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アカウント開設以降、ユキさんは週に一回の頻度で、ファンの人向けに何かしらの情報をアップしている。
缶詰状態で泊まっているのは和風旅館らしく、「どんなに夜遅くまでパソコンに向かって書いていても、朝7時には和朝食が楽しみで起きてしまう」と書いてあるかと思えば、「一年前、編集者さんに無断で逃げたことがあったせいで、まったく信頼されてなくて、編集者さんから旅館から出ることを著しく制限されているので、旅館の料理を食べるくらいしか楽しみがない」とも。
以前そんなに食が太いわけじゃ無かったはずなのに、監禁生活だとほんとに食べることくらいしか楽しみがないんだろうな。
そんなユキさんが、今日インスタにあげたのは、少しでも缶詰生活を快適なものにしようと思ったのか、旅館の隣の部屋でユキさんの執筆活動を見張ってる、いや、見守ってる編集者さんに依頼した買い出しリスト、通称“欲しい物リスト”だった。
一枚の原稿用紙に、ユキさんの手書きで書かれたものの写真が投稿されていた。
そしてその写真には「#やっぱり耐えられない」とキャプションが付けられていた。
旅館の料理にも飽きたってことかな?
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【欲しいものリスト(モチベーションアップには欠かせないことに気づきました)】
キーマカレー
ミャンマーカレー
ニョッキ
アンチョビ
インドカレー
タイカレー
インドネシアカレー
ココナッツカレー
デカビタC
マッサマンカレー
テキーラ
ルイボスティー
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なんだ、このリストは。
しかも殆どがカレーじゃないか。
欲しいものリストって、カレーが食べたいってこと?
そこには書かれていたのは、ユキさんが、缶詰にされてる環境下で食べたり飲んだりしたいものなのだろうか。
アカウント名が“ラブカレーライス”というくらいなので、お買い物リストは異様なくらいカレー推しだ。
これは無印逸品のレトルトカレーコーナーに行っても、見つけられないレベルかもしれない。
いや、無印も流石に作ってないか。
とまあカレーばっかりではあるけど、確かに和風旅館じゃあカレーライスは出てこないだろうしなあ。
---本当に、本当にカレーが好きなんだな。
一緒に住んでた頃、僕がスパイスから作った“なんちゃってカレー”を美味しいと言って何回もリクエストしてくれたユキさん。
僕のレパートリーはそれしか無かったけど、こんなことなら、もっといろんなカレーを作れるようにチャレンジしてみればよかった。
そんなことを考えながらユキさんの投稿した欲しいものリストの写真を眺めていたら、その写真の次に、もう一枚画像が投稿されていることに気がついた。
指で画面をスワイプしてみると、その写真には二体の猫のぬいぐるみが写っていて、一方の猫のぬいぐるみの肩にもう一方が頭を預けた姿勢の“ツーショット”写真だった。
そしてその下には、テキスト文字のメッセージも添えられていた。
---あれ?このぬいぐるみって、どこかで…。
写真を見た僕は、あることを思い出し、慌てて自分の部屋を見回した。
「あれ?ない…?」
インスタに載せられていた写真のぬいぐるみは、僕がユキさんと城崎温泉に旅行に行った際に、ユキさんとペアで買った、表情の異なる二体の対になったぬいぐるみと同じものだった。
二人で買ったそれは、僕に似たやぶ睨みの目をした方の一体はユキさんが、ユキさんに似たドヤ顔をした一体は僕が持ち帰って、それぞれの部屋に飾っていたはずだ。
その僕が持っていたユキさんに似た猫のぬいぐるみは、確かに僕の部屋のこのカラーボックスの二段目に置いていたはずなのに、今見ればどこに行ったのか、全く見当たらない。
旅行から帰ってきてしばらくはそのぬいぐるみを毎日拝んでいた記憶はある。
でもその後に僕が受験勉強に没頭し始めると、いつしか気に留めることもなってしまって、受験勉強用の参考書とか、過去問集とかに場所を占領されて、どんどん棚の奥に追いやられて埃をかぶっていたはずだ。
そんな扱いだったから、ユキさんがここを出て行ってからもう何ヶ月も経つのに、ぬいぐるみが無くなっているのに全然気が付かなかった。
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改めてもう一度ユキさんの投稿した写真を拡大してよく見ると、ぬいぐるみの耳に、僕の部屋にあった時にユキさんが“片方無くしちゃったから、このネコにあげる”と言って付けたピアスが付いていた。
ということは、僕の部屋にあったぬいぐるみに間違いない。
「ふぅン」とでも言いたげなドヤ顔の勝ち誇った表情をしたぬいぐるみの目が、画面の向こうから僕を見ている。
---ユキさん、そのぬいぐるみ、持っていってたんだ。
その事実に気づき、僕は自分の心臓の鼓動がにわかに激しくなるのを感じた。
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