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途中、花織の住むアパートの前を通る。実家は近いが一人暮らしをしている。その瞬間はいつも私の背筋に冷や汗が伝う。誰かが花織と一緒にいるのではないか? 彼氏ができたのではないか? そんな不安で押し潰されそうになる。部屋の灯りはついていない。こんな時間にどこに?
つい足を止める。その暗がりの向こうから話し声が聞こえる。
「吉田くんありがとう。また明日ね」
花織の声。隣に男性。花織は私の姿を見つけても何も言わずに男性に手を振ってから私の横を通り過ぎる。
私などいないように花織は振る舞う。そのまま花織は自らの部屋へと消えた。
吉田と呼ばれた男性は、それを見届けてから踵を返す。
「待ってください!」
私はつい声をかける。
「あなたは花織の何ですか?」
「何ですかって……、ただの友人ですが?」
「本当に? 本当の本当に? 花織の彼氏とかじゃないんですか!?」
「そんなんじゃないですし……。あ、もしかしてあなたですか? 谷崎さんにつきまとってる面倒臭いって人って?」
「面倒臭いって何!? あんたに何が分かるのよ!」
つい売り言葉に買い言葉で対応してしまう。
「そういうのよくないと思いますよ? 谷崎さんの好きな人根こそぎ奪う悪女でしょ? あなたは?」
「花織がそんなこと言ったの!?」
事実でしかないのは分かっている。ただ、声は張り上がり、あちらこちらの窓からの視線が私を刺す。
「他に誰がいるんですか? 迷惑ですよ」
男はそう言って立ち去っていく。残された私にあちらこちらの視線が突き刺す。まるでフラレた女みたいだ。フラれることなんて慣れているのに。
私は歩を進める。帰らなきゃ。それとあの男を花織に近づけやしない。決意した。
翌朝、真っ先に花織のSNSをチェックする。あの男らしきアカウントが存在しないか。やり取りはないか。めぼしきものがないと分かると私はそそくさと身支度を始める。バイト用の汚れてもいい格好にならないように気をつける。今日は花織の大学に忍び込むつもりだ。今までも何度と紛れ込んだ。目的は受講ではない。あの男の本性を探るため。どうせ男なんてろくなもんじゃない。花織のことを好きだと言いながら、私が向ける好意に簡単にたなびくんだ。自分は違うと思っていても結局根っこはみんな同じだ。本物は愛は見返りなどないんだ。どんなに辛くてもきつくてもただ有るものだ。それが男なんかに理解できるはずがないんだ。
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