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序幕
「君ってつまんないね」
ひと通りモブを満喫した後の決定打だった。
高校のクラスメイトに誘われたクラス会。
誘ってもらえたことに悦び勇んで参加したものの、当時仲の良かった友人はお目当ての男子と話が弾んで、気付けば一人、置いてけぼりになっていた。
――つまんないな。
思いつつも愛想笑いを顔に張り付けて、話に参加しているふりをする。
話題に入って行けず、そうかと言って独り壁の花になるのも寂しい。だからいつも声を掛けてくれる優しいクラスメイトの金魚の糞。モブ中のモブ。それが矢神ジュリア――私の役どころなのだ。
「矢神さんって、いつも大人しいよね」
「そ、そう?」
急に輪の中心にいた彼から会話を振られて焦る。
学年内で人気者だった彼は、卒業から三年たった今も、その悪戯っぽい笑い方やまっすぐな言葉の選び方は変わっていなかった。
そんな彼に憧れていた時期もあったけれど、当然、私から話しかけることも彼から話しかけてくれた事もなく高校生活はあっという間に過ぎ去った。まるで走馬灯のごとく、まともな片思いにすら発展しなかった苦い思い出に飲み込まれていた私が、「そう?」のあとの言葉を探すこともできずに、グラスに口をつけて場をごまかそうとした時だった。
「ほんと変わってないね、ジュリアは」
彼を取り巻いていた一人が言った。
「ジュリアって、名前はキラキラなのに本人は全っ然、地味なんだもん、笑うー」
どっとその場の数人が同じように笑った。
だから私も、「えへへ」と、いつもの笑いで答えたんだ。
〈ジュリア〉……外車好きの父がつけたキラキラネーム。なんでもアルファロメオとかいう会社にそういう名前の車があって、中でも父が生まれた頃人気だったという古い年式の赤いスポーツカーがお気に入りだったらしい。私が生まれたのを機に実用的でないクラシックカーは泣く泣く手放すことになったのだと、何度も聞かされた。そんな父が未練たらしく娘にその名を授けたのだという。
まったくもって迷惑な話だといつも思う。名は体を表す……の真逆だ。似合わない名前にどれほど弄られてきたことか。
「じゃあ、次はカラオケにする?」
「駅前の居酒屋、押さえておかなくっていいかな」
それぞれ仲の良かったグループに分かれて二次会の話が盛り上がって来たころ、件の彼が声を掛けてきたのだ。
「矢神さんはどうするの」
「え、あの、リコが誘ってくれたら……」
ぼそぼそと答えた私に放たれた言葉。
「あっそ。ほんと、君ってつまんないね」
酷いことを言われた自覚はあった。それでも私はやっぱり、えへへ――と、いつもの笑いで答えていた。
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