一幕 恋の神様

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 おばあちゃんの家を出ると、自分に言い訳するように呟いた。 「だって暇だもん」  走り出したのは部屋と逆方向。 「けど、そんな神社、あったっけ」  おじいちゃんに聞いた話を思い返す。  この道沿いだって言ってたっけ。  小さい頃からおばあちゃんちにはよく来ていたんだ。この辺りの地理も割と知っているつもりだったのに、そんな名前の神社に覚えはない。知っているのは、おばあちゃんちから一~二キロ離れた川沿いに建つ、氏神様くらいだ。  それにしても……と、空を見上げる。  どこまでも青い空がやけに眩しい。  こんなに走るのなら、日焼け止めを念入りに塗って来るんだった。 「道、違うのかな。でも確かに県道沿いって……」  少しばかり不安になってきた頃、ようやくそれらしきモノ発見!  風に揺れている二本ののぼり旗。元はきっと朱色だっただろう色は、肌色に近いほどに色褪せている。  自転車を止めてぼやけてしまった名前を確認した。 「射手独楽神社……」  おばあちゃんの作り話じゃなかったことに、少しの安堵と期待に胸をなでおろす。  石でできた素っ気ない鳥居の脇には、傾いた広葉樹。それに巻きついた立派な藤が、薄紫色の花房をたくさん揺らしていた。  野生の藤があることに感動して眺めていたら、後ろから鳴らされたクラクションに小さく悲鳴を上げてしまった。 「びっくりした~」  慌てて道の脇に自転車を寄せ、藤の花の下に停める。  大きなクマ蜂が頭上を飛んでいる。  さっきの車が去った後は、さわさわと柔らかい葉っぱの擦れる音と鳥のさえずる声がするだけ。藤の花房の揺れる音すら聞こえる静寂が、私を突き動かした。  そろりと鳥居の奥を覗く。  神殿へと続く石段は薄暗い。新緑の樹に混ざって杉とかヒノキみたいな高い樹もあるせいだ。階段の両脇が雑草に覆われている様子に、『廃神社』の単語が頭を過る。  けれども見上げた先、階段の頂上には、ぽっかりと開いた明るい空間がキラキラと輝いていた。  ただそれだけで、ここのてっぺんにいる神様を拝んでみようかと思ってしまった。  その先に何が待ち受けているのか、まったく予想すらできずに……
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