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洗濯機を回しながら遅めの朝食を摂った。
耀くんの入れてくれたコーヒーのいい香りが漂っている。
「耀くん、この目玉焼きトースト、すごい美味しい」
「そう?よかった。碧、また付けてる」
耀くんの親指が僕の口の端を拭う。
「口がちっちゃいからかなぁ?顔そのものが小さいもんなぁ」
覗き込まれて照れくさい。
「耀くんだって頭ちっちゃい方じゃん」
そんな話をしていたら、洗濯機が鳴った。
「わ、呼ばれちゃった。干しに行かなきゃ」
僕は残りのトーストを頬張った。
「なんかさ」
耀くんがぽつりと言う。
「予行練習みたいだね、2人暮らしの」
微笑みながらそう言われて、胸がとくんと跳ねた。
「すっごい楽しそう。碧と暮らすの」
楽しみだなあって嬉しそうに耀くんが言う。
僕は、うん、て頷いた。
耀くんが僕の頬に手を伸ばした。
「碧、俺頑張るよ。碧のお父さんとお母さんにもっと信頼して貰えるように。2人で暮らすのを反対されないように」
まっすぐ見つめてくる強い瞳に吸い込まれそうになる。
「…耀くん、今でもかなり信頼度高いよ?」
唇が震えてくるのをどうにか制して言葉を紡いだ。
「ほんとに?だといいんだけど」
心配気に微笑んで、少し首を傾げて耀くんが言う。
「だってお母さん、耀くんがいてくれたら安心って言ってたでしょ?」
軽く鼻を啜りながら耀くんを見つめて言う。
「…それを、裏切ってないとは言い切れないから、ちょっと心苦しいんだよね」
そう言いながら耀くんは僕の頭を撫でた。
「反対されないのが一番いいけど、反対されても俺、碧を手放すことなんてできないから…」
「…うん」
抱きしめてほしいなって思いながら耀くんを見つめたら、それが分かったのか、立ち上がった耀くんは僕を椅子から抱き上げた。
そのままソファに向かって、僕は先に下ろされたけど、耀くんが隣に座ったからその膝の上に乗り上げた。
耀くんの首に抱きついて、ぎゅうっとしがみつく。
ほんの少し、周りがぼやけて見える。
「…僕も、耀くんと離れるなんて、無理」
「可愛いなぁ、碧は」
耀くんが僕の背中を撫でて、そしてしっかり抱きしめてくれた。
ここが僕の場所
「耀くん。僕も頑張るから。家から出せないって言われないように、もっとちゃんと家のことできるようになる」
身体を起こして耀くんを見つめながら決意を告げた。
「それはあんまり心配ないんじゃない?碧、何でもできるじゃん」
ふふって笑って、耀くんは僕の顎にキスをした。
「そうでもないけど…。とにかく耀くんと一緒に暮らせるように頑張るから」
この腕の中にいるためなら、努力は惜しまないつもり
綺麗な耀くんを見下ろして、自分からキスを贈った。
「一緒に幸せになろうね、碧」
「うん…耀くん」
もう一度キスをして、洗濯機に呼ばれていたのを思い出して、2人で洗濯物を干した。
いつもの家事なのに、耀くんがいるだけで日常がキラキラ輝いてる。
「ねぇ耀くん」
ベランダから室内に入りながら、後ろから来る耀くんに話しかけた。
「ん?」
この、耀くんの「ん?」ていう訊き方、大好き。
「僕ね、あの花火大会の時、すごい怖かったけど、でも今はあれがあって良かったなって思っちゃってるんだ」
「碧?」
耀くんが僕を後ろからふわりと抱きしめた。
「だって、あれがあったから今があるわけでしょ?だから…」
「…あれがなくても、俺は碧を好きになってたよ、絶対」
僕を抱きしめる耀くんの腕の力が強くなる。
「あれは確かに自覚するきっかけだったけど、俺、もっと前から碧のこと好きだったと思うし」
「…ほんとに?」
耀くんの大きな手に手を添えて訊いてみる。
「ほんとだよ。だってずっと可愛くて仕方がなかったんだ。だから、碧が大きくなって、手を貸すことがなくなっても離さなかった。依人や陽菜に過保護だって言われてもそばにいた。ずっと碧を見ていたかった。何でだろうって思いながら、同じだけ可愛いなぁって思ってた」
耳元で語られる、昔の耀くんの想いがくすぐったい。
腕の中でもぞもぞと反転して、耀くんに力いっぱい抱きついた。
「…大好きじゃ全然足りないぐらい大好き」
「碧はほんと…、可愛いじゃ全然足りないぐらい可愛いな」
俺ら語彙力足りないな、と笑いながら、耀くんが僕をぎゅうっと抱きしめてくれる。
そして僕に頬を擦り寄せた。
「…愛しいって、こういう感情なのかな…」
耀くんがぽつりと呟いた。
胸の奥から温かいものがどんどん湧いてくる。
あふれてくる涙を止められなくてシャツが濡れてしまうのに、耀くんは僕を抱きしめる腕をゆるめない。
「涙も丸ごと全部、俺のものだ」
一雫も他人にはやらない。
そう言って耀くんが笑う。
大きな手が僕の頭をゆっくりと撫でていく。
暖かい腕の中で、僕は幸せを噛みしめていた。
了
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