君と歌う不協和音

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 あれから自宅でも部室でも指にマメができてしまうぐらい、練習を繰り返した。それでも、愛原先輩の曲を演奏できるようになっていたあのときの感覚は戻らなくて。二人で合わせて練習しても、僕のミスが目立ち顧問に注意されたときよりも酷い出来栄えになっていた。愛原先輩が僕のことを気遣って、しばらく個別で練習しようと言い出した。部室で一人になり、集中できる環境は揃っているはずなのに焦りばかりが先走ってしまった。学園祭まで残り一ヶ月になったところで、精神的にも限界が来ていた。 「ねぇ、藤野くん」  突然声をかけられて、驚きから勢いよく顔を上げた。目の前に愛原先輩が立っていたことに全く気が付かなかった。久々に見た愛原先輩の顔はどこか不安げで、一人で勝手に気まずさを感じていた。 「すみません、気づかなくって。どうしましたか」  ギターを机に立てかけて、しっかりと愛原先輩と向き合った。 「これは私の勝手な判断なんだけど、今年はもう全部録音音源で学園祭に出ない?」 「……は?」  突然の提案を受け入れられず、思わず口から出たのはとても失礼な一言だった。もっと他に言葉を選ぼうとするが、理解が追いつかず魚のように口がパクパクと動くだけだった。 「これは私の勝手な考えだけど、お互い上手くいってないじゃない? だから、練習で常に録音して演奏してさ、その中で一番上手くいったものを……」 「嫌ですよそんなの僕! 愛原先輩が一番生演奏にこだわっていたじゃないですか! 今すごく迷惑かけてるかもしれないですけど、本番までにはなんとかしますから。だから……」  持っていた荷物をその場に捨てて、愛原先輩は僕に飛びついた。力強く抱きしめられる。相手の表情が見えない不安さがあったが、そんな不安をかき消すように愛原先輩が力強い声で話し始めた。 「ごめん、私いっぱい練習してる藤野くんの気持ち考えてなかったよね。勝手なこと言ってごめん。だから、もっともっと二人で練習しよう」  愛原先輩の声が、だんだんと涙混じりになり自分も泣いていたことに気づく。自分よりも少しだけ小さい愛原先輩の背中に手を回す。 「僕の方こそ取り乱してすみません。でも、やっぱり先輩の生歌をあの舞台で披露したいんです」 「藤野くんは優しいねぇ」  安心したような声色に、僕も少しだけ心に余裕ができる。その瞬間、高校生の男女が二人っきりの部室で泣きながら抱きしめあっているというこの状況に恥ずかしくなった。だからといってここで先輩を引き剥がしたら、意識してしまった自分がもっと恥ずかしくなる。鳴り止まない心臓が愛原先輩に届いてしまわぬよう、少しだけ胸の部分に隙間を開ける。鼻孔をくすぐる初めて部室へ来たときと同じ香り。 「ごめんね、思わず泣いちゃった。これから頑張ろうね」  涙を拭きながら愛原先輩が見せたその笑顔はやっぱり花が咲いたようで。  愛原先輩が、好きです。
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