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51 司令官
それほど広くない、大小さまざまなパイプが天井を這う部屋だった。壁際にいくつかの簡易ベッドと、部屋の中央にテーブルと椅子が置いてあった。声の主は恐らく彼だろう。彼は力なくその椅子に腰かけていた。
「マキリンガー将軍?」
レナード大佐がそう声をかけると、椅子に腰かけていた男はビクッとした様子で、そしておもむろに大佐に向き合った。
「何しに来たのだね、レナード…大佐」
「お久しぶりですね、将軍。まだこちらにおられたんですね」
一瞬、大佐の言葉に顔をひきつらせた彼は、はあ、と大きく息を吐き、そのままぽつぽつとしゃべりだした。
「いたんじゃあない。出られなかっただけだ。あの日、崩壊が起きてすぐ、反乱が起きた。きみは負傷し、中央に移送されていたから知らないと思うが、ここはまったく地獄だったよ。わたしは難を逃れ、家族とともにこのシェルターに運よく逃げ込んだ…いや…運がよかったかはわからないがね…」
将軍はなにかを思い出すように、椅子の背もたれに背中をもたれさせた。
「長い時間が過ぎた。基地の反乱がどうなったか、シェルター内のモニター越しではわからなかった。が、外に出て確かめる勇気もなかった。そしてまた長い時間が過ぎた。やがて家族のうち、妻が死に、息子や娘たちも死んでいった。残されたのはこの老いぼれたわたしだけだ。なあ、笑えるだろう?」
さっきから漂うこの匂いは、きっとこの将軍の家族のものなんだろう。シェルター内には二か所のドアがある。どちらかが倉庫で、そこに死体を入れているんだろう。
「将軍、われわれは極北に向かっています。AIを修正するためです。一緒に行きませんか?」
大佐は驚くべき提案を将軍にした。だが将軍は首を振った。
「いまさらわたしができることはない。きみらで行きたまえ。いまさら行って、どうなるもんでもないのに、まあそれでも行きたいならかまわん」
「基地にはまだ飛べる機体が?」
「さあな。勝手に探せばいい。もうわたしはここの司令官ではないのだから」
そう言って将軍はテーブルに置いてあったガラス瓶をつかみ、そのなかの液体を飲んだ。アルコールの匂いが、腐臭漂うなかでゆいいつ清涼なものに思えた。
「ではわたしたちはこれで」
大佐はそう言って敬礼をした。将軍はただ椅子に座ってうつろな目でそれを見ていた。
大佐がみんなを引き連れて格納庫に向かおうとした。その後ろで、さっきのシェルターから一発の銃声が聞こえた。
みな無言で、また歩き始めていた。
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