最終章 挑戦状

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一週間後の土曜日。 大学院の休みの土曜。 バイト先の学習塾の塾長に人生一番の大勝負に行くと言ってバイトを休んだ僕は、あの秋の日のユキさんとの旅行の時と同じように、新幹線と在来線を使って一路城崎温泉に向かっていた。 “人生の大一番”と聞かされた塾長は、何も聞かずに“頑張れ”と一言だけ言って、僕を休ませてくれた。 塾長はもしかしたら、僕が大袈裟に“人生一番の大勝負”なんて言ったと思ってるかもしれないけど、僕にとっては本当に大一番だ。 その“大一番”がこれから始まる。 ユキさんと旅行で来たあの日と同じように、電車はお昼過ぎに城崎温泉駅に到着。 ホームに降り立った僕は、微かに薫る潮の香りを感じながら、気持ちを落ち着ける意味で、一つ大きく深呼吸した。 折原には出発前に電話で、“3枚目のキセキ”の具体的な場所以外の謎解きの結果を全てを伝え、そして僕がその謎解きで導き出した場所に行くことも、ちゃんと伝えてきた。 それを聞いた折原も、「私はおめでとうとは言わないよ」と明るい声で、でも少し寂しそうに送り出してくれた。 折原が寂しそうにしていた意味を、僕も分かっているつもりだけど、折原との間には折原のためにも、曖昧な部分は残しておきたくなかった。 これから僕が目指す場所に、たとえユキさんがいなくとも、その意志は変わらない。 強い決意を胸に駅を出た僕は、徒歩である場所を目指して歩き始めた。 今にも雨が降りそうだし、駅からその場所までタクシーを使ってもいいくらいの距離はあるけど、気持ちを落ち着ける意味でも、自分の足で歩きたいと思った。 その目指す場所とは、『3枚目のキセキ』が起こった場所。 城崎温泉街の一番奥にあるロープウェイ、さらにそれに乗って向かった先の山頂駅のそばにある、温泉寺奥の院の境内だ。 ユキさんの“挑戦状”についての僕の推理が正しければ、今ユキさんはここにいるはず。 あの日、インスタグラムに投稿されたユキさんの謎めいた“挑戦状”の、その次に投稿されたメッセージ。 『一週間後の土曜日の午後3時。“3枚目のキセキ”の場所で、全ての謎解きができた方の表彰式を行います。奮ってご参加ください』 そう書かれていた。 そしてその下に続けて、もう一言。 『“明日”とか“明後日”とか曖昧な日にちの指定の仕方だと、フォロワーさんの読むタイミングによっては日にちを間違えるおっちょこちょいな人もいるかもしれませんので、ちゃんと曜日で書いておきますね』 とも書かれていた。 ---僕が実家に帰省した時、僕がマンションに戻ってくる日にちを“明日”と“明後日”を間違えたのは自分のクセに…。 その時、そのユキさんのインスタの投稿を読んで笑ってしまった僕の目からは、何故か涙が溢れていた。 ------------ 温泉街を黙々と歩き、ロープウェイの麓の駅に着いた。 城崎温泉駅に着いた時、グズついていた天気は、チケットを買うために駅舎内に入った途端、いよいよ崩れ、ポツポツと雨が降り始めた。 一応折りたたみ傘は持ってきてはいたけど、ロープウェイの駅に着くまでは天気が持ってくれたので、濡れずに済んだ。 「雨、降ってきましたねえ」 チケット売り場のおじさんが、申し訳なさそうに声をかけてくれた。 雨が降ったのはこのおじさんのせいじゃ無いのに、申し訳なさそうにしているので、なんだかこっちの方が申し訳なくなる。 「上で僕を待ってる人がいるんで」 僕がそう応えると、おじさんは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。 自信満々でそう言った僕も、それでも少しだけ不安になり、おじさんに、小柄で華奢な女性が一人で乗って上に行ったかどうか聞こうかと一瞬迷った。 でもユキさんの出した謎解きの解答をカンニングしてるような気がして、それは思い止まった。 苦笑いしながら駅舎の外に目を向けると、ポツポツだった雨足も、いつのまにか結構しっかり降り始めていた。 「これから“大一番”に挑むのに雨かよ…」と、少し前の僕なら凹んでたかもしれないけど、今は何故かそんな気はしない。 ---この数ヶ月のモヤモヤを洗い流す雨だ。 きっとこの後、良いことがある…。 僕は自分に言い聞かせるかのように、ボソッと呟き、ロープウェイのゴンドラに乗り込んだ。
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