40  記憶

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40  記憶

ある、寒い朝、それは訪れた。 武装した兵士がドアを壊し入ってきたのだ。寝ているレイナを起こし、水を飲ませてくれた。そしてゼリーを。世の中にこれほど美味しいものが、いや、味などほとんどわからず無我夢中で飲み込んだ。兵士が呆れている。やがて装甲車に乗せられ難民キャンプに連れていかれた。 そこからレイナの思い出と記憶は切り離された。記憶はすべてソルジャーとしての記憶しかなかった。 成長して軍に入った。街を守る仕事だったが、特殊な任務にも就かされた。すでに陥落した都市や街にヘリで降下し、物資を運んでくる仕事だ。虫やノーマンと呼ばれるヒューマノイド、そしてある時は人間とも戦わなくてはならなかった。レイナには兵士としての素質があった。やがてレナード大佐の部下となり、さまざまな特殊作戦を経験した。それがすべての記憶だ。あの家には行っていない。もうどこにあるのかも忘れていた。 「何を思い出してる?」 ガニスが聞いてきた。スプーンを持つ手が止まっていたのだ。 窓辺にいるテリルは何も言わない。きっと頭の中を見られているはずなのに。こんな記憶じゃ、何か言う価値もないのかも知れないとレイナは悲しくなった。大事な父や母や姉の思い出は記憶ではないの?わたしが死んだら、だれがこの思い出を受け継いでくれるのか?だれがわたしのことを覚えていてくれるのか? そんなことを考えてるうちに、食事は終わった。窓辺のテリルは最後まで口をきかなかった。 夜が明けた。 「そろそろ出発だ」 ガニスたちは装備をまとめ、地上に降りた。何も変わらない景色。再び歩きはじめる。いくつもの街の残骸を通り過ぎた。どこもかしこもみなひどいありさまだ。生き残っているものなど、もういない。 いくつ目かの残骸でレイナはハッとした。見たことのある景色だ。街らしき中央にマーケットのような建物の跡がある。知っている。ここはあたしがいた街だ。この通りを真っ直ぐ行った角を曲がったところに家があったはずだ。レイナは走り出した。 「おいレイナ!どうした!」 みんなもわけもわからず走り出したレイナのあとを追った。テリルは相変わらず何も言わなかった。 家があった。頑丈なせいで、表はボロボロだったがいまもあった。恐る恐る家の中に入ると、あの朝と何も変わっていなかった。急に涙が出て来た。他のみんなは家のなかには入ってこなかった。 「どうしちまったんだ、レイナのヤツ」 「われわれが知らないだけで、彼女にも辛いことがあるんだろう」 ガニスに大佐がそう言っているのを、黙ってテリルは聞いていた。
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