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「きっつー。運動不足だな」
それほど長い階段でもないのに膝が痛い。
まあ、でも苦労して登りきったら、神様もご褒美に、願い事を叶えようって気になってくれるかもしれない。
正直、スピリチュアルも神様も信じちゃいない。
願い事ノートが流行った時には、『心の中を打ち明けても笑わない友だちができる』とか『恋の主人公になる』だなんて他人が見たら吹き出しそうな恥ずかしい願望をいくつも日記に書き込んだりしたけれど。下の妹に見られて憤死したから止めた。どちらにしたって何一つ叶わなかったし。
――でも、おばあちゃんは叶えてもらえたんだよね。
それにあやかりたかったわけじゃないけど、やっぱり何かを期待していたんだと思う。胸に少しばかりの昂ぶりを自覚しながら、最後の一段を飛ばして登りきった。
「わあ!」
感動が声になって溢れ出た。
石製の鳥居の両脇には愛らしい狛犬が出迎えてくれ、さほど広くはないものの、開けた敷地の左手に手水舎。右手奥には細いしめ縄を巻いた大銀杏の木。そして正面、石を敷き詰めた短い参道の向こうに古びた神殿。
拝殿もない本殿だけの神殿に垂れ下がった紫の布は、下ののぼり同様、退色してしまっているし、手水舎の屋根の一部は壊れている。それなのに漂う空気の清らかさに、一瞬で神様の存材を信じてしまった。
――だって、こんなにも綺麗なんだもん。
手水の水に手を濡らしながら思う。
「冷たっ」
手水の口になっている金属製の龍の頭に光が反射して、水面が眩しい。
さっそく、枯葉一つ落ちていない石畳を歩いて神殿の前に立つ。
――なんだろう。初めての場所なのに、どこか懐かしい景色……
神殿を見上げて感じた郷愁、既視感に目を閉じた。
そして、神聖な杜の空気を肺に満たして、手を合わす。
「神様……私、矢神ジュリアの願い事を叶えてください」
口の中で唱えた時だった。
「ようこそ! 我が射手独楽神社へ!」
「きゃああああ!」
いきなり神殿の正面が観音開きに開いて、中から誰かが飛び出して来た!
びっくりしたなんてもんじゃない。危うく心臓が止まるところだったよ。
未だ暴れている心臓をなだめるように左胸を両手で押さえながら正面を見ると、神殿に潜んでいた罰当たりな不審者と目が合った。
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