少女と少年、出逢う

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少女と少年、出逢う

 ーーはい、彼女ほしいです。  僕は今、ただただ彼女がほしかった。  登校中に偶然出会い、自転車から降りて肩を並べて歩いてみたり、  授業中、先生に気付かれないように手紙を交換し合ったり、  一緒に下校して、近くのカフェに寄り道でもしてタピオカを飲んだり……  だから僕は彼女がほしい。  だけど僕の前に現れたのは、彼女と呼ぶには似つかわしくない、災厄であり、災害であった。  ーーーー四月一日、始業式  とうとうこの日がやってきた。  僕は今日、高校生になります。  一時間はかかる通学路を自転車で進み、広大な広さを持つ学園を二時間以上かけて一周し、正門を通って桜並木が照らす道を進む。  高鳴る高揚感が心臓を締めつけ、自然と目を見開いて眼前に広がる光景にただ呆然と立ち止まる。  「す、すげー!」  今日から俺はこの学校に通うのか。  期待とワクワクが学園での想像を掻き立てる。  私立愛ヶ有羽(あいがあれば)学園。  幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と、長い間在籍することができる学園。  教員数七百人  生徒数一万人  面積五百ヘクタール  学部数五十学部  学科数五百学科  僕は今までずっと村に住んでいたが、上京し、一人暮らしをしながらこの学校に通うことになった。  念願のこの学校での生活。  夢にまで見た最高の人生が送ることができるーーはずだったのに。  「おいそこの少年(しょうねえ)」  聞き馴染みのない声に振り返ると、案の定、そこには見知らぬ少女が立っていた。  金色の髪、まつげや眉毛までも金色で、瞳に関しては紺碧色をしている。  「愛ヶ有羽学園はどこですか?」  「ん?その学園ならここだけど」  「ここじゃないから私は聞いている」  「ここがその学園だからそう言っている」  「お前は誰だ」  「僕はこの学園の生徒だ。だから間違えるはずない」  「違う」  「違くない」  「違う」  「違くない」  「違う」  「違くない」  「「違うない」」  何だこの少女は。  ここが愛ヶ有羽学園だと言っているのになぜ疑ってかかる?  まさかこの少女、  いや、まさかそんな存在がいるはずがない。  僕のいた田舎にもそんな約未確認生命体はほぼいなかった。こんな所で発見されるはずがない。  恐る恐る、問いかける。  「お前、バカなのか!?」  「誰がバカよ。私は正真正銘の天才よ」  感情をむき出しながら、大声で彼女は叫ぶ。  「なら勝負よ」  「分かった。のってやる」  僕は田舎ではテストで常に一位をとっていた。  どんな科目でも僕は負けない。  そう意気込む。  だが直後、少女の蹴りが僕の顔面に激突する。  「何で飛び蹴りッ!?」  激しい痛みが鼻頭を駆け抜け、思わず地面を二三度転がり往復した。  「勝負は勝負。私の勝ちね」  「急に飛び蹴りは反則だろ。ってかなんで本気で蹴ってんの。痛いよね、普通に痛いよね」  「勝負に手を抜くのは無礼だからね」  少女なりのキメ顔なのか、誇らしげな態度が口角の上がった口元に表れていた。  「いきなり蹴る方が無礼だろ」  「Why?何言ってるかワカリマセン」  「何で急にカタコト。完全に分かってるよね。確信犯だよね」  「へっ。負け惜しみはほどほどにね」  「何で上から?何で勝った気でいるの?勝負では勝ったかもだけど人としては負けてるよね」    「ばっきゃろう。人として負けてもな、勝負では勝てばいいんだよ」  何この少女。  人にはあるまじき道徳心だよ。  どうして堂々としているの。  どうして誇らしげに立っているの。  どうして靴の色が左右違ってるの。  「で、愛ヶ有羽学園はどこ?」  ふりだしに戻ってんじゃねえか。  ってかこの話って一歩でも進んでたっけ?  「愛ヶ有羽学園な、愛が有れば見つかるんじゃねえの」  何を言っても無駄だ。  僕は適当な返答を提示し、少女に背を向け、自転車を押して駐輪場へと向かう。  だが、なぜか背後を少女はつけてくる。  「何の用だ?」  「お前まさかーー」  「何だよ?」  少女は急に何か重要なことに気付いたような表情で僕をじっと凝視する。  僕は固唾をのみ、少女から何が発せられるのか激しい心音を立てて待ち構えていた。  「お前まさか、この学園の生徒か」  「数分前に言ったこと今頃理解してんじゃねえよ」  「なるほど。ならここがその学園なのだな」  ひとまず少女が理解してくれて良かった。  ようやく落ち着ける、という安堵を抱え、僕は自転車の鍵を抜き、高校生用の校舎へと向かう。  あらかじめ学園の地図を見て大体の位置は分かっている。  「なあ、お前も高校生か」  「僕は今年から入学なんだ」  「へえ、どうりで見ない顔だ。それじゃあ自己紹介しておくね」  少女が僕の方を向き、話そうとした時、風に流されて一枚のプリントが顔に覆い被さってきた。  プリントを手に取り、眺めてみると、それはバツ印が一面に書かれたテスト用紙だった。  点数はゼロ。  名前はーー  「私は朝雛(あさひな)愛姫(おとめ)」  テスト用紙に書かれた名前は朝雛愛姫。
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