イケメンと地味女とあざと女

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イケメンと地味女とあざと女

 この及川晃司(おいかわこうじ)、背も高く見目麗しく、仕事においてはリゾート開発室室長および、ほかの部長たちの覚えもめでたく、女子社員たちには垂涎(すいえん)の的である。  くわえて性格は温厚、公明正大。けっして上司の機嫌をうかがったりはしない。もっとも上司である小野が、どこかすっとぼけた人間だ。この人も、のらりくらりとしながらも、誰かにこびへつらうことなどない。いつのまにか、人を丸めこんでしまう。  このふたりが組んで、取引先を回れば弊社に有利な条件で契約を取り付けてくるのだから、誰も文句はいわない。えらい人たちからも目をかけられる。  及川晃司、御年二十九才、独身。なにかにつけてひっぱりだこだ。  かたや山野香子。三十二才、派遣社員。この高倉不動産に派遣されて一か月。パーマもカラーもなしの黒髪ストレートを後ろでひとくくり。メタルフレームのめがね。メイクもファンデーションにブラウンのアイシャドウ。マスカラもなし、もちろんつけまつげなどつけたこともない。仕上げは色付きリップ。すべてドラッグストアで千円以内で買えるものである。いわゆるプチプラというやつ。  若手男性社員をめぐる争奪戦からはすでに離脱し、オブザーバーを決めこんでいる。そもそも三か月という期間付きの派遣社員、イケてる男性とどうにかなるには短すぎるのだ。  そういうわけで及川を目の保養に、日々を過ごしている。眼福、眼福。  香子は事務的に、気をつけてと送り出す。その隣で営業アシスタントの佐藤カオリは、満面の笑みでいってらっしゃいと胸のところで小さく両手をふる。  新婚さんか。  やがて、ほかの開発室のメンバー、高橋、福田、佐々木がそれぞれ出かけていく。残ったのは香子と、佐藤カオリのふたり。 「及川さんにコピーなんかさせちゃダメじゃないですかぁ」  はじまった。 「コピーくらい、派遣の山野さんがひとりでやらなきゃあ」  香子がほかの業務をしていたから、及川が自分でコピーしていたのだが。気付いた香子があとから手伝った形である。面倒だからだまっている。  この女、佐藤カオリ、二十四才。入社二年目。なにかにつけてマウントを取りにくる。べつに香子はカオリと争うつもりは一切ない。第一線からは退いているのだから、放っておいてくれればいいのに、なにを目の敵にするのか。  たぶん、及川が香子にまで親切にしているのが気にくわないのだ。くわえて、出がけの「いってきます」が香子に向けられていたから。  面倒くさい。  仕事じゃないか。プライベートでどうとかじゃないから。仕事のことまで目くじら立てられたら業務に差し支えるではないか。社会人なんだからそれくらい分別があって当然だろうに。  まったく今どきの若いものは。  八才もちがうとそうもいいたくなる。いわないが。  香子は、カオリの暴言の嵐が過ぎ去るのを、耳にシャッターを下ろしてじっと待つ。 「カオリぃ、三十までには子どもがふたりほしいなぁ」  そうですか。さっさと仕事しなさいよ。 「二十代で結婚できないなんて、カオリ信じられなぁい」  そうですか。わたしにいってもしょうがないですよ。三十なんてあっという間ですけどね。
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