君と歌う不協和音

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 期末試験の期間、部活動は休みに入っていた。そして、試験以外にもう一つ頭を悩ませていた。七月に入ったのにも関わらず、学園祭で演奏する曲が決まっていないのだ。愛原先輩いわく、去年演奏した曲は愛原先輩が作詞作曲したものだったらしい。そのため、今年も同じように自身の手で書き上げた曲を演奏したいそうなのだが、いまいち進捗がよろしくないのである。  さて、どうしようものかと悩んだが、僕に作詞作曲の知識は一切ない。楽譜が出来上がらない以上、僕も練習に入れないため、完成が遅れれば遅れるほど練習時間は短くなる。そのことに先輩も追い詰められているようだが、進まないものは進まない。期末試験が始まる前に何度か助けを求められたが、助力になるような言葉はなにもでなかった。去年はポップ系の曲と、失恋ソングを書いたそうだが、残りの期間を考えて今年は一曲に絞るそうだ。  試験最終日、いつもより練習時間が長く取れるということで、退室の許可が出た瞬間すぐに廊下へ飛び出した。部室から少し離れている教室のため距離はあるが、階段がないだけマシだ。部室に着くと、既に愛原先輩が椅子に座って鼻歌を歌っていた。 「藤野くんテストお疲れ! どうだった?」  僕の存在に気づくと、すぐに顔を上げいつもの花が咲いたかのような笑顔を向けてくれた。 「思ってたよりも簡単でした。愛原先輩が過去問貸してくれたおかげです」 「それは良かった! 私からもね報告が一つあるんだ」  ニヤニヤと嬉しさが滲み出るような表情に、なんだか僕までニヤつきそうになる。なんでもない顔で、なんですかと訊いてみる。 「ついに作詞のほうが完成しました! いやー、テストの力ってすごいね。化学のテストを捨てて問題用紙裏返してさ、真っ白な紙見てたらスラスラと歌詞が浮かんできたの。これはいい曲になるよ、自信ある」  手渡された化学の問題用紙の裏側には何度か添削された歌詞がつらつらと書かれていた。しっかりと目を通してみる。 「サビの辺りですかね? この、音楽が溢れたこの世界で私は君と作った歌を歌っていきたいってのがいいですね」  素直な感想を口にすると先輩は、幸せが溢れだしそうな表情で笑った。思わず、つられそうになり問題用紙で顔を隠す。先輩の力は不思議だ。いつも笑っているが、時折周りまでをも巻き込むような、とびっきり優しい笑顔になる。 「今から作曲やってくぞー! 夏休み入るまでには完成させるから。そしたら、夏休みたくさん練習して学園祭に挑もうよ」  頼もしい表情で突き出された拳を、僕も軽くコツンとぶつける。 「もっと力強くやらなきゃ、ほらもう一回!」  今度は少し距離を取って、勢いをつけて骨と骨をぶつけ、天井に向けて拳を突き上げた。 「愛原先輩、楽しみにしてます」  その言葉が意外だったのか、少しキョトンとした表情を見せた。だが、それもほんの一瞬の間。すぐにいつもの笑顔になった。 「この愛原恵ちゃんに任せておけってい!」  二人しかいない部室は、いつの間にか最初ほど広く感じないようになってきていた。
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