何者か

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 何者にでもなれる、それは僕の武器であり特技である。  この特技を初めて発揮したのは、幼稚園の頃だと思う。普段の僕は引っ込み思案で、いつも隅っこで一人遊んでいるようなタイプだった。誰かと喧嘩になりたくなかったから、関わり合うことを避けていた。  ある日発表会で「狼と七匹の子山羊」の劇をやることになった。悪役の狼はみんなやりたがらなかった。僕は役を取り合うのにじゃんけんをして争うのが嫌で、自ら狼役に名乗り出た。  母親山羊の留守中に、子山羊たちの家を襲おうと試行錯誤する狼。はじめは家の扉の外から「お母さんですよ」とガラガラの声で言う。しかし声でバレてしまったので次はチョークを頬張って「お母さんですよ」と言う。幼稚園児なりに、一度目と二度目の声を変えようと努めた覚えがある。今思えば、我ながらよくやったものだ。恐ろしい存在であることがバレないよう、優しい言い方になるよう心がける。家で実際にそういう声色を聞いていたから、再現するのは難しくなかった。  狼が子山羊たちの家の中に入るシーンが一番好きだった。わあと言って脅かすと子山羊役の子たちが散り散りになるのだ。あのときの僕は生き生きとしていたと思う。遥か昔の記憶だけれども、とても楽しかった、ということだけは覚えている。当時先生や友達の保護者たちにも、本物の狼みたいに怖くて上手だったよ、と褒められた。ただ、このときはまだ、これを「演技」と呼ぶのだということすらも知らなかった。  演技が得意なのだと自覚したのは小学生の頃だった。国語の朗読で、先生に順番にあてられて文章を読み上げたところ、登場人物によって声色や読み方が変わっていてとてもいいですねと褒められた。ああ、僕は「誰か」のふりをするのが得意なのかもしれない。そう思うようになった。  その特技は家の中でも活かされた。母に怒られても、その間は違う「誰か」のふりをする。痛くないと言い聞かせる。母のヒステリーが終わればいつもの僕に戻るのだ。  本格的に「演技」の世界に入り込んだのは中学生の頃だ。中学に入ると部活動の中に「演劇部」があった。僕は迷わずそこに入部した。この世界が僕の生きる世界なのだと思った。日常生活では堂々と話すことなどできないけれども、演技であれば堂々と大きな声で話すことができた。大富豪にだって、悪党にだって、探偵にだって、王子にだってなれる。いつもの「自分」を捨てて、「何者か」になりきるのは楽しかった。  そしてこの頃から、特技を友人関係にも活かすようになった。たとえば、相手に合わせて自分のキャラクターを変え、円滑にコミュニケーションがとれるようにした。おそらく多少であれば誰しもやっていることだろう。冗談を言い合うのが好きな友人には、冗談を言う。静かに過ごしたい友人の前では、なるべく騒がしくしない。そういったように、日常でも「何者か」になるようになった。昔は他人とコミュニケーションをとるのがあまり好きではなかったが、「何者か」になっていると思えば気が楽だった。  高校生になったある日、とある友人を傷つけてしまったことがあった。僕は自分の中の「何者か」のせいにして、あれは演技していたんだと言い聞かせた。傷つけたのは「何者か」であって僕じゃない。だから僕は、友人と不仲になることはない。僕は彼の前で何事もなかったかのように振る舞い始めた。  だんだん、何か都合が悪くなると「何者か」のせいにするようになっていった。そうして「自分」を変えることで自分を保っていた。  一方でこの特技は彼女を作るときにも役立った。いわゆる相手の「理想の彼氏」を演じるのだ。あの子は穏やかな優しい彼氏が理想。あの子はちょっと意地悪で強引な彼氏が理想。それぞれ探って、演じるようになった。大学に入ってから初めて彼女ができ、最初のうちはまだ手探りでうまくいかなかったが、今は別れてもすぐに相手が見つかるようになった。ミホは七人目の彼女だ。 「ねえ、聞いてる? こないだの週末の映画だけどさあ」  大学の講義の合間、隣のミホに話しかけられる。 「へえ、映画? 何観たの?」  僕が問うとミホは目をぱちくりとさせた。 「『何観たの?』じゃないよ、一緒に観たでしょ」 「ああ、そうだっけ。そうだ、観たね」  僕はスマホでスケジュールを見返してそう呟いた。ミホ、十三時、その横に映画のタイトルがメモってあった。 「最近、イズミ、変。どうしたの?」 「どうもしてないけど……」  最近、彼女と話が噛み合わないことが増えた。あのときこう言っただとか、そんなことは言ってないだとか、そんな内容で喧嘩することが増えた。僕の記憶には全くないのに。 「ごめん。もうイズミくんとはやっていけないと思う。イズミくん、たまにイズミくんじゃないみたい……」  ある日、ミホは最後にこう言って僕のことを振った。  僕はまた「何者か」のせいにした。ミホに振られたのは「何者か」であって僕ではない。本当の僕ではないから大丈夫。  そう、ミホも僕のことを僕でないみたいだと言った。僕ではなかったんだ。  じゃあ、本当の僕は? どうだったか、思い出せない。  幼い頃、母に叩かれた記憶がフラッシュバックする。殴られ、蹴られ、罵られる。あれは僕か? いや、あれも僕ではない。だから痛くなんてなかった。本当の僕なら愛されるはずだ。母にも、ミホにも。  じゃあ、戻らなくてはならない。「本当の僕」に。でも、戻るって、どうしたらいいのだろう?  「何者か」になったのはいつからだったか、と記憶を辿る。中学で演劇部に入ったとき。いや、小学校の国語の授業で朗読したとき。いや、更にもっと前、幼稚園の劇で…… 「そうだ、僕は狼なんだ。子山羊を探しているんだ……」  そうして僕は彼女の家を探し始めた。
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