52  格納庫

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52  格納庫

そこは埃だらけで、ほとんどがガラクタの集積所のような場所だ。こんなところにまともなものはないだろうとガニスは思った。 「こっちに来てくれ」 大佐がみなを呼んだ。大佐は大きなシートに覆われたものの前に立って、感慨深くそれを見つめている。 「なんですかこりゃ?」 なにかの塊のように見えた。シートの下の隙間から大きなタイヤがいくつも並んでいるのが見える。 「かつてわたしが乗っていた高度偵察作戦指揮機(AROCA)アローカだよ。それがこの基地の唯一の生き残りってわけだ」 「これが大佐の…」 「まさかまたこいつに搭乗するとは思ってもみなかったがな」 大佐はけっしてうれしそうな顔をしていなかった。むしろ、苦渋に満ちた表情だった。たくさんの同胞の死を見て、そして帰還した。いま大佐は胸を焦がすような想いでそこに立っている、とガニスは感じた。 「レナード大佐…」 「感傷に浸っている暇はないな。さあこれを飛ばす。その準備をしなくては」 いやこんな古いものが再び飛ぶのか?どこもかしこも朽ち果てているんじゃないのか?それに燃料も動力も、ぜんぶ失われていると見た方がいい。そうあきらめる前にテリルがシートをめくりはじめた。 「アトラス、これって飛ばせる?」 「十一時間、イタダケレバ」 「じゃやろう」 アトラスは勢いよくシートを剥がした。そこにはずんぐりとした大きな胴体だけの機体があった。 「翼がないじゃない」 「テリル、よく見てごらん。翼は胴体に折りたたまれているんだ。格納庫から出たら広げるんだ」 「ふうん…」 なんか爺さんと孫みたいだな、とガニスは思った。不敬だとは思ったが、妙にそういう表現が似合っていると、ガニスはちょっと可笑しくなった。 「なに笑ってんのよ」 レイナがムッとしながらそうガニスを睨んだ。腕にはたくさんのチューブを抱えている。ガニスも慌てて格納庫の隅を探しはじめる。動力のもととなる電力はこの基地にまだ残っている。あとは燃料だ。それを集めなければならない。 テリルとアトラスは機体の整備を始めた。驚いたことに、あいつらはそういう知識があるらしい。手際よく点検と補修をしている。 「そろそろ飯にしよう」 ガニスが時計を見ながらそう言った。作業を始めてから六時間ほどたったのだ。 「ビスケットをくれ」 テリルが手を出した。アトラスは作業を続けている。 「あのな、ここには食料の備蓄があるんだ。さっき見つけた。そいつをおまえに食わしてやる。ありがたいと思え」 「わかったガニス。ありがたいと思う」 「そ、そうか…」 「だからはやくくれ」 「あー、そう」 ガニスは空軍のマークが入ったコンポジットボックスの蓋を注意深く開けた。なかから大量の煙が噴き出し、なかにはいっている液体が勢いよく蒸発していく。 「液体窒素だ。こいつで冷凍していた食料だぜ」 ガニスは手袋をはめ、付属の機械の扉を開け、パッケージのひとつを入れた。 「なにしてるんだ?」 「このままじゃ凍ってて食えねえだろ。こうして解凍してんだ」 「あたしならそのまま食えるぞ」 「ばかやろう、舌が凍傷になっちまうだろ!いいから待て」 「ちぇっ」 子供かこいつ、と思ったが、いやテリルは実際年齢はまだ子供なのだ。いたいけな子供が人類、いやこの星の命運を背負わされている。ガニスはテリルの小さな顔が痛々しく思えた。 「もういいんじゃないか?ライトが緑になったぞ」 「あ、ああはいはい」 クスクスとレイナが笑った。ガニスが睨みつけるが、大佐まで笑っているので軽く舌打ちした。 「肉と野菜、それにフルーツがある。どれにする?」 「あたしフルーツ!」 そう言ってテリルはフルーツの詰まったパッケージをガニスからひったくると、その場でムシャムシャと食べ始めた。 「おいおい、行儀が悪いぞ!アトラスはテーブルマナーも教えてくれなかったのかよ」 「オイ人間、ワタシハ戦闘用バイオノイドダ。メイドロボットデハナイ」 「はいはい、すいませんねえ」 「おかわり!」 「もう食っちまったのか!それふたり分だぞ」 「おかわり!」 「マジかよ…」 まあ一種ほほえましい光景だと大佐もレイナも思ったが、アトラスが、なにかじっとふたりを見ていたことには、気がつかないふりをした。 やがて、アトラスの言葉どおり、十一時間でその作業は終わった。エンジンは試運転を終え、機体は万全の状態のようだ。 「だが燃料が半分しかない。北極までは片道だ。帰っては来れんな」 「問題ない。片道で充分だ」 テリルが静かにそう言った。もう誰も戻れない、そうみんなは思った。
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