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1. $v!CIDE
勤めていた店がとつぜん摘発され無職になって、数ヶ月分の家賃を滞納したアパートの床でスマホをいじる翠の目に飛び込んだ、一件の求人。
☆★男性向けマッサージ店★☆
★万全の身バレ対策★稼げる接客業★
本番ナシ、未経験者大歓迎♪
日払いOK、もちろん年齢不問♪
寮完備(一人部屋)、保証人不要♪
部屋の退去日が迫る身としては即日入寮出来るのは大変有難い。しかも寮の内装写真までアップされているホワイトぶり。こりゃ優良求人かも。
すぐにWeb応募……っと。
――しかし現実は甘くない訳で。
案内されたのは写真とは似ても似つかぬオンボロマンション。403号室、エレベーターは無し。しかも激狭ワンルームに二段ベッド。
ていうか一人暮らしだって聞いていたのに、ベッド上段から足をぶらぶらさせるこの女は何だ?
「あたし、乙女。よろしくねぇ……ムニャ」
「ムニャじゃなくて、誰ですか?」
「今日から君の同居人」
――騙された!
……と気付いた時には後の祭り。アパートは既に追い出され、残高は一万円を切っており、頼れる実家がありゃこんな状況にはなっていない。
あーあ。参ったぞ。私は他人との共同生活に不向きな性格なのだ。これまで付き合った男達とも同棲した途端に破局しているっていうのに初対面の女と暮らすなんてぜーったいに、無理。
「君、荷物こんだけ?」
「貴方の物が多すぎるんです。譲り合いと思いやりがないと共同生活は成り立ちませんから、ルールを設けさせていただきますよ」
「ルールぅ?」と乙女さんが起き上がる。長い黒髪をだらんと垂らし、まるでリングの貞子のような格好だ。
彼女のベッドは寝るスペースも無いくらいに洋服やバッグ、包装紙やペットボトルで溢れ返り、乙女さんの細い体に圧し潰されている。汚い!
「そっちのスペースをどれだけ散らかそうと乙女さんの勝手ですけど、共用部は清潔に保ってくださいよ。これはルールですからね」
「はぁい」
同居人への初期対応はこんなものだろう。
私は二段ベッドの下段に胡座をかき、半額弁当の焼き鯖を解した。
「あっ。ルール追加。あたし海産物の臭いが苦手だから、部屋で魚は食べないことぉ。あとお酒も無理」
「は? そんな勝手な――」
「共同生活は譲り合いと思いやり、でしょ?」
彼女の得意気な声色に、「はい」と低い了承を返した。
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