33  脱出

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33  脱出

ガニスは迷っていた。いまさらどうにもならない。囚われの身だし、武器も取り上げられている。だが、何とかしなければ、親父たちと同じ運命を多くの人がたどってしまう。 「ここから出られないか?」 老人にそう言った。出られるのかはわからない。出られたところでどうにもならない気もした。俺たちにいったい何ができるって言うのか? 「鍵を盗んでこよう。これはわたしの娘だ。やつらの下働きとして働いている。鍵のありかもわかる」 「いやそれじゃ、バレたら殺されるぞ」 娘も老人も殺される。ガニスは自分よりそっちを心配している。 「きっと何とかなる。わたしはそう信じている。もう変えなくちゃならんのだ。たとえ娘を失っても」 ガニスは何も言えなかった。ちらっとテリルの顔が浮かんだ。あの娘なら、何とかしてくれたかもな。 だがそれも、いまはもうどうにもならない。あいつは俺を許さないだろう。あんなひどいことを言ったんだ。恐怖に駆られて言ってしまったんだ。もう、会えないんだな。そう思うと、胸が苦しくなった。親父たちの時と同じだった。 「あの子がいたらな」 レイナが無遠慮につぶやく。相変わらず空気を読まねえやつだ、とガニスは思った。だがまあ、わざとそう言っているのかも知れねえな…。 「そうそう。俺が悪いんだよ。あいつの能力にぶったまげちまってビビった俺がな」 「今度会ったら、ちゃんと謝るんだね」 「けっ、会えたら、の話さ。もうこの辺りにゃいねえよ。完全に愛想つかされてんだ。そういう目をしてたぜ」 「しっ。だれか来る」 大佐が小声でささやく。 ガチャン、と音がしてドアが開く。さっきの老人と娘だ。 「さ、早く。奴らが鍵がないことに気がついてここに来る前に逃げるんだ」 「逃げるってどこに?」 「いいからついて来い」 老人と娘を先頭に三人は狭い排水溝に入り込んだ。そこらじゅうヌメヌメして気味が悪かったが、いまはそんなことを考えている暇はない。いくつもの分岐路と横穴を通った。いまどこにいるかわからないほど入り組んだ通路とも言えぬ配管路だ。ここはきっと巨大なコンビナートの地下施設なんだろうとガニスは思った。どれくらい歩いたろう、やがて通路の先に光りが見えた。そこは地下の街だった。 大勢の人間がうごめいていた。一瞬、虫に見えた。薄汚い格好をしていた。みな暗い目をしている。そうさ、希望なんてないんだ。こいつらはここで希望なく生きて死ぬだけ。そう考えるとぞっとした。 「何人いるんだ?」 「二万人ぐらいか。正確にはわからん。数えたことはあるんだが、数える端から死んでいくんでな」 冗談か本気かわからない答えだが、それがここの最も現した表現なのはわかった。 「やつらを排除して、生きるあてはあるのか?」 それが問題なのだ。敵はやつらだけじゃない。虫も、ノーマンもいるのだ。そしてこの施設が稼働を止めれば、やがてなかの人間はすべて死ぬ。それは数週間以内に、だ。 「最後の希望がある。ジェネレーターだ。地下熱を利用した発電装置だ。それが稼働できればあらゆる設備が有効になるのだ」 そういや親父はそのジュネレーターとかいうやつの運行管理人だったはずだ。 「じゃあそれを稼働させればみんな助かるのか?水も食料も手に入るのか?」 「ああその通りだ。だが、少し問題がある」 まあそうだろう。そんなものが稼働してたらこんなことにはなっていないはずだから。 「なんだそれは」 「機械のプログラムキーだ」 「プログラムキー?」 「この街のすべてのジェネレーターを稼働させられる暗号コードだ。それがなけりゃただの巨大な鉄屑だ」 それが稼働していないということは、つまりそのコードを知る者が誰もいないというわけだ。 「その暗号コードは誰が知っている?」 「暗号コードは数字や記号ではない。いやわれわれもよく知らんのだ」 「じゃあ暗号コードはどこに行ったら手に入るんだよ」 老人は絶望的な顔になった。それこそが希望。そして手に入らない希望なのだ。 「そいつは…機械の都市、クロックだ。暗号コードはそこにある」 「バカな…」 ガニスのその言葉を待つように、地下の各所に設けられたスピーカーから声がした。 ――バカはおまえだ、ガニス フランクの声だ。どうやら盗聴されていた、とガニスは気がついた。こいつは罠だったのだ。
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