないけど、あたしからははっきり見えた。奥さんが玄関から入ってきて、そこに立って、あたしに乗ってる薫ちゃんのこと、見てた」
「な……なんで、……そんな……」
リエは、空を抱いていた手を天井に向けて、花卉(かき)が太陽に向かうようにまっすぐに腕を伸ばし、開いた。五方向にきれいに開いた指と、その上にある白い天井を見ながら言った。
「帰っちゃったねえ、意外。部屋に乗り込んでくるかと思ったのに」
その言葉で、薫は跳ね起きた。そうだ! 奈美里(なみり)! こうしちゃいられない。
「……やっぱり、奥さんのトコ行くんだね
「そうだよ! 当たり前だろ! 急いで帰らなきゃあ。なんだって、こんなことしたんだよ」
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