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『じゃあ、明日は図書館に行こうか』  耀くんの声が耳からじゅわっと脳に染み込む。 「うん」  電話なのに大きく頷いてしまう。 『碧の声が嬉しそうで嬉しい』  耀くんこそ嬉しそうな声で、僕もすごく嬉しい。 「また9時に着くぐらいに行く?」 『碧が大丈夫ならね』 「大丈夫。耀くんと会う日は早く目が覚めちゃうから」  だから寝不足になっちゃうんだけど。 『ほんと可愛いね、碧は』  もう数え切れないほど聞いたセリフを耀くんが口にする。  何回聞いても恥ずかしくて、でも嬉しい。 『昼は何か買って図書館の近くの公園にでも行こうか』 「うんっ」  なんか、すごいデートっぽい。 『ちゃんと寝ておくんだよ?碧』  笑いを含んだ耀くんの低く甘い声が耳に心地いい。 「今日は体育祭もあったし寝られると思うけど…分かんない」  耀くんと2人で会う前の日は、楽しみすぎて眠れない。 『そんなに楽しみにしてもらえるのも嬉しいけどね』 「耀くんは寝られない、とかないの?」  前も、訊いてみたいと思った質問。 『俺はね、結構カチッと切り替えられるタイプだから。あ、でも、もちろん碧と会うの楽しみにしてるんだよ?』  ほんの少し、声に焦りの色が混じった。 「ちゃんと眠れるからって、耀くんの気持ちを疑ったりしないよ?」  なんか、年上のいつも格好いい耀くんが、最近時々かわいい。 『良かった。まだね、夢なんじゃないかと思うことがあるんだ。碧と付き合ってるのが』 「え?」 『ずっと片想いしてて叶うはずないって思ってたから、時々現実感がないんだよね。幸せすぎて』 「…耀くん…」  耀くんがそんな風に考えてるなんて思ってもいなかったから言葉に詰まった。 『俺ね、碧がすごく好きなんだよ。なくしたら生きていけないぐらい。だから…』 「…うん、耀くん。僕もおんなじ…」  揺るぎない印象の耀くんが、僕の前でだけ時々不安定になる。  他の人には見せない弱い顔を、僕にだけ見せてくれる。  力強く守ってもらえるのとはまた別の優越感。  僕もこの耀くんをどこかに隠しておきたい。  誰にも見せない、僕だけの耀くん 「ねぇ耀くん。明日まで時間早送りして?」  また、わがままを言ってみる。 『そうだね、したいね』  耀くんは絶対否定しない。 「それで早送りした分、明日会ってる時間に足して長くするの」  どんな無茶なことを言っても大丈夫。そういう安心感。 『そうくるか。いいね、それ』  そして耀くんの声が、いつもの落ち着いたものになる。  こういう下らない会話をしてる時が好き 「耀くん、明日迎えに来てくれる?」  少しでも早く、少しでも長く、耀くんに会いたい。 『もちろんいいよ』 「わーい」  どんなに一緒にいたって足りない。ずっとずっと一緒にいたい。 『おやすみ』って言われて、僕も言って、電話を切った。  いつか、この言葉を直に聞きたい。電話じゃなくて。  そして耀くんの腕の中で眠ってみたい。  ソファで寝落ちたり、抱かれて意識を飛ばしたことはあるけど、そうじゃなくて。  眠れるのかな。  どきどきして、それこそ眠れないのかな。  いつか叶うといいな。  そんなことを考えながら眠りにつく支度をした。  少し悩んで、明日は長袖のシャツを羽織って行くことにして、壁のフックにハンガーをかけた。  早く寝よう。眠って、早く朝を迎えたい。  そういえば、この前耀くん、うちに泊まったけど「おやすみ」も「おはよう」もなかったんだよね。  でも寝顔、すっごい綺麗だった。  また見たいなぁ、なんて思ってるうちに段々うとうとしてきた。  やっぱり体育祭で疲れてるから。  日焼けした肌がぴりぴりしてる。  耀くんの夢が見たいなぁって思いながら、僕はすぅっと眠りについた。  
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