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ーーそうだったね、無断で泊まるわけにはいかないね ーーーじゃあお母さんに耀くんが泊まるって言っちゃうよ? ーーいいよ  友達を家に泊めるのは、別におかしな事でも珍しいことでもない、と思うけど、完全にやましいので言いにくい。  でも言わずに泊めた方が、たぶんもっと怪しい。  だから、ちゃんと言っておかなきゃ…  そう思って必死でタイミングを見計らって、やっと母に声をかけた。 「あの…お母さん。土曜日、ね」  苦しいぐらい心臓がドキドキと鳴って、声が上手く出ない。  ソファに座って僕を見上げている母が「誰か呼ぶことにしたの?」と訊いた。 「…うん…。あの…、耀くん、が、来てくれるって…」 「そう。なら安心して行って来れるわね。よかったね、碧」  母に笑顔を向けられて、ほっとしたのと同時にちくりと胸が痛んだ。  朝、10分長く会えるのが嬉しくて、でもすぐ離れないといけないのが悲しくて、唇を噛んで階段を上っていると、えりちゃんに「切れちゃうよ、碧」って注意された。  学校で「この前谷崎先輩と公園にいたの、水瀬くん?」って訊かれて、ああ来たかと思いながら「幼馴染みだから一緒に出かけたりはするよ」って応えた。 「なら彼女ぐらい知ってるでしょ」  じろりと睨みつけてくるクラスメイトに、 「ノーコメント」  と返した。僕はもう、耀くんの噂話はほとんどこれで返すことにしていた。 「えー、いいじゃん。教えてよ」  たぶん悪気はないんだろうな。 「そうは言うけどさ、友達に自分のプライベートなことをぺらぺら喋られたら嫌じゃない?僕なら嫌だから、だから耀くんのことは喋らないよ」  僕がそう言うと、彼女はむすっとしながら、でも頷いた。 「ど正論でムカつくけど…、でもその通りだとは思う。ごめんね」 「僕に謝らなくていいよ」 「でも谷崎先輩には直接謝れないもん。てゆーか、水瀬くんにこんな風に言い返されるとは思ってなかったから、びっくりしちゃった」  他の子にも伝えとくね、って言ってくれてほっとした。  僕は少しは強くなれたのかな。    帰りの電車でスマホが震えた。  僕のだけじゃなくて、依くんもえりちゃんも敬也も。 「あ、ちかちゃんからだ」 ーー碧たち、いま電車? ーーーうん、もうすぐ駅に着くよ ーー快速?どこ乗ってる? ーーー快速の1番うしろ  なんで?と思いながら返信する。 ーーわかった、おりないで  え?  4人で顔を見合わせた。アナウンスが流れて車両のスピードが落ちていく。  ホームが見えてきて、走ってくるちかちゃんと萌ちゃんが見えた。  電車のドアが開いて、降りた人の後で2人が乗り込んできた。  はぁはぁと肩で息をしている2人が、僕の腕を掴んだ。 「耀くん見に行こ、碧」 「え?」 「今日、放課後に応援の全体練習だって、陽菜ちゃん言ってたじゃない。全体練習はグラウンドで本番通りやるんだって」 「うちの学校に情報流れてきたの。校舎に向かって左から白、黄、青、赤の順番なんだって。耀くん何色?」 「あ、赤…」 「じゃあ一番右ね。結構人集まっちゃうかもだけど見えるかなあ?」  少しずつ息が整ってきたちかちゃんと萌ちゃんが僕にふふっと笑いかけた。 「…練習を見に行くっていう発想は、なかった…」 「でしょー?」 「碧は近すぎるから、推しを追いかけるみたいな視点はないよね」  推し、か 「まあ碧は追いかける必要ねぇもんな」  と依くんが笑う。 「追われる方だもんね、もう捕まってるけど」  えりちゃんも笑う。 「そういえば陽菜ちゃんとさっちゃんが何色か知ってる?」 「お姉ちゃんが白でさっちゃんが黄色」  あ  敬也はお姉ちゃんを見に行きたいんじゃないかな。  ちらりと見上げると、敬也は窓の外を見ていた。 「せっかくだから全員見に行くか。碧とちかは赤見とけ」  な、と言った依くんが、敬也の方に視線を向ける。 「耀と違ってその他大勢はちょっと探しづらいけどな。まあなんとかなるだろ」  にやっと笑った依くんに、敬也がびくっとした。  えりちゃんがくすっと笑った。
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