11人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
52 格納庫
そこは埃だらけで、ほとんどがガラクタの集積所のような場所だ。こんなところにまともなものはないだろうとガニスは思った。
「こっちに来てくれ」
大佐がみなを呼んだ。大佐は大きなシートに覆われたものの前に立って、感慨深くそれを見つめている。
「なんですかこりゃ?」
なにかの塊のように見えた。シートの下の隙間から大きなタイヤがいくつも並んでいるのが見える。
「かつてわたしが乗っていた高度偵察作戦指揮機アローカだよ。それがこの基地の唯一の生き残りってわけだ」
「これが大佐の…」
「まさかまたこいつに搭乗するとは思ってもみなかったがな」
大佐はけっしてうれしそうな顔をしていなかった。むしろ、苦渋に満ちた表情だった。たくさんの同胞の死を見て、そして帰還した。いま大佐は胸を焦がすような想いでそこに立っている、とガニスは感じた。
「レナード大佐…」
「感傷に浸っている暇はないな。さあこれを飛ばす。その準備をしなくては」
いやこんな古いものが再び飛ぶのか?どこもかしこも朽ち果てているんじゃないのか?それに燃料も動力も、ぜんぶ失われていると見た方がいい。そうあきらめる前にテリルがシートをめくりはじめた。
「アトラス、これって飛ばせる?」
「十一時間、イタダケレバ」
「じゃやろう」
アトラスは勢いよくシートを剥がした。そこにはずんぐりとした大きな胴体だけの機体があった。
「翼がないじゃない」
「テリル、よく見てごらん。翼は胴体に折りたたまれているんだ。格納庫から出たら広げるんだ」
「ふうん…」
なんか爺さんと孫みたいだな、とガニスは思った。不敬だとは思ったが、妙にそういう表現が似合っていると、ガニスはちょっと可笑しくなった。
「なに笑ってんのよ」
レイナがムッとしながらそうガニスを睨んだ。腕にはたくさんのチューブを抱えている。ガニスも慌てて格納庫の隅を探しはじめる。動力のもととなる電力はこの基地にまだ残っている。あとは燃料だ。それを集めなければならない。
テリルとアトラスは機体の整備を始めた。驚いたことに、あいつらはそういう知識があるらしい。手際よく点検と補修をしている。
「そろそろ飯にしよう」
ガニスが時計を見ながらそう言った。作業を始めてから六時間ほどたったのだ。
「ビスケットをくれ」
テリルが手を出した。アトラスは作業を続けている。
「あのな、ここには食料の備蓄があるんだ。さっき見つけた。そいつをおまえに食わしてやる。ありがたいと思え」
「わかったガニス。ありがたいと思う」
「そ、そうか…」
「だからはやくくれ」
「あー、そう」
ガニスは空軍のマークが入ったコンポジットボックスの蓋を注意深く開けた。なかから大量の煙が噴き出し、なかにはいっている液体が勢いよく蒸発していく。
「液体窒素だ。こいつで冷凍していた食料だぜ」
ガニスは手袋をはめ、付属の機械の扉を開け、パッケージのひとつを入れた。
「なにしてるんだ?」
「このままじゃ凍ってて食えねえだろ。こうして解凍してんだ」
「あたしならそのまま食えるぞ」
「ばかやろう、舌が凍傷になっちまうだろ!いいから待て」
「ちぇっ」
子供かこいつ、と思ったが、いやテリルは実際年齢はまだ子供なのだ。いたいけな子供が人類、いやこの星の命運を背負わされている。ガニスはテリルの小さな顔が痛々しく思えた。
「もういいんじゃないか?ライトが緑になったぞ」
「あ、ああはいはい」
クスクスとレイナが笑った。ガニスが睨みつけるが、大佐まで笑っているので軽く舌打ちした。
「肉と野菜、それにフルーツがある。どれにする?」
「あたしフルーツ!」
そう言ってテリルはフルーツの詰まったパッケージをガニスからひったくると、その場でムシャムシャと食べ始めた。
「おいおい、行儀が悪いぞ!アトラスはテーブルマナーも教えてくれなかったのかよ」
「オイ人間、ワタシハ戦闘用バイオノイドダ。メイドロボットデハナイ」
「はいはい、すいませんねえ」
「おかわり!」
「もう食っちまったのか!それふたり分だぞ」
「おかわり!」
「マジかよ…」
まあ一種ほほえましい光景だと大佐もレイナも思ったが、アトラスが、なにかじっとふたりを見ていたことには、気がつかないふりをした。
やがて、アトラスの言葉どおり、十一時間でその作業は終わった。エンジンは試運転を終え、機体は万全の状態のようだ。
「だが燃料が半分しかない。北極までは片道だ。帰っては来れんな」
「問題ない。片道で充分だ」
テリルが静かにそう言った。もう誰も戻れない、そうみんなは思った。
最初のコメントを投稿しよう!