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 途中うつらうつらしながら映画を観終わって、あとはただベタベタしながら過ごした。  ただでさえ耀くんと2人の時は早く進む時間が、秋になって更に急いで夕方を連れてくる。  でも今日は耀くんは帰らないから  一晩中一緒にいられるから  晩ご飯の準備がなにげに楽しかった。  2人でキッチンに立って、チルドの袋の裏を見ながら甘酢炒めを作った。お味噌汁は、お母さんが切って冷凍してあるキノコとかで適当に作る。サラダはパックから出して、きゅうりを切って足した。 「やっぱ手際がいいよね、碧。いつもやってるから」  褒められて嬉しい。えへへと笑いながら、でも耀くんも普段やってる感じが出ていた。  いただきます、と手を合わせて「あ」と思った。 「そうだ、耀くん。朝の時間、来週からも同じ時間、だめ?」  お箸を手に取った状態で訊く。 「ん?同じって10分早い時間?俺は構わないけど…」  耀くんも同じようにお箸を持って僕を見ていた。 「ほんと?お母さんがね、起きる時間同じだからって。あ、ごめん食べて」  変なタイミングで思い出したから食事が止まってしまった。 「じゃあこれからも、朝10分ちょっとデートできるってことだね」  嬉しそうな顔でそんな風に言われたら、にやにや笑いが止まらなくなる。 「碧、笑いすぎ。めっちゃ可愛い」  耀くんこそ、にこにこしながらご飯を食べてる。 「耀くん、注意してるの?してないの?」  くすくす笑いながら覗き込むと綺麗な眉を歪めて笑う。 「も、自分でも分かんない。とにかく碧が可愛い」 「なにそれ」  朝、10分会う約束をするだけでこんなに嬉しい。  簡単な晩ご飯も、耀くんと食べたらすごく美味しかった。 「毎日耀くんとご飯食べたい」  お箸を置きながら、あんまり深く考えずに思ったことをそのまま言った。 「碧、俺にプロポーズしてくれるの?」 「!」  弾かれたように耀くんを見た。  耀くんがふわりと微笑んで僕を見ていた。  とくとくと、心臓が忙しなく鳴り始める。頬がじんわりと熱くなってきた。  そういうことにしてしまって、いいと思う。 「…うん、そう。耀くんも…してくれた、でしょう?」 『一生大事にするよ』  あの時耀くんの口からするりと出た言葉。耀くんは「咄嗟に出た」って言ってた。それはきっと、さっきの僕と同じ。 「そうだね、したね、プロポーズ。しかも公開で」  切れ長の目がほんのりと赤く染まっている。すごく綺麗。 「あれ、すっごい嬉しかった…。返事は後で、とか無理だった」 「みんないるのに「ほんと?」って訊いたよね、碧」  ふふって笑った耀くんが椅子から立ち上がって僕の手を引いた。  引かれるままに立ち上がって広い胸に飛び込んだ。 「朝も、ずっと一緒にいてくれるって、言ったよね?」  ぎゅうっと抱きついて訊く。 「そうだね。2回目のプロポーズだったね」  同じだけ強く抱きしめられて、身体中が心臓になったみたいにどきどきする。 「じゃあ、いつか僕と毎日ご飯食べてくれる?」 「もちろん…、あ、ごめん。俺泣きそう…」  抱きしめている僕の首筋に顔を埋めて、耀くんが鼻を啜った。  首にかかる息が熱い。  もう1回鼻を啜って顔を上げた耀くんが、真っ直ぐに僕を見た。  涙の滲んだ赤い目で。 「好きだよ、碧。大人になったら、俺と2人で暮らしてほしい」  僕の視界も水の中にいるように歪む。  綺麗な耀くんの真剣な顔。はっきり見たいのに涙が止まらない。 「…うん。ようくんと、いっしょにすむ…」  やっと言った言葉が幼すぎて恥ずかしかった。  でも耀くんは、うん、うんって、ありがとうって言ってくれた。
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