565人が本棚に入れています
本棚に追加
ホールの中では和やかな時間が流れていた。しかし、澪の背筋にはたらたらと冷や汗が流れ出ている。……こういう時、どういう風にするのがマナーなのだろうか。ある程度のマナーは氷雨に教えてもらったとはいえ、やはりどうすればいいかがわからない。
「……おい、澪」
澪の緊張を読み取ってか、氷雨が耳打ちしてくる。そのため、彼に縋るように視線を向ければ彼は「……何緊張しているんだ」と言いながら唇の端を上げる。なんというか、挑発的な笑みだ。
(……でも、そういうところが好きなのよね)
内心でそう思いながら氷雨を見つめていれば、彼は「このパーティーの目的はいわば交流だ」と言う。
「交流が目的だからな、あんまり緊張しなくてもいい」
「……で、でも」
「なんだったら、俺の側について笑顔振りまいているだけでもいいぞ」
氷雨は淡々とそう告げているが、その声音の奥底には何処となく嫌そうな雰囲気も読み取れる。……何が、嫌なのだろうか。一瞬だけそう思ったが、澪の頭の中に微かな期待が出てきてしまう。
「……氷雨君、嫉妬してくれているの?」
だから、そう言葉に出した。
もしかしたら、氷雨は澪に笑顔を振りまけということが嫌なのかもしれない。その根本の原因は、嫉妬なのかも。
自意識過剰かもしれないそんな想像をするものの、氷雨は小さく「……悪いか」と零す。
「年甲斐もなく嫉妬して、悪いか?」
でも、逆に開き直るようにそう言われたら澪は真っ赤になることしか出来ない。その頬を手で挟み込まれ、氷雨から顔を逸らせないように固定される。……彼の顔が大層整っているせいで、澪はどうすることもできなくなる。
「……澪」
ゆっくりと何処となく色気をまとったような声で呼ばれ、澪の心臓がバクバクと大きく音を鳴らす。……こんな風に、甘ったるく名前を呼ばれるのが幸せだ。
(……こういうの、好き)
何処となく強引で、何処となく傲慢で。そんな彼が、澪は大好きだった。……年の差の所為で、彼の隣に並ぶことはあきらめていたというのに。彼は嫉妬もしてくれる。……これ以上に幸せなことは、ない。
「――氷雨、くん」
澪も彼の名前を呼ぶ。
すると、氷雨の手が澪の一つにまとめた髪の毛に伸びたとき。
「……こんなところで見つめ合って、お熱いわねぇ」
そんな声が、背後から聞こえてきた。
最初のコメントを投稿しよう!