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目が覚めると病室だった。相部屋が満席だったらしく、贅沢にも個室である。一酸化炭素中毒で搬送された私と父は、処置のおかげで一命を取り留めた。
角屋さんが寮に駆けつけた理由は何となく想像がつく。
乙女さんが連絡したに違いない。
彼女を追い出したはいいものの、泥酔した彼女に万が一何かあったらと思うと怖くて店に向かわせたのだけど、それが裏目に出たらしかった。
見舞いに訪れた角屋さんは、厭味のように大量の柿を持って来た。
「申し訳ありません。寮で自殺未遂なんて」
「いや。こちらこそ、ごめん」
「え?」
角屋さんは目を伏せる。
「あそこなぁ、事故物件なんだ」
「そうなんですか? でも何も起こらなかったですよ」
「いやいや翠っち自殺に追い込まれてるし。呪われてんじゃん!」
「それは――」
――部屋とは無関係だけどな、と思ったが言わなかった。死にたかった理由を呪いのせいだと勘違いしてくれるのなら、それで構わない。
「昨晩タクシーが店に着いたとき、偶然俺が退勤するタイミングだったんだ。妙な時間だったから一体誰が出勤したのだろうと思って後部座席を覗き込んだら、見覚えのあるブランケットだけが乗っているじゃないか。運転手に尋ねたら、ウチの寮から配車されたと言う。しかも頼んだ女は、『まるで知り合いを乗車させるようで怖かった』と……それでピンと来て、慌てて翠っちの部屋に走ったという訳で」
私は唖然とし、「いやいや、勝手に怪談風にしないでください。私は乙女さんを乗せたんですよ」と返した。
「乙女?」
「そうです。私のルームメイトの」
「何言ってんの。君は一人部屋だろ。入居のときも、そういう契約だったじゃないの」
病室が静まり返った。
そんな訳ない。
入居初日から、乙女さんはあの部屋に居た。それからずっと一緒に暮らしていたのだ。半年近くも――。
「もしかして、この女性?」
角屋さんがスマホに表示させた写真は、確かに乙女さんだった。
「山下真珠。昨年まであの部屋に暮らしていて、ストーカーになった客が無理心中して殺された。確か源氏名は、乙女」
「まさか。冗談ですよね?」
「はは」
角屋さんは軽い相槌を打ったが、その顔は真っ青で、恐怖を誤魔化そうとしているのが明らかだった。
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