「猫の集会」

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パーティーイベントの一つであるダンスが終盤に近づいたとき。 「――よろしければ、一曲お相手していただけませんか?」 ダンスの輪には加わらず、壁の花をきめこみ、会場の見張りに徹していた彼は、不意打ちのようにかけられた声にドキリとした。 振り向いた視界に入ったのは、彼がマークしていた青いドレスの女性だった。 ――どういうつもりだろうか、何か意図が…… いや、彼女が普通の一般人だった場合、ただ単にダンス相手に自分を誘っただけかもしれない。 それなら断るのは失礼であるし、相手のプライドを傷つける恐れがある。 何しろここにいるのは誇り高い富裕層の人間ばかりなのだから。 後々因縁をつけられても困る。 だが、彼女が<青猫>の一味だった場合――何かたくらみがあって自分に近づいてきたのかもしれない。 だったら―― 「よろこんで」 一般人ならそれでいい、もし<青猫>の一味なら……情報をひきだしてやる 女性の手を取り、ダンスの輪の中へ入っていく。 ゆるやかなテンポの曲に合わせて二人は踊る。 一応たしなみ程度にはダンスの覚えがあるため、相手の足を踏むなんて失態はしない。 互いの顔も名前すら知らないまま手を取り、音に身を任せ舞い踊る仮面舞踏会。 相変わらず貴族のやることはよくわからない。 「つまらない――そう、お思いですか?」 心の内を見透かされたかのようなタイミングで囁かれた言葉に驚いた。 「……いえ、そんなことは」 女性の口元が笑みの形を作る。 「あまり嘘がお上手ではないようですね」 「……貴女は、何故このパーティーに参加しているのですか?」 半ば強引に話をそらしてから、自分の問いかけが愚問であることに気が付いた 「おかしなことを聞きますのね。招待されたから、ですわ」 さも当然、とばかりの返答に小さく苦笑する。 「……私も貴方にお尋ねしたいことがあります」 ――きたか……? 「私に、ですか」 リズムに合わせて踊りながら、相手の様子をうかがう。 けれども、やはり仮面越しには何も読み取ることはできない。 「えぇ。……私を、ずっと見ていらっしゃったのは貴方ですね?」 バレていたのか、それともはったりか、ただの偶然か。 注意深く相手を観察しつつ口を開く。 「お気を悪くされたのでしたら、申し訳ありません。レディのあまりの美しさに、つい目が引き寄せられてしまいました」 「あら。お世辞がお上手ですこと」 クスクスと軽やかに笑われた次の瞬間―― 「――<青猫>は我々の“獲物”です。……我々は見つけ次第“狩り”を実行いたします。他の『番犬(ポリス)』の方々にもそう伝えておいてください」 一瞬、彼は周りの全ての音が消えたような錯覚に陥った。 動揺を必死に押し殺して、努めて冷静に見えるように声を絞り出す。 「……『猟犬(ハンター)』の解放は聞かされていませんが」 「飛び入り参加ですから」 「……ッ」 『番犬』とは、警察を指す言葉であり、『猟犬』とは用心棒、または雇われ傭兵のことをいうが、一般的には、法律に囚われることなく、犯罪者を追うことができるハンター、という認識の方が強い。 もっと別の言い方をすると、指名手配犯を狙った“賞金稼ぎ”だ。 法律に縛られ、行動が抑制されているポリスとは大きく異なる。 ポリスと共闘することも少なくないが、今回はその申請はきていないはずである。 ――だが、遠からず<青猫>に……『猟犬』が解放されることになるだろう 「情報提供をお願いできますか?」 犯罪者と捕えるという点では利害が一致しているため、拒む理由はない。 番犬(ポリス)の手柄となるか、猟犬(ハンター)の手柄になるか、問題になるとするならそこだろう。 「……この後行われる予定のオークションに<青猫>のターゲットと思われる『品』があります。我々はそれを阻止すべく、会場内、外を警戒・包囲しています」 「会場内に<青猫>の姿を見たものは?」 「今のところ皆無です。それらしき人物をマークしてはいますが……確証はありません」 「なるほど……それでは、貴方は私を<青猫>の一味と間違えた、というわけですね」 図星である。 小首をかしげて微笑む彼女に、彼は気まり悪そうに視線をそらした。 「申し訳ありません」 「いえ、“私の気配”に気が付いた貴方は、なかなか優秀でしてよ?」 ダンスの曲が終わりを迎える。 「とんでもない。まだまだ未熟者です」 「自尊心の高い最近の人々とは違うようですね。精進なさってくださいな」 ふわりと優雅な礼をとり、ドレスの裾を翻して去っていく彼女に、彼はふと尋ねた。 「すみません。よろしければ、お名前をうかがっても?」 その問いに、彼女は振り向いて小さく微笑んだ。 「――キャンティ=ルフィナ=リゼルバ。以後お見知りおきを……“シュバル・ブラン様”」 颯爽と去っていく青いドレスはすぐに人並みに紛れて見失った。 あれ、俺いつ名前教えたっけ、と彼が首をかしげたのは、それから少ししてからのことであった。 *** 一旦ホールを抜けて、バルコニーに出た女の耳に、騒ぎ立てる複数の声が届く。 <――ちょっと首領!? どういうつもりですか!!> <そうですよ!? バレなかったからいいものの!!> <自ら『番犬』に近づくなんて自殺行為ですよ!!> 直接耳朶に響き渡る音量に、女はわずかに顔をしかめた。 すぐそばには誰もいないことをしっかり確認しながら、女は小声で呟き返す。 「そう喚くな。情報収集だよ」 口々に忠告の声を上げる仲間たちに、唇が笑みの形を刻む。 女の“青いドレス”の裾が風にふかれてふわりと広がった。 これは、満月の夜にのみ出没する盗賊団『青猫』の物語。
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