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45 悪魔の子
「どうだった?」
レイナが聞くと、ガニスは不思議そうな顔をして答えた。
「ああ?何が」
「何って、外よ」
「外?外に何かあるのか?」
「いま、テリルと行ってきたでしょう?」
「なんの話だ。俺はここから一歩も動いちゃねえぞ」
「じゃあ、その箱はなによ」
「あ、ん?なんだこりゃあ」
テリルが笑ってる。
「とにかく薬が手に入ったようだ。こっちは携帯食料か。水もある」
大佐が驚いて言う。
「こりゃたまげた。どっから出したんだ、テリル?」
「秘密だ」
「またそんな。教えろよ」
「ことわる」
「ちっ」
大佐はようやく理解した。そして思い出した。もう一人いた。テリルと同じ子供が。Aライフ計画とその実行手段であるヴェーダプロジェクトで生まれたもうひとりのテリルがいることを。
大戦。世界が世界を相手に無秩序に戦った。核ミサイルが飛び交い、人類のほとんどが死に絶えた。こんなことになった原因がある。
その子は最初、小さな国に生まれた。奇跡の子として信仰深き人々によって大切に育てられた。やがて成長するにつけ奇跡を次々と起こした。小さな国は大きな国へと発展していった。人々は欲を膨らませ、やがて信仰を捨てた。それでも子供は奇跡を起こし続けた。
最初の前兆は小さなものだった。隣人同士がいがみ合い始めたのだ。やがてそれは大きなものへと変わっていく。国同士がいがみ合いを始めたのだ。原因を探るものがいた。そうしてその原因は、その子供にあると。奇跡を起こす代わりに人々の心を変質させていくのだ。
気がついたときは遅かった。世界は破滅に向かっていた。子供はある日、いなくなった。子供の名は『ゾアラ』。のちに悪魔の子と言われる。
大佐は思い出した。機械の都市『クロック』。そこにある『クロノスの塔』。そこに『ゾアラ』がいることを。
空爆作戦が始まろうとしていた。レナードは空軍の中佐として作戦に参加していた。目標は『クロック』。核爆弾を数百個、爆撃機編隊に積んでいた。『クロック』の上空に来た時、爆撃機のパイロットたちは正気を失った。爆撃機のすべては思い思いの方向へ飛び去った。連絡偵察機に乗っていたレナードは無事だった。ジャミングで電波を遮断していたからだ。爆撃は失敗に終わったどころか、世界中に核爆弾をばらまく羽目になった。そうして人類はまた、減っていった。
大佐は確信した。テリルはゾアラを殺しに行くのだ。神の子が、悪魔の子を。そうとしか考えられない。
「ちがう。大佐は間違っている」
テリルが言った。
「じゃあ、なんでそこに行く?」
「取り戻しに行くんだ」
「なにを?」
「あたし自身だ」
「きみはそこにいるじゃないか」
「そうだ。だがもう一人、あたしがいる。ゾアラだ」
「きみとゾアラが一緒?」
「ちがう。ゾアラの中にあたしがいる。それを取り戻さないと、皆、死ぬだろう」
「どうしてだ?なぜ、取り戻さないと、皆が死ぬのだ」
「それこそが希望だからだ」
大佐はわからなかった。だが、行かなければならないことは理解した。何ができるのかはわからないが、自分の命を懸けてでも、やらなければならないと思った。
建物の避難民たちはトラックとジープを持っていた。ジープをもらった。シェルターにいた子供は避難民に預けた。大人になるまで生きていられるのだろうか。
そうして北への旅がまた始まった。
「テリル」
「なんだ、ガニス」
「おまえ、俺からなんか記憶を消さなかったか」
「どうしてそう思う?」
「なんか記憶があいまいなんだよ」
「気のせいだ」
「そうかな」
「そうさ」
大佐は笑っていた。
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