39  ひとりぽっち

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39  ひとりぽっち

レイナの住んでいる田舎にも軍隊がどんどん通るようになってきた。軍用の車両やトラックが何台も家の前を通って行った。 しかし行くだけで、帰ってくる車両や兵士はいなかった。窓から父が外をのぞく時だけ、父の顔から笑いが消える。やがて通る車両も兵士もいなくなった。 ある、寒い朝、それは訪れた。最初は小さな、やがて大きな虫たち。生き残っていた人たちを次々と襲い、食べた。 人々は戦ったが、数が多すぎた。人々は家を閉め、窓をふさぎ、隙間を埋めた。レイナの家は建築技師だった父が作ったコンクリート製の頑丈なもので、虫は入ってこられなかったが、他の家は次々と襲われていった。やがて人の声もしなくなった。4人の食卓は続いていたが、いよいよ食べるものが少なくなった。 ついに食べる物がなくなった。父は外に出ようとした。出て、街の中央にあるマーケットに行くという。ついこの間まで、母と姉で行った、大きなセルフマーケットだ。レジが何台もあり、レイナはチョコレートとキャンディーをたくさん買ってもらった。姉はシナモンとかドライフルーツとかお菓子作りの材料を仕入れている。母はいつも、まったくもう、という顔をしながら、優しい笑みを絶やさなかった。 父の提案に家族は必死に反対した。外に出れば虫に襲われる。でも知っていた。襲われなくてもやがて餓死するだけだということを。 父は出て行った。父の車がものすごいスピードで走って行くのを見ていた。レイナたちは泣いた。長い時間が過ぎた気がした。やがて父の車が戻ってくると、家の前で止まる。たくさんの荷物を抱えた父が帰ってきた。無事に父親が帰って来た。それだけでレイナはうれしかった。そうしてその夜、レイナは久しぶりにお腹がいっぱいになった。 食料がまた尽きた。父はまた行こうとした。今度は誰も止めなかった。一度人間はうま味を味わうと、危険を忘れてしまう。いや、考えないようになってしまうのだ。気をつけて、と母とキスする父。レイナも姉もキスをした。それが父とした最後のキスだった。 もう父はいつまで待っても帰ってこなかった。 母が外に行くと言い出した。食料がもうなくなったのだ。レイナと姉は泣いて止めた。だが、生きるためには外へ出なければならない。一緒に行くと言ったが、足手まといになると、姉に止められた。父のときと同じように抱いてキスをした。そしてそれが母との最期になった。 姉が外に出るといいだした。レイナはキチガイのように泣き叫び反対した。だが姉はその美しい顔をレイナにつけて、お願い、とだけ言って、そうして出て行った。誰も帰ってこない家に、ひとりポツンといた。ひとりぽっちになった。 それからどれくらい時間が経ったろう。もう、空腹で意識が朦朧としていた。死んじゃう前に、好きな音楽をかけて、聞きながら死のうと思った。予備バッテリーに繋いであったアンプにプレーヤーをつないだ。大きな音だ。虫が来るから普段やったら怒られるな、とレイナは可笑しくなった。そうして少しずつ眠くなった。
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