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「すごい長い2日間になりそうだ。体育祭、集中できないかも」  ヤバいなって言って耀くんが笑う。 「耀くん、体育祭何の競技に出るの?」  まだ離れたくないから、ブレザーを握ったまま訊いてみた。 「リレーと騎馬戦。あと綱引きと100mは全員」  耀くんが僕に頬擦りしながら応えた。 「え、リレー?すごいね、帰宅部なのに」  陸上部にスカウトされてるって、お姉ちゃんが言ってた。 「うちのクラス、帰宅部と文化部ばっかりなんだよ」  そう言って、僕の頬に額にキスをする。 「そうじゃなくても選ばれちゃうんじゃない?耀くんだし」 「そうかな?」 「そうだよ。だって僕の耀くんは最強だもん」 「はは、なんだそれ」  僕の頭を撫でながら耀くんが笑う。 「ああもう、帰したくないし、帰りたくないけど、帰らなきゃなあ」 「早口言葉みたいだね」  僕だって帰りたくないから、耀くんにぎゅっと抱きついた。 「ほんと、なんでそんな可愛いの?碧。離せないじゃん」  困ったなあ、と呟いて、耀くんが僕を抱きしめる。 「…ところで碧。なんて言って出てきたの?」 「え…あ。ただ、出てくるって…」  何を言う余裕もなかった。ただただ早く耀くんに会いたくて。会って、土日のことを伝えたくて。 「じゃあ、びっくりしてるんじゃない?碧のお母さん」 「してる…かも」  抱きついたまま耀くんを見上げた。僕を見下ろす耀くんの目が優しい。 「じゃあ帰ろっか。送ってくよ」  耀くんがゆっくりと僕から手を離した。僕もぐずぐずと耀くんから離れた。  離れ難くなるから肩は組まずに並んで歩いた。  耀くんはうちの門まで送ってくれて、僕が玄関に入るまで見ていた。  僕はドアを閉めて、ドアスコープから帰っていく耀くんの後ろ姿を見送った。  スニーカーを脱いで上がったものの、すごい入りづらい。うちはキッチンやリビングを通らないと2階に上がれない。  でもずっとここにいるわけにもいかない。  意を決して、リビングへ続くドアを開けた。 「あ、おかえりー、碧。ご飯もうすぐできるよ」 「今日は餃子!焼くだけ」  そう、姉と母に声をかけられて、どうしたらいいか分からなくなった。 「ほら碧、こっち来てテーブル拭いてー」 「あ、う、うん」  姉に言われるままにキッチンに入って流しで手を洗い、テーブルを拭いた。 「お味噌汁できるからお椀取って」 「はーい」  何事もなかったようにいつも通りの指示を出されて、いつも通りにお箸やお皿を並べて、いつも通りに食卓についた。  そしてごく普通に「いただきます」と食事が始まった。 「あ、碧。土曜日ね、9時くらいには家出ちゃうから。移動が結構長いのよ。帰りは日曜の夜ね」  餃子をつまみながら母が言う。 「なんかね、明治時代に建てられた洋館とかで撮影するんだって。体育祭で日焼けしてるのだけが残念だなー」  姉が焼けた腕を見ながら言った。 「まあいいじゃない。健康的なプリンセスで、ねぇ碧」 「あ、うん。そうだね」  何しに行ってたの?って訊かれても困るけど、何も言われなくても妙に居心地が悪い。  キレイに焼き色の付いた餃子をパリッと齧って、ネコの箸置きを睨んだ。 「そうだ、碧。1人で淋しかったら誰か呼んでもいいのよ。いつものメンバーなら心配ないし」  母はそう言いながらサラダのきゅうりを食べようとして「やだ、繋がってる」と言って姉の方を見た。 「うん…、分かった。お母さん…」  耀くんのこと、言っといた方がいいのかな。でもなんて言ったらいいんだろう。  ただ、泊まりに来るって言えばいいんだろうけど。…なんか言いづらい。  とりあえず耀くんに相談しよう。    姉の視線が気になりながら食事を終えて、部屋に戻って耀くんにメッセージを送った。
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