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終幕 楽しいわが社
――今も思い出す、その夏最初の祭りの帰り。
行きは九比斗様に逢いたくて必死で登った石段を、帰りは佑さんの手を引いて降りていた。
つくん――胸が痛むのはなぜだろう。
佑さんの手を強く握る。
「ん? どうした?」
「ううん、あ、雨」
佑さんが雨からかばうように私を引き寄せる。
「自転車、どうしよう……」
「俺の車の後ろに積んだらいいさ」
「そんな! 汚れちゃいます」
「だーいじょうぶ。車なんて、汚れたら洗えばいい」
ハッチバックを開いて後部座席を倒す。ひょい――って感じに軽々と積み込む腕に、ちょっと惚れ直したりする。
(男の人の二の腕だ……)
帰り道はやっぱり祭りの影響で渋滞していた。なかなか進まない車の中は微妙な沈黙で、背後の自転車が揺れるガタゴトという音だけが聞こえる。
「あの」
「あのさ」
同時に話しかけて顔を見合わした。
「た、佑さんからどうぞ」
「いや、たいしたことじゃないんだけどさ……手を取ってくれてありがとう……って言いたかっただけだから」
それなら私の方がお礼を言いたいくらいだ。「追いかけてくれてありがとう」って。
「神様がね、背中を押してくれたんだ。私、意気地なしで逃げてばっかだったから」
神様だけじゃない。あのサアヤって女子高生も、女装の店長さんも……それに大黒君だって……。みんなが私の背中を押してくれたんだ。
「俺も同じだよ。こと、恋愛に関しては全くもって自信ない。女子の気持ちとか、マジでわかんねえもん」
「そういう人だから、魅かれたんだと思います」
言ったそばから照れくさくなって、窓の方に顔を逸らした。その時、窓に映った佑さんの顔がにやけているのを私は見逃さなかった。
――やっぱり、佑さんってかわいい。
「でもさ、俺って偉そうで、ちょっと頭も堅いし口も悪いし、変なところで臆病でついでに天邪鬼だったりするけど、それでもいいのか?」
「そんなの、いいに決まってるでしょ!」
未だ不安げな佑さんにちょっと怒って答えた私を、びっくりしたような顔で見ている。
そんな顔すら、愛おしい。
「ねえ、佑さん、私の部屋に来ませんか?」
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