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37 フェイラー
ローバーが何度目かのエンジンストップで、完全に動かなくなった。ボンネットを開け、中をガチャガチャいじっていたガニスがスパナをエンジンに叩きつける。
「このクソったれのポンコツが。こんなとこでぶっ壊れやがった」
「ここまで連れてきてくれたこいつに、感謝の言葉はないのか?」
テリルは自然とそういう言葉が出るらしい。それは批判めいた、というより諭すような言い方だ。普段のガニスの性格なら、取っ組み合いになるところだが、テリル相手だとそうもいかない。第一、素手でさえひ弱そうに見えるこいつに勝てるかさえわからないのだ。
「ちっ」
ガニスは舌打ちをすると、装備や荷物をまとめはじめる。ここからは徒歩だ。レイナ軍曹とレナード大佐もそれぞれ荷物を持つ。
「お前は何も持たんのか」
ガニスが怒鳴る。もちろんさっき倫理がましい言い方をしたテリルへのお返しのつもりだ。
「荷物を持つ、という定義なら、あたしはお前の何百倍も荷物を持っている計算になる。それ以上ということならお前に質量の何たるかを教えなければならない。もし単に見た目という感覚器官でそう言っているのなら、それの是正について話し合わなければならないが」
ときどきこいつはまるで古いコンピュータか、かつてあった大学という学校の教官みたいなことを言ってのける。
「何言ってるかわからんが、その肩にぶら下げているへんてこな銃以外に、お前が持ってるものってないだろう?仲間なんだから少しは助け合おうって気持ち、ないのかてめえには」
「殺傷権を持つものを、いつから仲間と定義するようになったんだ。それに手は開けておかないと急な対応ができない」
そうだった。テリルはわれわれをいつでも殺せる。躊躇なく、だ。おまけにアトラスというバイオノイドは、われわれを殺したくてうずうずしている。いまは極北にある機械都市『クロック』に行くという目的がテリルにあり、それにわれわれが同行する、ということがテリルに面白いことだと思われている。われわれはそんな理由で生かされているだけなのだ。
ガニスはテリルに対して芽生えた感情がなんなのか、わからなくなった。一番近い答えとして、恐怖への憧れ、のようなものかも知れないと漠然と考えていた。
テリルは車の中から四角いザックを取り出し、背負った。本当にこいつの行動はわけがわからない、とガニスは思う。いま、荷物を持たないと言っただろうに?
「クッキーは持つ。あたしが食べるからだ」
ガニスはまた頭の中を読まれた気がした。
「そっちのでかい兄さんは持たんのか?」
「ワタシハ ショクリョウヲ ヒツヨウト シナイ」
「あーそうかよ」
「アトラス、そこの機械を持ってやれ。高周波発生装置はこいつらには必要だろ」
「ヤレヤレ」
段々と人間の思考に近づいてきやがる、とガニスは思った。でなきゃこいつも故障だぜ。機械が人間の思考などありえない。まして人間の敵であるバイオノイドが、人間らしい思考などするはずがない。
「機械はお前みたいに思いこまないからな」
またテリルに心を読まれたみたいだ…。
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