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「ねー翠っち。ちょっと面談いい?」と角屋さんに肩を突かれた。先月エリマネになったばかりの彼はいつも寝不足だ。
「その呼び方、ゲーム機みたいで厭なんですけど。あ。柿食べます?」
「へ、ありがと」
柿を頬張る角屋さんの顔は、どちらかと言えば柿というよりマンゴーって感じ。彫りが深くてハーフっぽいけど、純日本人らしい。
近くにいた女の子達が、コソコソと「翠さん、整形して元の顔が跡形も無いって話もマジか」と耳打ちするのがわかったけど、聞こえない振り。
「最近、この辺の店舗を利用している客がさ、どうも穂崎瑛子って人を捜してるみたいなんだ。翠っちの本名だよね?」
「……はい」
「年齢は五十代から六十代で、中肉中背。名前は穂崎トモユキ」
「父、です」
「父かあ」
角屋さんは腕組みをして、爪楊枝を噛んだ。
「ご迷惑をお掛けしてすみません」
「いや、別に迷惑は掛かってないんだけどさ。ストーカーならヤバいじゃん? とりあえず出禁でオッケー?」
「お願いします」
まだあのメッセージに返事をしていないのに、どういうつもりなのだろう。
自死を仄めかしておきながら娘の居所を探すなんて……目的は一つしか考えられない。
きっと道連れにするつもりなのだ。
一人で旅立つ勇気がないから、十年以上会っていない娘を巻き添えにしたいのだ。相変わらずのクズっぷりに笑えてくる。そんな男が私の父親だ。
――ねえ、乙女さん。現実はこんなものだよ。仲良しこよし父娘なんて、幸運な、ヒエラルキーの上位しか享受できない幻。底辺には見ることも許されない夢のまた夢。
でも、と電子煙草を咥えて目を瞑る。
――同時期に、同じように死ぬことを考えているなんて、こんな偶然すらも目には見えない親子の絆なのだろうか。
だとしたら、なんて残酷。
なんて無意味。
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