君と歌う不協和音

8/15
前へ
/16ページ
次へ
それから僕らは日曜日以外、毎日練習を繰り返した。そんなに難しい曲ではなかったため僕自身はすぐに演奏できるようになっていた。ただ、僕と先輩の認識の齟齬を正すのがどうも上手くいかなかった。 「今の感じどうだった? 私的にはすごく気持ちよく歌えたんだけど」  スカートをひらめかせながら、その場でくるくると回る愛原先輩。厳しい言葉も甘やかした言葉も言えず、中途半端な中立に立とうとする僕。 「悪く、なかったと思います」 「だよね。このままもっと練習して、音源にもアレンジ加えていってさ、もっともっといい曲にしようよ」  目を輝かせながら、真っ黒なカーテンに身を巻いていた。この先に待つ未来を不安に満ちたものだと思っているのは僕だけのようだった。 「お前ら本気でやってそれか」  突然聞こえた顧問の声に一驚する。その言葉の意味をすぐに理解した僕は、どうかこれ以上深入りしたことを言わないでくれと願っていた。その反対、顧問の言葉が理解できなかった愛原先輩は不安げな表情で、どういうことですかと訊ねてしまった。 「どういうことですかって……。お前自分の歌声まともに聴いたことあんのかよ、おん……」 「僕は先輩の歌声が好きです!」  顧問の言葉が最後まで聞こえてしまわないよう、僕は叫んだ。自分のやっていることが正しいとは思えない。それでも、ここで先輩の心を折るのはきっと違う。緊迫した空気に耐えるため、制服の裾を力強く握っていた。やがて、驚きの目から呆れの目に変わった顧問は僕の方を真っ直ぐ見据えて強く言い放った。 「じゃあお前が学園祭までにこれをどうにかしろ」  頷く前に顧問は部室から出ていった。二人に戻った空間にはしばらくの間、静寂がおりたが、それを壊すように先輩が黄色い声をあげた。 「藤野くん照れるじゃん、あんな大きな声でいきなり褒めるなんて」  嬉しそうな悲鳴を上げながら、両頬に手を添える愛原先輩。普段は褒めても、ありがとうと言って受け流すだけだから照れている様子は新鮮だった。 「それにしても、先生はなにが言いたかったんだろうね」  良かった、顧問の言葉の真意が伝わっていないようで。ひとまず、安心はできた。だが、僕の力で学園祭までどうしようというのか。そうだ、今まで散々逃げてきた現実といよいよ向き合わなければならない。学園祭を成功させるためには僕が鬼にならなければ。 「愛原先輩、これからもっと厳しく練習していきましょう」 「そうだね、私も頑張るよ」  歌詞ができあがったあの日のように、部室の天井めがけて僕らは拳をぶつけ上げた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加