紅玉の指輪

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「ほらもう、泣いてないで帰るわよ。見つからないものは仕方ないんだから……」  郊外型の大規模ショッピングモールは、休日ともなれば家族連れの買い物客で賑わっている。そろそろ日も暮れはじめてきた頃、まだ帰りたくないとグズる子供の姿などは珍しくもない日常風景だ。  中身のたっぷり詰まった買い物袋を提げた母親は、出入り口からテコでも動かないぞ、と決意を込めた表情で立ち尽くす息子に手を焼いていた。理由はもうわかっている、息子が、大切にしていた亀のぬいぐるみ「たーちゃん」をどこかでなくしてしまったのだ。  今日ここに来てから行った場所全部を辿って探してみたし、お店の人にも声を掛けたが見つからない。綿もへたってボロボロの見た目だから、ゴミとして捨てられてしまったのかもしれないとは、さすがに息子には言えない。冷蔵品も多めに買い込んでしまったので早く帰りたいのが正直なところなのだが、さてどう説得したものか。 「ほら坊主、たーちゃんが探してたぞ」  横から掛けられた声に親子揃って顔を上げてみれば、日焼けした肌の大柄な青年が子供と視線を合わせるように屈みながら、くたくたのぬいぐるみを差し出していた。 「たーちゃん!」  青年からひったくるようにぬいぐるみを抱えた息子に、母親は青年に対して礼を言うよう促しつつ一緒に頭を下げた。不機嫌にグズる息子をどう説得して帰るか、ほとほと困り果てていた母親にとってこの青年は誇張なく救世の英雄と思えたのだ。  それじゃあ、と軽く手を挙げて去っていった青年の後ろ姿にもう一度頭を下げて、母子は帰路についた。片手で買い物袋を持ち、もう片方の手で息子の手と繋いで夕暮れ時の歩道を歩く。先程までのむっつりと頑なだった表情はどこへやら、息子は上機嫌で「たーちゃん」に頬ずりをしている。  そこでふと、気が付いた。 「あの人、なんでたーちゃんの名前がわかったのかしら?」  しかしその疑問は、夕飯の献立を尋ねる息子の声に掻き消された。
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