君と歌う不協和音

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 一年前、僕が訪れたときと変わらない盛り上がりをみせる学園祭が始まった。演奏は午後からのため、愛原先輩には三十分前に体育館に来てくれればそれでいいと言われたが落ち着かなかった。あれだけ学園祭をどれだけ楽しめるかを基準に志望校を選んだのに、今は全く楽しむ余裕がなかった。ベンチに腰掛けては指の動きを確認していた。途中、クラスメイトからお化け屋敷に誘われたが、乗り気じゃなかったため断ってしまった。適当に昼食を取り、愛原先輩がこの間飲んでいたジュースを一本持って早めに体育館へ向かった。舞台袖に入り、愛原先輩を探してみたが見つからなかった。僕らの演奏は演劇部の出番のあとだ。イヤホンを差し込んで、この間愛原先輩に内緒で録音したものを再生する。昨日、予行練習を行った際もお互い、ミスをすることなく演奏しきれた。きっと今日も大丈夫だろう。 「ありがとう! 頑張ってくるね」  嬉々とした声で舞台袖に入ってきたのは愛原先輩だった。すぐさまその場を仕切っている人に注意される。 「友達が見に来てくれているんですね」  先程買っておいたジュースを愛原先輩に手渡しながら言った。 「わっ、ありがとう。そうなの、友達に見に来てほしいって頼んだんだ」 「やる気出ますね」  さっそくもらったジュースを開け、愛原先輩はその場で飲み始めた。一口だけ飲んでそうだねと返す。劇もクライマックスに差し掛かり、僕らの出番が近づいていた。ほとんどの楽器が録音音源なので、準備はさほど必要なかった。舞台を仕切っている生徒会の人たちの手助けでスピーカーなどを舞台に運ぶぐらいだ。 「緊張するね」  そう呟いた愛原先輩の表情はいつもの花が咲いたような笑顔だった。 「その割には愛原先輩、余裕そうですね」 「そんなことないよ、これでも少しぅつ緊張し始めている」  緊張を誤魔化すためか、先程渡したジュースを一気に飲み干した。不安げな表情をしていたが、ここまで上手くやってこれたのだから大丈夫だろうと軽く考えた。  舞台の方をのぞいていみると、大きな拍手が沸き上がっていた。出演者が、一列に並び観客に向かって礼をする。舞台は暗転し、演劇部の人たちが退場すると同時に機材などが運ばれる。すぐに準備は終わり、僕らはポジションに付いた。少しずつ舞台が明るくなっていく。観客の顔がしっかりと認識できるほどの明るさになったとき、愛原先輩はマイクに届かない小さな声で呟いた。 「やばいかもしれない」  はじめの挨拶を忘れたのか、どれだけ時間が経っても愛原先輩は話し始めなかった。このままでは演奏が始まらないと思い、マイクを奪い取る。 「僕ら軽音楽部です。人数が足りないため、ドラムとピアノは録音音源ですが、ギターと歌はこの場で演奏させて頂きます。一曲のみですが、最後まで聴いてください」  マイクを元の場所に戻し、愛原先輩にだけ聞こえるように小さな声で呟いた。 「大丈夫ですからね、今まで通り演奏しましょう」  かろうじて、愛原先輩は小さくうなずいた。その顔はまだ緊張で溢れていたが、これ以上できることはなかった。大きく深呼吸をした愛原先輩は舞台袖にいる生徒会に録音音源を再生する合図を出した。聞き慣れた伴奏が始まり、僕も遅れることなく演奏を始める。後ろ姿からじゃ愛原先輩の表情はわからないが、それでも大丈夫だと信じたかった。  だが、愛原先輩の歌い出しが遅れてしまった。それが引き金となったのか、今までにないほど愛原先輩は暴走してしまった。リズムやメロディーを無視した歌声に盛り上がっていた観客席が黙る。なんとか、引きずり込まれないようにミスをしないよう演奏した。だが、一番を歌い終わり間奏に入ったタイミングで観客からの痛い言葉が耳に届いてしまった。 「下手くそかよ」 「音痴じゃん」 「酷い出来映え」 「トイレ行ってこよう」  動いていなかった人々がぞろぞろと立ち上がり、体育館後方の出口へと向かっていく。  待って、行かないで。練習はもっと上手くいってたんだ。最後まで聴いてくれよ。  そんな叫びも届かない。嫌な時間が流れ、二番が始まる。今度こそ、歌い出しに遅れなかったものの歌声は安定しなかった。先程よりかは余裕のある歌い方だったが、それでもとても褒められたようなものじゃなかった。観客から聞こえる罵倒の声を受けながら、それでも演奏を止めなかった。 初めて愛原先輩の歌声を聴いたときと似ていた。本番までになんとかしようと、必死に隠してきていた事実が緊張という形であらわになってしまった。僕自身も愛原先輩の歌声につられて、ミスが多発した。これまでにない酷い演奏だった。  どうやって、最後の挨拶をして退場したのか覚えていない。  ただ、舞台袖に戻るとき俯いた愛原先輩から嘘つきという言葉を投げつけられただけだった。
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