君と歌う不協和音

14/15
前へ
/16ページ
次へ
 学園祭が終わって一週間。愛原先輩は一度も部室に顔を出さなかった。軽音楽部は毎年、学園祭が終わると先輩たちは引退する。それは聞いていたが、愛原先輩との最後の会話が嘘つきの一言で終わってしまうだなんて思えなくて、やるせない日々を過ごしていた。愛原先輩が書いた楽譜を手に、もうこの曲に出番はないのに、何度も何度も弾いた。愛原先輩が音痴だってことは早いうちから言っておくべきだったのだろう。だが、愛原先輩の歌声が好きなのは変わらない。葛藤しているうちに、なにが正解なのか誰も教えてくれないこの状況が一番苦しかった。  ある日、軽音楽部の二年生だと名乗る人たち、三名が部室を訪れた。愛原先輩ならいないですよと言ったが、彼らは僕に話があると言った。僕と愛原先輩の練習の日々が詰まったこの部室に他人を入れたくはなかったが、仕方なく中へ案内した。 「学園祭、見ていたよ」 「それはどうも」  男女混じっていたが、いかにも性格がきつそうな女性の先輩が話し始めた。 「あの音痴と練習するの大変だったでしょ。学園祭も結局恥を晒しただけ。どうして、部長に音痴だってこと教えてあげなかったの?」 「それは先輩たちも同じですよね。理由も言わず、急に幽霊部員になったこと愛原先輩は心配していたんですよ」  喧嘩をしに来たのかと思った。自分たちのことを棚の上に上げて、僕が間違いだって言いたそうにしているのが無性に腹が立った。自分たちだけ安全圏に逃げやがってと、憎くも思った。 「確かにそれはそうね。でも私たちこんな話をしに来たんじゃないの。部長が引退した今、次は私が部長となる。もちろん、来年も学園祭に出るつもりだし、これからは真面目に練習もする。だから部員としてあなたにその話をしに来ただけなのよ」  都合のいい話しすぎる。邪魔者がいなくなった途端、この人達は活動がしたくなっただけだ。こんな人達と誰が演奏なんかするか。 「いいですよ。その代わり、僕はもう退部します。あとは先輩たちだけで勝手にどうぞ」  部室の鍵を投げ渡し、自分のギターを背負って僕は出ていった。いつか、愛原先輩が部室に顔を出してくれるんじゃないかという小さな希望も絶たれてしまった今、涙を堪えるので精一杯だった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加