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「誰だろ。お姉ちゃんなら自分で入ってくるよね」 「とりあえず見てきて、碧」  はーいと言いながらドアスコープを覗くとお姉ちゃん。  なーんだ、と、なんで?が頭の中をぐるぐるしながらドアを開ける。 「ただいまー。碧、お土産!」  姉のその言葉と共に、 「ただいま、碧」  目の前に耀くん! 「送ってもらったの。駅で一緒になったから」  姉が耀くんの後ろからひょこっと顔を出した。そして耀くんを玄関に押し込んで僕の方を向いた。 「碧、もうご飯できてる?」 「あ、うん。ほとんど」 「じゃ、5分が限界かなー。でも会えてよかったでしょ?」  姉がふふっと笑いながらリビングとの間のドアを閉めた。  その後ろ姿を見送ってから耀くんを振り返った。    耀くんが腕を広げたからその胸に抱きついた。  背中に手を回してぎゅっと抱きしめる。  耀くんも僕を長い腕で抱きしめてくれる。 「赤、優勝したよ、碧」 「うん」 「全競技、結構頑張ったつもり。どれぐらい撮られてるかは分かんないけど」 「うん」 「…やっと終わった。体育祭」 「うん」 「長かったなぁ…」 「…うん」  耳をあてた耀くんの胸から、とくとくと心音が聞こえる。 『土曜日にこの責任取ってもらうからね』  先日耀くんに言われた言葉を思い出した。  覚悟しといて、って言われたけど、してるのは期待だ。  ずーっと一緒にいられる。  一日中、一晩中、2人っきり。 「…明日、連絡してから来るから」 「うん」 「今日はもう帰るね」 「…やだ」 「碧…」  ぎゅうっと抱きしめられて、耀くんの胸に頬擦りする。 「…うそ。ちゃんと明日まで我慢するよ?」 「煽ってくるなぁ、ほんと」  堪んない、と呟いた耀くんに掠めるようなキスをされた。  名残惜しさいっぱいのまま手を離して、帰って行く耀くんを見送った。  リビングへのドアを開けると、ちょうど着替えた姉が階段を下りてきていた。  姉はにやりと笑ったあと「ご飯、ご飯」と言いながらキッチンに入って行った。  晩ご飯を食べながら母と姉は旅行の話をしていた。2人とも、 「これから荷物の準備するから、たぶん忘れ物する」  って自信ありげに言ってておかしかった。 「碧、お客様用布団、お母さんたちの部屋にあるから後で取りにきてね」 「あ、うん。分かった」  使うのかな、って思ったけどいらないとも言えない。  母と姉は準備があるから、夕食の片付けは僕1人でした。  やっと、やっと金曜日の夜が更けていく。  僕に見せつけるように、ゆっくりと秒針が回っている。    明日も明後日も、それぐらいのスピードで回ってよ  意地悪な時計を見つめながら、僕は心からそう願った。
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