君と歌う不協和音

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「愛原先輩、録音音源のメロディーラインだけ再生することってできますか」 「ちょっと、いじって別データに移さないといけないけどすぐにできるよ。でも急になんで?」 「他の楽器と合わせて演奏するの初めてなんで、まずは先輩の歌声に完璧に合わせられるように楽器の音の数を減らして練習したいんです」  昨日から用意した言い訳に、緊張で心臓が痛くなっていた。先輩の良心につけこんでいることはわかっていた。 「そういうことならわかった。すぐに音源作るよ」  また、いつもの花が咲いたような笑顔。大丈夫、これで練習しやすくなるはずだ。お礼を真っ先に伝える。そして。 「愛原先輩、もう僕遠慮しないんで」 「なに言ってんの。私もこれから藤野くんのミス一つ見逃さないからね」  お互いに歯を見せて笑い合う。まだ時間はある。きっとなんとかできる。顧問の言葉が杞憂で終わるよう僕が努力しなきゃ。そう自分に言い聞かせ、学園祭までの日数を数える。夏休みも終わりに差し掛かり、そろそろ二学期が始まる。そう考えると残り一ヶ月と少ししかない。自分の音感に自信があるわけではなかったが、違和感の強いところから少しずつ修正していこう。 そう決めてから挫折してしまいそうになるまでが早かった。僕のギターと先輩の歌声、ピアノの伴奏だけになるとお互いの未熟さが浮き彫りになっただけだった。どちらも技術不足。自分の演奏はこれまでの録音音源に隠れているだけだった。 「バケツ被って歌うと、自分の歌声が反響していつもより聞き取りやすくなるみたいですよ。試してみませんか」  僕らの演奏を録音して聞くまでは勇気が出なかった。だから、どうにか愛原先輩の歌声を客観視できる方法を昨日調べていた。その時に見つけたのが、先程愛原先輩に提案した方法だ。バケツを被ることで声が中で反響して、自分の歌声を客観的な視点で聞くことができるようになるらしい。どれくらい効果があるかはわからないが、とりあえず愛原先輩が嫌がらないことだけを祈った。 「そんな方法があるんだ。それじゃあせっかくだから試してみよっか」  部室の隅に置かれたバケツを一度水で洗ってから、愛原先輩はすぐにそれを被った。 「おぉ、確かにエコーがかかってるように聞こえる。なんか、普段聞いてる自分の声とは違うね」 「それで一回歌ってみましょうよ」  大きなバケツを支えながら愛原先輩は首を縦に振った。見えない愛原先輩に代わって、音源の再生を始めた。
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