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41 足りないもの
街を出て、レイナは少し元気を取り戻したようだった。先頭をしっかりと歩いている。砂礫が音を立てる。粒が粗い。虫たちにまだこなされてないのだ。
いきなりレイナの足元が崩れた。「あっ」とレイナが叫び声をあげる。穴が開いてレイナが引っ張り込まれる。虫の足が見えた。
「ちきしょう、このやろう」
「まて、中尉撃つなっ。軍曹に当たるっ」
ライフルを構えたガニスに大佐が叫ぶ。
「アトラス、右前方三十メートル、撃て!」
バイオノイドのガレットが虫がいた場所と見当違いなところを撃つと、そこからさっきの気味の悪い虫が這いだしてきて、死んだ。
「レイナは…食われちまったか…ちくしょう…」
がっくりとガニスはうなだれ、膝をついた。
「あきらめるなガニス」
テリルは砂礫を素手で掘り起こし始めた。すごい勢いだ。
「まだ引き込まれたばかりだ。助かるかもしれない」
「いやもうダメだ…」
「お前たち仲間とはそういうものなのか?」
テリルに言われてハッとした。テリルはいま必死で砂礫を掘り起こしている。仲間である自分たちはがっくりとうなだれているにも関わらず。
「ふざけるな!」
ガニスも銃の台尻で必死の形相で砂礫を掘り始める。大佐も必死だ。だがこんなとき虫に襲われたら…。ガニスはもうどうにでもなれという思いだ。だがそれは杞憂だったようだ。あのバイオノイドはあたりを警戒しているようだ。ときおりガレットを撃っている。虫を撃っているようだ。
ガニスと大佐も砂礫を掘る。掘り続けるしかない。何分経った?もう窒息する時間だ。テリルは続けている。何分?いや、もう相当時間は経ったはずだ。もういい。もうダメだ。もう死んだんだ。
「やめよう。無駄だ」
ガニスがうなだれる。大佐は続けているが、次第に緩慢になる。
「それがおまえの答えか?仲間という結びつきは、おまえのその言葉で簡単に切れてしまうものなのか?」
テリルは掘りながら言った。
「もうダメなんだよ。いくら掘っても。あいつはもう生きちゃいねえんだよ」
「そうやってお前はまた人を殺すのか?」
「俺はレイナを殺してなんかない」
「死にそうになってるやつを助けないのは、殺すってことだろ」
それは見殺しだ。たしかにそんな言い方だ。だがこれは違う。無駄だとわかってることを続けることが、どんなに馬鹿げているか、そういうことなのだ。
「もう無理だ。もう死んでるんだ。レイナはおまえと違って普通の人間なんだよ。見殺しじゃない。助けられなかっただけだ」
「同じことだ。だがレイナはソルジャーだ。そしてなにより家族の分も生きなきゃならないんだ。その家族の思い出も記憶としないままにあいつがしておくわけがない。そんな奴が死ぬわけない」
「なにいってるんだ、おまえは」
もくもくと掘り続けるテリルの目から涙がこぼれた。ガニスはそれを見た瞬間、電流が走ったように感じた。銃でテリルと同じところをキチガイのように掘る。掘って掘って掘って掘りまくる。
ガラッと穴が開いた。死に物狂いでガニスが穴を広げる。レイナが横たわっているのが見える。とっさにライトをガニスがつける。息しているのが見える。
「うおおおおっ!」
ガニスが喚きながら堀開けると、中に飛び込んでいった。
虫の巣穴のようだ。レイナはまだ浅く息をしている。大佐がロープをたらす。大佐とテリルとそしてバイオノイドがガニスたちを引き上げた。レイナは気を失っていたが無傷だった。ガニスが揺さぶって起こす。目を開けたレイナに水を飲ませる。
レイナは思い出した。あの、寒い朝のこと。兵士が水を飲ませてくれた、あの日のことを。
「マジ死ぬかと、思ったわ…」
そうレイナはポツリと言った。
ガニスはテリルに振り向くと、しっかりと頭を下げた。
「すまなかった。あのままだったらレイナは死んでいた。ありがとう、掘り続けてくれて」
「そいつの記憶に足りないものがあるからな。だから死なせるわけにはいかなかった」
足りないものとテリルは言った?何だろう?レイナは考えた。
「そりゃなんだ、いったい。レイナの記憶に足りないものって」
ガニスが不思議そうに聞いた。
「だから、そのために行くんじゃないのか?あたしたちは」
テリルはそう言った。あたしたち、と。俺やレイナや大佐の記憶とともに、おまえやそのロボットもみなに刻まれる。そう言っているのだろうか…。
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