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ちょいワルと正統派
そろそろ昼休みも終わるころ、大きなため息とともに小野と及川が帰ってきた。
香子は何気なくタブレットを裏返す。
「おつかれさまでした」
「ああ、ただいま。午前中、なにもなかった?」
小野が返事をする。
「とくにありません」
香子が答えると、小野はうんとうなづいた。
及川が正統派のイケメンならば、小野はちょいワルな感じがする。小野丈一郎、三十九才。いい男だと思う。背丈もあって見てくれもいい。それに加えて、デキる男感がすごい。覇気というか気力というかみなぎっている。向かうところ敵なし。スターを得たマリオのようだ。
多少のギラつきが男気をあげている。この男の場合、少々くたびれたワイシャツですら色気が漂う。汗のにおいにも女たちは、コバエのように群がってくる。
キャバクラで、笑えない冗談をいって女の子を侍らせているのがにあいそうな、そこはかとなく漂うオヤジ感。
女子社員が遠巻きにしているのは、及川のように気軽に声をかけられる雰囲気でないからだ。アプローチしたところで軽くあしらわれておしまい。果敢に挑戦した猛者がいままで何人返り討ちにあったことか。そんじょそこらの小娘では到底役不足である。上級者向け。そんなかんじ。
その上級者向けの小野は、となりのコンビニで買ってきたであろうおにぎりのパッケージをべりべりとはがす。①②③の順番は無視。海苔の角が少しくらい欠けても気にしない。海苔がついていればいいや、くらいの勢いでほおばる。食べ終わったあと、高い確率で唇の端っこに海苔のかけらがついている。たいてい、カオリに指摘される。
「ヤダぁ、室長。いいかげん学習してくださいよぉ」
できる男のご愛嬌。それを豪快ととらえるか、雑ととらえるかはあなたしだい。
かたや及川。ふうっと息を吐きながらいすにすわると、同じくおにぎりのパッケージをはがしはじめる。こちらは几帳面に順番通りにていねいにはがす。海苔の角が欠けないように、慎重に②を横に引き抜く。うまく引き抜けたら口元がほころぶ。
小さなしあわせを感じる瞬間。きっちり三角に海苔をはりつけて、頂点からかじる。まちがっても唇の端っこに海苔をくっつけたりはしない。それを誠実ととらえるか、神経質ととらえるかはあなたしだい。
仕事ができるいい男は共通しているけれど、性格は正反対のこのふたり。どちらが好みかはわかれるところだ。
「まいったよなぁ」
その小野がさらに大きく息を吐いた。じい様相手のプレゼンはうまくいかなかったらしい。
「山野さん」
小野が力なく呼んだ。
「イングリッシュガーデンの定義ってなに?」
いまさらな話だな。
「いやあ、俺も漠然とはしていたんだよ。ガーデンの設計は造園業者に任せてあるし。把握していなかった俺も悪いんだけどさ!」
どうやら、イングリッシュガーデンについてツッコまれたようだ。
「そうですね。担当は高橋さんですしね」
はあ。今の小野はため息しかでないらしい。
「あのじい様たち、反対前提でツッコみますからね。ちょっとでも弱みを見せるとつけ込んでくるんですよ」
及川はフォローのつもりだろうが、よけいに傷をえぐっている気がする。
「高橋さんが帰ったら、聞いておきますね。わかりやすい資料作りましょうか、じい様向けに」
香子がそういうと、小野はぱっと顔を上げて眉尻を下げる。
「山野さーん。助かる、とても」
犬のように懐くな。
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