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「佑、あの花火を上げている川の名前を知っているか」
九比斗様が佑さんに尋ねる。それに佑さんが答えた。
「ああ、神野々川だろ」
「その昔、二度目の飢饉がこの村を襲った年のこと。日照りが続いた後にようやく降った雨が大雨でね、その時あの川が氾濫したんだ。でも、その氾濫のお陰で干上がった村の畑があっという間に土を肥やした。その秋、畑には作物がたわわに実ったらしい。人々は氏神様のおかげだと大喜び。だからあの川を神の川……神野々川と呼ぶようになったとい言い伝えさ。……鬼灯が教えてくれた。その直後、産土神は川の近くに新たな神社を建ててもらって移されたのだと。それが君のおじいさんが守っている神社なんだよ」
「そう言えば、鬼灯たちは」
あの小うるさい狛犬たちがいなくなっている。
「今年は君のおかげで自由になれたからネ。今頃、産土神の元に帰って、祭りを楽しんでいるだろう」
私と佑さんは九比斗様の話を聞きながら、クライマックスに向かって少しずつ上がる間隔の狭くなっていく花火を見ていた。花火を見ながら言った。
「ねえ、クピト様。いつか、必ずいつか、この神社でもお祭りをするよ。私が約束をする」
その時、仕掛け花火が開いた。
木々に隠れていた河原の方が明るくなったかと思うと、一度にさっきまでの花火をぶちまけたかのような連発!
狭い盆地にバババババババ――という破裂音が響いた。
その光は九比斗様の姿を美しく照らす。
「嬉しいな。じゃあ、君たちが二人でこの神社を盛り立ててくれるんだね」
「え、俺? 俺が宮司になるのか」
「お前は産土神の神主の孫だろ。ちゃんと神社を継いで、そしてこの神社の宮司を兼務するんだ。でないと、ジュリアとの交際は認めないよ」
――もしかして……。九比斗様はこの結末さえ最初から見えていたんじゃ……。
「僕は気長に待っているから」
朗らかに、今まで見たどの笑顔よりも美しく微笑むと、花火の残像のように、九比斗様の姿も消えていく。
「おい、クピト!」
佑さんが手を伸ばしたけれど、そこには静かな闇が広がっているだけで、いつの間にか私たちの立っている場所も、境内の入り口の狛犬たちの間だった。
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