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そんなことを考えながら歩いていれば、夏蓮が「澪ちゃん」と名前を呼んでくれる。慌ててそちらに視線を向ければ、夏蓮はグラスを澪に差し出していた。その中にはオレンジジュースが注がれている。
「あまり昼間から飲むのは得策ではないわ。ジュースにしておく方が、この場はいいのよ」
ころころと笑いながら夏蓮がそう言うので、澪はこくんと首を縦に振ってグラスを受け取る。そのまま何のためらいもなく喉に注ぎ込めば、オレンジ特有の酸味と甘みが喉を潤してくれる。
「ところで、わたしとしてはいろいろと気になっていることがあるのよ」
その後、夏蓮は会場の端によると澪を手招きし、そう伝えてくる。そのため澪がそちらに近づけば、彼女は「あの榛名君を射止めるなんて、貴女は素晴らしい子なのね」と笑いながら言う。
しかし、その言葉には何処となく不自然な感じが漂ってくる。先ほど夏蓮は氷雨のことを「おじさまの知り合いかしら?」と言っていた。つまり、氷雨の名前など知るわけがないだろうに。
そう思い眉を顰めていれば、彼女は「あら、わたしをあまり侮らない方がよろしいわよ」と言いながら口元を手で隠す。
「社交界は腹の探り合い。こういう場でもそれはあるの。……わたしは榛名君のことをおじさまからよく聞いていたから、実は知っていたのよ」
「……そうなの、ですか」
「えぇ、わたしの結婚相手にどうか……と言われたこともあったわね」
肩をすくめながら夏蓮が何でもない風にそう言うので、澪の中にモヤモヤが生まれる。だが、夏蓮はそれに気が付いているのか気が付いていないのか、全く分からないような笑みを顔に貼り付けながら「でも、わたしは彼が好きじゃないのよ」と笑う。
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