マッチング・アプリでわたしが実際に出会った、クレイジーな外国人男性たちとの赤裸々な恋愛の話

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「あのさ、ヨリはSEX好き?」 は?…は?え、なに!? 「えーと…どういう意味で?」 「SEXするの好き?」 どストレート過ぎて。いや、なにこの人?こんなこと人生で一度も聞かれたことないわ!!!で、でも、恥ずかしいからって嫌いって言ったら、明らかにSEX大好きそうな彼が興ざめして会話が終わっちゃいそうだし。どうしよ? 「えーと、そうだね、そんなに嫌いじゃない…と思う」 「よかった!ボクも好き!ヨリがSEX好きじゃなかったらどうしようかと思った」 外国人ってこんなにあからさまに聞くものなの?こっぱずかしいわ~。 「じゃぁさ、どれくらいの頻度でSEXしたい?」 うわ、まだ掘り下げてくるんだ。どうしよっかな…これはとことん付き合うしかないかな…。 「そ、そうだな~…」 どれくらいがちょうどいいの?週に2回とか?待てよ、海外の男性は日本人よりずっと精力お強いらしいからもっとかな。4回?5回?いやいや、あんまり多すぎても興奮したメス犬めって思われたらイヤだし…そうだ、逆に聞いちゃうか。 「アーサーはどれくらい?」 「毎日!少なくとも1日1回。多くて3回」 「はぁ…癒やされたい」 わたしの名前は斎藤ヨリ。今日で36歳。6年間付き合った元カレと、まぁ恋愛にはありがちだけど、今でもどうしてそうなってしまったのかよく分からない不可解な展開の末に別れてから、はや4年半。そんな終わり方のせいで、脳がしばらく恋愛なんて考えたくないという状態になっていたせいもあり、また30代に入ったばかりの自分はまだまだイケてるから焦らなくて大丈夫と油断していたこともあって、気付けば男っ気もないままこんなに長い月日が流れていた。正直、いずれ結婚はしたいので、ちょっと焦ってきたところ。 職場は食品メーカー。派遣の事務職。食べることが大好きだし、輸出入の部門でなら学生時代の語学留学でかじった英語が活かせるはずと考えて、転職して約2年。正社員も他の派遣さんたちも、なんとなくよそよそしくて未だに居心地が悪く、職場では親しい友人も出来ていない。ランチは買ってきたコンビニのパンやおにぎり、時には自宅で残り物を詰めたお弁当を、自分の席でスマホをいじりながら食べ、砂漠での独りご飯のように味気なく済ます。デスクワークで凝り固まった肩や首、夕方には間違いなくパンパンに膨らむ脚を動かすためにも、ランチタイムには近くの公園で散歩したりするべきなんだけど、自分磨きに張り切ってるって思われるんじゃないかと社内の視線が気になって、結局8時間以上座り散らして1日が終わる。 そんなわたしが意を決して臨んだ約2年間に及ぶ、マッチング・アプリを使った婚活で出会った外国人男性たちについて、そして彼らとの間で起こったおぞましい出来事や恥ずかしい出来事などについて話したいと思う。日本国内にももちろんだけど、世界中には本当に色んな男性がいるから、ショックを受けたり傷付いたりがっかりしたり腹が立ったり、大きな代償を払うことになったこともあるけど、外国人男性との結婚を望んでいる、または彼らに少しでも興味があるという女性たちが危険を避けるためのヒントに、またわたしのような間違いを犯して後悔しないための助けになれば幸いです。 この物語は、わたしの36回目の誕生日に始まった。 「おぃっす!今日、誕生日だよね?おめでとう!」 オフィスの午後、ちょうど眠たくなってきた魔の首ぐらぐらタイムに、中学時代からの親友、サチからLINEが入った。 「サンキュー。今日も普通に働いてるけどね⤵」 「今夜か明日の夜にでも空いてる?」 「何言ってんの~?このわたしが誕生日に空いてるわけないじゃんよー…すんません、カスカスですww」 「カスカスってwww会おうよ~♪お祝いしてあげる」 「うれしいー♡泣ける―」 「じゃぁ今日7時マルキューね」 サチの渋谷好きがまた始まった。 「えー、渋谷はちょっとイヤだな、人いっぱい居過ぎ」 「そーなん?どこならいい?」 「なんかまったり家の近くがいいな。高円寺」 「しょーがねーな。オッケー」 サチは阿佐ヶ谷、わたしは高円寺のアパートに住んでいる。中央線上のこれらの街の名前が『住みたい街ランキング』の上位にあるのを知ると、二人とも駅からだいぶ離れた安い物件を血眼で探して住み始めた。(お安いけど)イケてる街に住んでいる都会的で自立した女性像を確立する狙いだったけど、なんせ駅から遠いので、周りには民家と商店街と町内会の掲示板しかない。コンビニさえ遠い。初対面の相手にどこに住んでいるのかと聞かれるときは、真っ先に最寄り駅名だけ掲げて詳細は決して口にしないことにしている。 ハゲ係長に残業を命じられないことだけを祈りながら定時になるのを待って、6時きっかりにそそくさと席を立った。そこが派遣の唯一の長所なんだもん。さてさて、今日は何をごちそうしてもらおっかな♡ 帰りの電車はいつも通り混んでいて、ルーティンのイケメンチェックでは基準点以上が同じ車両に2人もいる。よーし、これって誕生日に縁起がいいんじゃない? 高円寺の改札を出ると、予想に反してサチがすでに立って携帯をいじっていた。彼女は日本人女性にしては背が高く167㎝もあり、スタイルはめちゃめちゃ良い。顔面は親友だから甘くしてあげても70点なんだけど、やっぱりボディーがいいとモテるのよね、これがなかなか。153㎝のわたしと歩いていると、ナンパで始めに声を掛けられるのは必ずサチだ。ところがアホかっていうくらいイケメン好きだし度を超えて飽きっぽいから、半年以上続いているのを見たことがない。けっこうな頻度で性格良さそうなイケメン彼氏も出来るのに、もったいないなぁ。 「おーす、お待たせ」 「おぉ!ヨリヨリ~、誕生日おめでとっ」 「うん、ありがとありがと。36だよ、染みるねぇ」 「いやいや、まだまだイケるって。ところでなに食べたい?」 実は行きたい店はもう決まっている。 「メキシカーン♫」 「えーまたぁ??」 「また?って、2ヶ月くらい前じゃん、最後に行ったの」 「そーだっけ、ま、いいや。じゃぁ、ロスアルトスね」 「きゃー♡うん♪お腹減った~」 ロスアルトスは年に何回か、陽気な気分で重たい肉やチーズをたらふく食べたいときに行く、小洒落たメキシコ料理のお店。店内のオレンジ色の壁やサボテンの絵が、脱日常の欲求をやや満たしてくれる。そう、やや。周りを見渡せばサラリーマンやらOLやらカップルやら、平たい顔した日本人たちが騒がしく酒を飲んでいるから外国気分を満喫というところまではいかないのだ。それにしてもホンモノの『外国』にはもう何年行ってないだろ? わたしの唯一の趣味は海外旅行で、これまで約30ヶ国を旅し、そのうち数ヶ国には留学で短期滞在もした。高校1年の夏、オーストラリアでホームステイをしたのが初めての海外体験で、以降は大学を卒業するまで毎年の夏休みに、イギリス、カナダ、アメリカ、ニュージーランドで語学留学をした。その後も有休や連休のチャンスを逃さず、タイ、インド、スリランカ、マレーシアなどの東南アジアや、ドイツ、スイス、フランス、イタリアなどヨーロッパ各国、アフリカ大陸のエジプト、モロッコから東ヨーロッパ、北欧などを周った。どうしてこんなにも異国に惹かれるのかはっきりと言語化は出来ないけれど、何となく自分の未来は日本ではないような気がしてならない。歳を取った自分が日本の病院の待合室で座っている姿や、電車で席を譲られているシーンがどうしても思い描けないのだ。単に年を取りたくないという逃避の気持ちが表れているだけなのかもしれないけど、でも時々、『自分が本来居るべき場所を早く見付けないと』って、ちょっとした焦りを感じてしまう。 初めは海外での仕事を見つけて移住するという手を考えた。実際若い女性がシンガポールやタイなどで仕事を得て移住するのはトレンドになってるようだし。でも元カレと別れるまでは彼に移住を反対されて、別れてからは自分の年齢が30歳を過ぎていたせいか、『仕事の条件が100%安心出来るものじゃないとダメ』と堅実姿勢に固まって、結局ここまでだらだらと来てしまった。 そしてここ最近は『外国人と結婚したら否応なく外国に住めるよなぁ』という、一見安易な思想に支配されており、外国人男性なら『若い女の子信奉』が日本人のようには(多分それほど)無いし、という勝手なイメージからの期待も相まって、海外の男性に興味を持ち始めたところ。ただ、そんなに簡単なことじゃないということはこれからイヤというほど実感することになる。 実際、日本に住んでOLをやっていると、通勤時や仕事上、様々な場面で典型的な日本人男性のイヤなところが目について満腹になる。自分自身の欠点は一切合切ぜんぶ棚に上げての話になるけど、わたしの中に澱のように溜まった日本人男性に対する偏見的イメージを次に挙げさせていただく。 ① 根本的に男性至上主義なので女性には道も意見も譲らない ② 女性に対しては超人的な負けず嫌いを発揮して、それでも負けると絶対に復讐する ③ 変に人目を気にして女性やお年寄りに親切な行動をしない非ジェントルマン ④ 事なかれ主義で強いモノには反抗する気もない ⑤ 子供っぽくて女性を褒めたり気を遣うことが出来ない 等々。細かいことまで挙げればキリがない。 そうじゃない人だっていると言えばそれは事実だけど、これまで日本で生きて来たわたしに根付いた確かな印象であって、日本人男性のこういう性質はもう文化になっているとも言え、大半の男性において真実なんじゃないかと思う。そして外国人男性だって人によると言われれば確かにそれも真実なんだけど、海外の『ジェントルマン』な男性像に焦がれる感情が、わたしの胸の中に、日に日に熱烈に押し寄せて来ている。これはもう、ジェントルマン文化に育った彼らに賭けてみたい気分なんだ。 「ねぇ、今日はヨリの誕生日だし、テキーラ行っちゃう?」 サチが挑戦的な笑みを、淫らな口元に浮かべて誘ってきた。 「テキーラ…行っちゃおっか?」 「そだよそだよ~♪きっと楽しいよ」 それほどお酒に強くないわたしは、これまで一度もテキーラに手を出したことなんかなかった。ただこの夜はなんとなく、わたしの中の何かが羽目を外したがっているような、モワモワとした欲求が背中をぐいぐい押してくる。小さなグラスに注がれた透明の液体は見るからに刺激が強そうで、アルコールの匂いが目に染みる。 「ヨリ、お誕生日おめでとーう!!せ~の!」二人で一気に煽る。 「っか~~~!!!」喉が焼けるってこういうことか… 「さ、もう一杯いこ!」 え!?サチっていつからそんな酒豪みたいになっちゃったの? 「少なくとも3杯は続けてかっ込むんだよ、テキーラってやつは」 あぁ、たしかサチが最近行き始めたヨガで知り合った女性がめっちゃお酒に強いって言ってたっけ。影響受けやすいわ~。彼女はさっさと「あと2杯ずつ」と注文してしまう。 「ウソ、わたし、そんなに飲めるかな」 「つまんないこと言いなさんな~。誕生日でしょ」 「なんか食べ物も頼もうよ、すきっ腹じゃキツイよ」 「あ、さすがにそうだね。何食べよっか?」 原色カラーがいっぱいのメニューを見て、わたしが初めてこの店に来た時から欠かさず注文するサルサ&ディップとチップス、ケサディーヤ、脂多めの肉料理をとりあえずオーダーしたところで、すかさず追加のテキーラが到着してしまう。 「はいはーい♪じゃ、2杯目ね。ヨリちゃん、おめでとー!!カンパーイ!」 「えーと。ありがと♪」 ぐいぐいっと。どうやらわたしも楽しくなってきた。でも胃が熱い。早く食べ物持ってきて! 「こらこら、休むな!さーもう一杯」 「ひゃー、容赦ないね」ぐいぐいっ。顔がぽぉっとして目が奥まったような気がする。 「ヨリ、今日はいい誕生日だった?」 「うん、もちろん、サチのおかげでーす♡」 「え、そうじゃなくってさ、ここに来るまでの話だよー」 「あー、今日は別になんもない」 「そっかぁー。それどころか、考えてみればこの1年、なんもないよねー、わたしたち」 「あぁ、そっちの話?うん、ヨリちゃんはナッシングだよ、完全に」 「なんかさ、なんていうか、『出会いが無い』とか言ってる場合じゃなくなってきたよね」 「まじもう出会うとかムリでしょ!『ちょっとアリかもと思う人は全員取られてる』ってよく聞くけどさ、超絶真実なんですけど!」 「アハハハ!ほんとだよ~、悲しいよ、わたしは。でもヨリはもう周りの日本人男性には興味ないんだっけ?」 「そうなんだよね~~。でもただでさえ数が少ない外国人男性となると余計取られてる率が上がるっつーの」 「ふざけんなよーこのブタ―」 「そうだートホホだーちくしょー」 ふたりともだいぶ酔いが回ってきた。料理はまだ来ないのかな。 「そうだ、ヨリ、ヨリ、これ知ってる?」サチがヘラヘラして携帯の画面を見せてくる。 「アプリ?なんの?」 「マッチング系」 「おぉーっ!ついに始めたの!?うそ!?」 「これね~、良いらしいよ~」 「なにが?」 「男性は有料で、えっと、身分証明書のチェックとかもちゃんとしてるらしい」 「そうなんだー、いいかもね、それ。なんてやつ?」 「TrueLoveMatch。元はアメリカのアプリだから外国人にも出会えるよ」 「ウソ~?最高じゃない♡」 「でしょーっ?ヨリもやりなよ」 「え~、そういうのはちょっと…」 「出会いないんでしょ?」 「う、うん…」 「結婚したいんだよね?」 「うん…」 「このまま何もしなかったら永遠に1人だよ」 サチっていっつも痛いところを突いてくる。 「そ、そうかもね…」 「寂しいよね?」 「うん、寂しい」 「そんなのイヤだよね?」 「うん、絶対イヤ」 「これはもうゴーじゃない?」 「うん、ヨリちゃんはただちにゴーだ」 テキーラの魔法だ。この時シラフだったら多分、マッチング・アプリなんて手を出さなかったと思う。でもいい気分で目の据わったわたしはすぐにその場でアプリをダウンロードして、プロフィールを登録した。そこまではまるで他人の記憶のようにうっすらと覚えている。アップした写真は第一印象が決まるというのに、なんとその場で撮ったセルフィーで、目の周りを赤くして上機嫌な笑顔が、店のオレンジの壁の前ではしゃいでいた。うん、フレンドリーさは存分にアピール出来てたかもね。 ズキズキズキ…ズキズキズキ… 心臓の鼓動に合わせるように頭に激痛が走る。目なんか覚まさなきゃよかった、なんでこんなに痛いの? 「そうだー…テキーラだ…」 翌日の朝10時半、テキーラなんてもう一生口にしないという誓いを立てながらのっそり静かにベッドから出て、今日が土曜日であることを神様に心から感謝し、飲みすぎたことを仏様に土下座して詫びた。あぁ…サチのやつ…きっとヤツは強いからけろっとして出掛けちゃったりしてるんだろーな。いやいや、彼もいないし友だちもそんなにいないから(わたしもだけど)家でブランチか動画でも見てるかな。 ていうか、そんなのどうでもいーです…。頭めっちゃ痛いの~どうすりゃいいの…。わたしは寝る以外何もできないと判断して、水を少し飲んでまたベッドに戻った。人間はこうやって実際にもがき苦しむことでしか学ばない生き物なのだ…。ロクに目も開けていられないわたしは、マッチング・アプリのことなど思い出しもしなかった。 さすがにお腹が空いて再び目が覚めた時は午後の6時をまわっていた。休日を一日寝て過ごした罪悪感はあったけど、頭痛はだいぶ良くなっていた。冷蔵庫をのぞくと、ミニトマトのパックが申し訳なげに棚のど真ん中に座ってるのと、たまには女子力高そうなモノを食べるつもりで買ったアボカドと、キュウリが2本。これはもしかして…玉子とマカロニもある~!パスタサラダ作れる~♪待てよ、マヨはあるよね?お、足りる足りる。よしよし。 わたしは食べるのが大好きで料理もちょこちょこするけれど、『きっと自分だけが美味しいと思うんだろな、これ』と思う料理が、数少ないレパートリーの大部分を占める。いいのだ、独身だからそんなんでもこれまでやって来れたんだ。いや逆か、そのせいで今も独身なのかもしれない。 実際、不器用なせいか、横着が出るせいなのか、総合的に料理はあまり得意とは言えない。でもわたしは、わたしだけは、他の誰に苦笑いされようと、真正面から不味いと言われようと、そんな全てを受け入れる大らかな舌を持っている。なんてラッキー…ていうか、本当にこのまま独りなんだろうか?ふとそう思ったとき、ぼんやりとした昨晩の記憶の奥底から、マッチング・アプリに登録したことが蘇ってきた。 「あ、そうだった。酔ったノリで変なアプリに登録したっけな…」 サチにも連絡してみるか、と考えながら携帯のロックを外す。 「えっ…!?」 昨日ダウンロードしたアプリのアイコンの右上に、39という小さな数字が出ていた。 「39?何が?」 喜んでいいのか恐がるべきなのか分からないけど、慎重にアプリを開いてみる。 「わぁー!これって、なんか、夢のワンダーランドみたいな!?」 なんと39人の男性からいいねが届き、その全てがリストになって並んでいた。興奮と恐怖で震える指で、リストの一番上の男性(茶色のクルクルヘアにメガネの白人男性)の写真のアイコンをタップし、英語で書かれたプロフィールを開く。 ジェイソン アメリカ、ニュージャージー州在住 31歳 男性 白人 技術者 学歴:〇〇大学院修了MBA取得 趣味:読書・映画鑑賞・ジョギング・テニス 自己紹介:こんにちは、初めまして!僕はニュージャージー出身、性格はポジティブで思いやりがあり、好奇心旺盛です。真剣な交際を望んでおり、遊び目的の方はご遠慮ください。 ふ~む。最初の人だからどう甲乙つけるべきかよく分からないけど。ルックスはすっごい魅力的とまではいかないけど全然ダメってこともないし、標準的?技術者ってどうなの?手に職を付けてるから仕事にあぶれる心配なし、てか。大学院まで出てるんだ。映画鑑賞はわたしとかぶってるけど、ジョギングは大嫌いです。ニュージャージーと言われてもよく分からないな。そもそもアメリカ人ってどうなんだろう。う~ん、やっぱりちょっと考える時間が要るよね。ん?そういう場合、ここからどうすればいいのかな。とりあえずキープってことにするには?何もしなくていいのかな?じゃぁ、次の方。 ウィリアム イギリス、ロンドン在住 28歳 男性 白人 大学院生 学歴:大学院歴史学専攻 趣味:博物館巡り・絵画鑑賞・料理 自己紹介:初めまして、ウィルです。僕は歴史が大好きで、将来はヨーローッパの歴史を研究したいと思っています。一緒に古い映画を観たり、美術館や博物館に行くのを楽しめたら嬉しいです。ぜひ、まずは二人の相性を確かめてみませんか? 28歳か、ちょっと若すぎる?まぁ、向こうはどうかわからないけど、わたし的にはいけないこともないか。なんてね、てへ。ふ~ん、歴史ねぇ。正直あんまり興味ないなぁ…ちょっと目を薄ぼんやりさせて2人の将来を想像してみる。げ、相手に合わせて疲れちゃってるわたしが見える気がする…。ただ顔はなかなか爽やかでステキなんだけど。う~ん…次。 ケイスケ 日本、東京在住 34歳 男性 アジア人 経営者 学歴:大学卒 趣味:スノボー・サーフィン・料理・食べ歩き 自己紹介:こんにちは、タケナカと申します。こういう婚活は初めてで不慣れですが、パートナーを見つけられたらと思います。私の性格は明るくて責任感が強く、人懐こい性格です。料理や掃除などの家事は得意です。将来を考えたお付き合いを考えています。 あれ、日本人?それもプロフィールがなんで英語?東京在住だけど。あ、そっか!海外で生まれ育って今は日本に住んでる日系人てことかもね。へえ~、経営者だって、社長さん?ほほ~う、なるほどね~。条件的に悪くないけど、せっかく外国人の男性と結婚するのだったら、外見も外国人の方がいいかな。 わたし、いつの間にかジェントルマンな中身だけじゃなくて、ルックスも外国人好きになってる。ケイスケさん、ごめん、パス。…って、イイネがたくさん来てるからって、わたしったら尊大になってきた。ダメダメ。謙虚にいかなくっちゃね。とりあえず(とか言うところがもう謙虚じゃないけど)あなた様もキープさせて頂きますよ。 わたしは土曜の夜の3時間を、いいねをくれた男性たちのプロフィールのチェックに費やし、十数人にまで絞った。どんな人種や国籍や宗教の人にも素晴らしい人は存在すると思うので、それらは絞る際の決定事項にはしないようにした。また学生や、ルックスがタイプではない人も生理的にムリじゃ無い限り候補に残すように心掛けて。 逆に、イケメンでマッチョでいかにもモテそうな人はむしろ警戒した。遊んでいる確率が高いので、こちらにイケイケなノリを期待されてもなんだし、そういう系は遊び相手を探してるのがプロフィールの文面でバレバレな人が多かった。また、ルックスにかかわらず、面倒がってプロフィールが名前だけとか、あからさまに身体だけの関係を求めていることを書いてる男性もちょこちょこいて、もちろん問題外。わたしにはそんな男にムダにしている時間は無いのよ。 勝ち残った(ええ、みんなわたしの愛を求めて激しく競い合う猛者たち)候補者全員の顔写真の下にあるハートマークをタップして『いいね』を送り、自分も好意を持っていることを伝える。こうしてお互いに『いいね』が付くと初めてダイレクト・メッセージでのやり取りが出来るようになる仕組みだそうだ。画面上で、ところどころにちっちゃなウインドウが開いてアプリの使用上のルールを教えてくれる。 さーて、ここからふつう、どうするんだろう?女性の側からDMを送るのってどうなの?軽く見られる?現代社会においてそんなことは無視していいのかな?いや、そういう男女の決まりごとって、古臭いようでけっこう根深いところで残ってるもんなのよね。やっぱり女の子は『待ち』でいこう。よし、プラン決まり。 あららら。1時間待っても何も起こらない。むむっ。早くも作戦変更か?…あ、でももしかして、今日は土曜日だから、みんな友人と飲みに出掛けて盛り上がってて、わたしからのいいねに気付いてないだけかもしれない。そっかそっか…え、待ってよ!わたしったら、そんな土曜の夜に家で独り籠って、いそいそといいねを送ってきた暗くて友だちもいない女だと思われちゃうんじゃないの?きゃ~!しまった~!曜日も考えず愚かな行為をしてしまったわ。いいねっていったん取り消すとか出来ないのかな… わたしは焦りに焦りまくって、いいねを返した男性の中から適当に1人を選んで、そのジョシュという男性のハートマークを再度、数回タップしてみた。ところがだ、取り消すどころか、初めていいねを送るときと同様に小さなハートが紙吹雪のように何度も舞った。ぎょぎょ!ちょっとやめて~!いいねを何回もタップしたことって相手に分かるのかな?『あなたドストライクよ~離さないわよ~!』って食らいついてるみたいに思われる?それか、いいねしてるのに何でメッセージを送ってこんのじゃ!?ってせっついてる女?あぁ、ウソでしょ、恥ずかしい! 少し鼻が大きめだけどキュートなジョシュ君、きっと引いてしまって、もうコンタクトはしてくれないだろうな。ぴえーん、もしかしたら運命の相手だったかもしれないのに。あ、やだ、ぴえーんだなんて若者に媚びるような言葉を使ってしまったわ、わたしらしくもない。はぁ…それにしても、仕方ない。何も出来ることはないらしい。そうよ、わたしは週末も独り寂しくシコシコとマッチング・アプリで運命の人を探しているの。ほっといて。 そのときピコンと音が鳴って、アプリ画面の右上にある手紙のマークに①と出た。 「来たっ!来た来た来たー!なんか来た~!」 わたしは恥ずかしいような嬉しいような気持ちと緊張で顔をこわばらせて、未読のDMがあることを親切にも知らせてくれている手紙マークをタップする。 「マルク(38): こんにちは、ヨリ。いいねありがとう!今なにしてる?」 わたしはマルクのプロフィールをもう一度チェックして、フランス人の建築家であることを思い出す。やっぱり返事もすぐ出すより少しおいて気を持たせたほうがいいのだろうか…と考えはしたけれど、返事をなんて書こうか考えているうちに自然と指が動いてあっという間に送ってしまった。アドレナリンの仕業か。 「初めまして、メッセージありがとう。今は家で映画を観ています」 まるっきりウソだったけど、『大人なわたしは土曜の夜は独りで映画を観るの。だけどちょっと退屈なストーリーだったから、あなたにいいねをしてみたのよね』という体でいくことにした。 「何の映画を観ているの?」 おっと。ここでの映画のチョイスはセンスの良さを印象付けるのに重要な役割を果たすに違いない。しばらく慎重に考えて、わたしの周りで『人生で一番の映画』に挙げる人がダントツ多い『ショーシャンクの空に』に決めた。 「ボクはまだ観たことないなぁ。」 しまった、アメリカ映画はフランス人には通用しなかった。どうしよ、好みが合わないって思われた? 「あなたは何をしているの?」 「ボクは今から軽く山登りに行こうと思ってる」 へ?今から?…あー、そっか!そうだよね、わたしとしたことが時差をすっかり忘れていた。まだあちらじゃ土曜日の昼間なんだね。 「それは楽しそうですね。気を付けて行ってきて」 「はい、ありがとう。あなたもいい週末を」 え、待って!マルクさんよ!『気を付けて行ってきて』だなんて自ら会話を終わらせるような発言をしてしまった…そんなつもりじゃ…これはなかなかの失敗。でも、なんて言えばよかったんだろ。そっか、わたしも山登りは大好きです!なんて言って趣味が合うアピールとか出来たじゃん!あー、くっそー。退屈な女だと思われたかな。それとも、こちらが彼に興味がなくて話を終わらせようとしたと勘違いされたかも。もう一度連絡くれるかな。マルク様、どうかこのメス犬にもう一度チャンスを。ん~~。悶々として後悔と自責の念に駆られて逆立ちをしていると、また携帯がピコンと鳴る。2人目からのメッセージだ。 「セバスチャン(29): ハロー、ヨリさん!元気?ボクはセバスチャンです。今度仕事で大阪へ行くのですが、ヨリは日本のどこに住んでいますか?」 あら、陽気なお兄さん。プロフィールを見ると、香港在住のスペイン人。太陽と情熱の国だったかしら?オーレ! 「ハロー、こんにちは。はい、わたしは元気です。調子はどう?わたしは東京の高円寺というところに住んでいます。」 … … ん?お返事くれないの?わたし今、あなたの質問にお答えしたんですよー。ねぇねぇ、ちょっとちょっとー。 しばらく後になって気づいたことだけど、彼のように日本へ出張で来る予定があるという男性は、その日限りの火遊びをするのが目的で日本人女性に手あたり次第、声を掛けまくっているだけで、出張先の場所から離れたところに住んでる女性には1ミリも興味が無いのだ。 そんなこととは露知らず、「彼のルームメイトが突然べろべろに酔っぱらって帰宅して、トイレで吐くのを介抱して忙しいのかも」とか、「部屋の天井が抜け落ちて野良猫が突然降って来たのかも」とか、すぐに返事が来ない理由を自分に都合よく考えているうちに次のピコンが鳴る。なんか色んな人からワイワイとリスポンスが来だしたんですけど。はいはい、皆さん落ち着いて、押さないで! 「ピーター(33): こんにちは、いいねありがとう!ボクはピーター。NY在住の警察官です。この街ではいつも忙しく駆け回っています。ヨリはどんな仕事をしていますか?」 へぇぇ~!プロフィールには書いてなかったけど、ニューヨークの警察官って、ドラマに出て来る、あの?実在するんだ~。ひょっとしておっかない人なのかなぁ…。でもさ、なんせ警察官になるくらいだから実直で正義感が強くて正直者かも…結婚相手としては申し分ないかもね…? 「こんにちは!ヨリです。警察官だなんてカッコイイですね!わたしは食品メーカーの会社で事務をしています。あなたのお仕事よりずっと退屈です」 そうそう、常に相手のことを褒める心掛けは大切よね。でも外国人に対しては、あんまり自分のことを下げる謙遜的なことは言わない方がいいとか聞いたことあるから…おっと!もう返事が来た。 「ボクの仕事は確かにエキサイティングだけど、君の仕事も素晴らしいよ。週末は何をするのが好き?」 まぁ~ありがと。さすが海外の男性は相手をアゲることを忘れないんだわ♡ 「そうですね、わたしは映画を観たり料理をするのが好きです」 ほとんど食い気味とも言えるほどすぐに返信が来る。 「ボクも映画は大好きだよ!きっとボクたち気が合うね。日本にはまだ行ったことがないんだけど、とても平和で美しい国だと聞いてるよ」 そうね~気が合うわね~♡初デートは映画で決まり。あ、返事を書き始める前に次のメッセージが届く。 「NYは犯罪が多くて毎日すごく忙しいんだ。さっきも男を一人捕らえたところだよ。」 え~~なんかリアルだわ~。 「それはたいへ…(書き途中で)」 「これまでの恋愛では、ボクはあまり運がなくて、関係が長く続いたことがないんだよね」 おおっと、返事がどんどん来るな。きっとお話し好きなのね。 「そうなんですね、わたしは少し前に…(また途中)」 「でもヨリとはすごくいい関係が持てる気がするよ。」 そ、そうだね。ちょー時期尚早だと思うけど、判断するの。え、また来た。 「休みの日には何をするの?」 あれ?さっき映画と料理ってわたし言ったけど、覚えてない? 「わたしは映画と…」 「ボクはジョギングとボクシングとバスケと、とにかく身体を動かすことがすごく好きなんだ」 この人、もしかしてわたしには喋らせないつもり?なんか腹立って来た、ちょー急いで打って割り込まなきゃ。 「わたしは映画を観ることと料理が好き!(さっき言ったけど)」 「あ、そうだったね。ボクも映画は好きだよ。」 それ、さっきも聞いた。 「じゃあ、そろそろ行かなくちゃ。また連絡するね!話せて嬉しかった」 え、唐突だな。自分の言いたいことだけ言って逃げる、みたいな。こいつ。 「わたしも嬉しいです。またね!」 …多分この人は、やばいくらいのせっかちさん。ちょっと前に話した内容を覚えてないのは、せっかち過ぎて気持ちがそこにないか、それとも同時にたくさんの女性とチャットしてるからかも。せっかちか…。NYの警察官って、みんなこんな感じなのかな。 ピコン。 「アブドゥ(39): ハロー、お会いできて光栄です。私の名前はアブドゥです。セネガルに住んでいます。私は会社を二つ経営しています。私の国は一夫多妻制なので、妻が2人と子供が8人います。」 げんなり。まったく、はんなりじゃあるまいし。なんのこっちゃでしょうが。ここでちょうど次のピコンが来たのでさっさとそちらへ行かせてもらう。 「アーサー(31): 元気!?ボクはアーサー、オーストラリアのメルボルン出身です。調子はどう?」 オーストラリアか、いいところよね~。やっぱり明るい太陽サンサン的な男性かしら?学生時代にお世話になったホストファミリーがすごく懐かしい。ゴールドコーストの動物園で出会ったあのカンガルーやコアラたちはお元気?実際に見たカンガルーの筋肉ムキムキっぷりに引いたっけ…。 「ハロー、初めまして!ヨリです。ありがとう、わたしはめちゃめちゃ元気です」 こちらも陽気でポジティブにいかなくちゃね。 「それはよかった。ヨリは週末は何をするのが好き?」 またこの質問か。マッチング・アプリってこれを聞くのがお決まりなのかな。日本語ではきっと『ご趣味は何ですか?』みたいなフレーズなんだね。 「わたしはよく映画を観たり料理をして過ごすよ」 「ボクも料理は得意だよ」 「そうなの?得意料理は何?」 「パスタとサラダかな。ハハハ」 「充分すごいじゃない!料理が出来る男性はステキ」 「ありがとう。映画はどんなジャンルを観るの?」 「えーと…ラブコメディとか、ホラーも好き」 「いいね、ホラー映画を一緒に観たいね」 キャ♡もう接近してきた。さすがに積極的。 「うん、楽しそう」 「あのさ、ヨリはSEX好き?」 は?…は?え、なに!? 「えーと…どういう意味?」 「SEXするの好き?」 どストレート過ぎて。いや、なにこの人?こんなこと人生で一度も聞かれたことないわ!!!で、でも恥ずかしいからって嫌いって言ったら、明らかにSEX大好きそうな彼が興ざめして会話が終わっちゃいそうだし。どうしよ? 「えーと、そうだね、そんなに嫌いじゃない…と思う」 「よかった!ボクも好き!ヨリがSEX好きじゃなかったらどうしようかと思った」 外国人ってこんなにあからさまに聞くものなの?こっぱずかしいわ~。 「じゃぁさ、どれくらいの頻度でSEXしたい?」 うわ、まだ掘り下げてくるんだ。どうしよっかな…これはとことん付き合うしかないかな…。 「そ、そうだな~…」 どれくらいがちょうどいいの?週に2回とか?待てよ、海外の男性は日本人よりずっと精力お強いらしいからもっとかな。4回?5回?いやいや、あんまり多すぎても興奮したメス犬めって思われたらイヤだし…そうだ、逆に聞いちゃうか。 「アーサーはどれくらい?」 「毎日!少なくとも1日1回。多くて3回」 ハ…ハハ…予想をはるかに上回ってきた。 「すごいね、タフだね」 「ヨリには多過ぎるかな?」 「んー…、うんん、わ、わたしもそれくらいでいいかも」 「ほんと?嬉しいよ。じゃぁ、どんな体位が好き?」 あー、もうSEX話が終わらない。この人、相当好きなんだな。 「えーと、それは…やっぱり普通のかな~アハハ…」 「ボクはなんでも出来るよ。全部試したことあるんだ。ヨリが体験したことが無いこともたくさんしてあげるからさ!アハハハ」 そそそ、そうですか~。もう…1人で赤面しちゃうよ。どうにか話題を変えられないかな~。 「外でしたことある?」 は?え~っと、それって答えなくちゃダメですか? 「いえ、ない…と思う…」 「そうなんだ、外でするのは好きじゃない?」 「どうだろ、あ、あんまりしたことないから分からないけど」 「それじゃ、ボクと試してみようよ。最高だよ」 ひゃ~この人、恥じ入る感情ってものが、ぶっ飛んじゃってんのかしら? 「ごめん、ヨリ。これから友だちと飲みに出かけるから行かなくちゃ。また話そうね!」 わー。わー。オーストラリア人てこんな感じ?こんな感じで男女は話すの?初日に?大っぴらにも程があるわ。は~、なんか今日は疲れた。ここら辺でやめよ。あ、ご飯を作りかけたのに途中で忘れてた。 もう食べるのは諦めてゆっくりお風呂に入ってからベッドに入ることにする。そう言えばまだしつこく残っていたテキーラの頭痛は、いつの間にかすっかり消えていた。わたしもまだまだ恋愛に夢中になっちゃう思春期の女の子みたいな心を持ってたみたいね。アーサーはぶっ飛んでたけど、なんか、久しぶりに楽しいかも。 翌日の朝、日曜にしては驚異的に早く7時に目を覚ます。早速携帯で例のアプリを開くと、いいねの数がさらに増えて117件になっていた。 「ほぉ~♪ヨリちゃん、モテモテだね~♡」 ホクホクしてリストの一番上の男性のプロフィールを開こうとしたけど、いちいちプロフィールをチェックしていたら捌き切れないと考えたので、写真だけを見てルックスとフィーリングに頼ることにする。約30分かけて、いいねをくれた男性の中から半分くらいにいいねを返す。ふぅ~、けっこう大変だよね、判断の連続。ちょっと疲れたから朝ごはんでも食べよ。考えてみれば昨日は何にも食べてないよ。 キッチンで昨日の朝に作りかけたパスタサラダを用意し始めると、携帯がピコンと鳴る。 「あ、もうメッセージ来た。飢えてるオオカミさんが舌なめずりしてやって来た~、キャー恐い~。でもさすがにお腹空いたからちょっと待たせとこ」 と言いながらも、メッセージが気になって食べ終わるのもそこそこにアプリを開くと、いいねの総数はこの短時間でも増えて130を超えている。昨日最後に話したアーサーの次の人から始めよう。 「パウロ(39): チャオ!ワタシは南イタリア在住のパウロです。ワタシは日本が大好きですが、まだ行ったことがありません。ぜひお友だちになって欲しいです。」 写真を見た限りでは気の良さそうな少しぽっちゃりした男性。こういう優しそうな男性は嫌いじゃないのよね。わたしの好きな男性のタイプをバラしてしまうと、そう、『クマちゃん系』 「チャオ!わたしは東京に住んでいます。日本のどういうところがお好きなんですか?わたしは一度イタリアへ行ったことがあります。人も太陽も明るくて、食べ物もめちゃくちゃ美味しかったのを覚えています」 「本当?イタリアのどこですか?ボクは南イタリアのナポリに住んでいます。ナポリのピザは世界で一番美味しいですよ。」 「ナポリですか!素敵ですね~、ぜひ行ってみたいです!わたしが行ったのはローマでしたが、ピザはやっぱり美味しかったです」 「ローマも美しい街ですね。次はぜひナポリに来てください。ボクは料理が得意なので、ごちそうしたいです。」 「わぁ、それは嬉しいですね。パウロさんも、もし日本に来ることがあればぜひお会いしましょう。料理は得意ではありませんが、日本の料理を振る舞いたいです。」 「本当ですか!?すごく楽しみです、ありがとう。いつか必ず日本へ行きたいです。そしてアキハバラに行ってみたいです」 「秋葉原?もしかしてアニメが好きなんですか?」 「はい、とても好きです。子供の頃にテレビで日本のアニメを観てからずっと好きです」 オタク君か~。でも、日本の文化を好いてくれるなんて逆にありがたいなって感じ、フフ。 その後もしばらくのほほんな会話が続いて、いったん『またね』ということで終わる。ふんふん、イタリア人男性と言えば日焼けしたヒゲの濃いチャラ男のイメージしかなかったけど、 真面目でいい人そう。アニメオタクというところにちょっと引いてしまって今は恋愛対象には思えないけど、もっと会話を続けたら何かが生まれる可能性もあるよね。 その日はのんびりしながらも真剣に、マッチした男性からのメッセージに答えたり、いいねをくれた男性を吟味していいねを返したりして過ごした。そして翌日以降も引き続き、通勤時間や職場での昼食の時間も、未来のダーリン候補者たちとのやりとりを純粋に楽しむようになった。マッチング・アプリとの出会いで、男っ気のまるでなかった日常に、ときめいたりにやけたりする瞬間が舞い降りてきたのだ。もちろんなかには失望したり傷ついたりする瞬間もあったけど。それもけっこうな頻度で。 「ヨリ、こんにちは!元気?」昨日アプリでチャットしたオーストラリア人のアーサーだ。 「こんにちは、アーサー。とても元気だよ、そちらは?」 「うん、ボクも元気にやってるよ。でもヨリのことを考えてあんまり眠れないんだ。」 あら、可愛い♡こちらもちょっと喜ばせるようなこと言わなくっちゃ。 「わたしもアーサーのこといつも考えてるよ」 「ほんと?ボクとのSEXも考える?」出た!そっちの話好きよね~。 「というより、デートのこととかかな。」 「どうして?ボクとSEXしたくないの?」 「そ、そうじゃないけど」 「ボクはヨリとのSEXのことばかり考えてるんだ」 ええ~、男の人って、みんな本音はそうなのかもしれないけど、それ言っちゃう? 「ソファでするのも好きだから、ボクん家のこのリビングでしたいな」 露骨だっちゅーの。仕方ないな、ここは話を合わせるか。 「あ、そうなんだ…ソファもいいね」 「キミの服を全部はぎ取って裸にして、いやらしいことをしたい」 「ど…どんなこと?」 「キミをボクの顔の上に座らせたりね。そしてボクはキミの顔をじっと見ながらクリトリスを舐めるんだ」 こいつは変態だ。変態君にぶち当たってしまった。 「い、いいね~、世界中の女性の夢だわ~」 「ヨリもそういうこと好き?」 「…うんうん、もちろん好きー」 変態エロ話がしばらく続いたところで彼はまた、唐突に出掛けなきゃと言って会話は終わった。う~ん、Hな話も正直嫌いじゃないけど、なんか彼は不健康というか、あんなこと会ったこともない相手にふつう口にするかな? アーサーとはその後も1度だけエロ話に付き合ってから、やはり連絡を絶つことにした。彼のちょっと病的なエロさからして、真面目で幸せなお付き合いに発展するとはマジで考えられなかったので。最初の印象では明るくて感じのいい好青年だったのに、残念。そして全くの偶然だったら申し訳ないのだけど、今回のこの婚活で出会ったオーストラリア人男性たちは、変態である確率がめちゃくちゃ高かった。わたしの記憶にある限りでは100%(笑)。 それに引き換え、例えばイタリア人のパウロは、至って誠実。会話にSEXのSの字も出てこなかった。ただ、彼は30代半ばにして母親と同居していて、なんとなく真面目過ぎる性格には物足りなさを感じたのも正直な感想で。でもとにかくこんなに優しくて良い人はなかなか見つからないと思うし、彼の職業はなんとイタリアンレストランのシェフ。本場のピザどころか、ボロネーゼもラザニアもカルパッチョもティラミスだって、プロの味がちゃちゃっと作れちゃうんじゃない?意地汚いわたしは実は胃袋をがっちり掴まれていた…。 わたしはキッチンでシャツの袖なんかまくっちゃったりして、たくましい腕を見せながら料理をしている男性の姿にとても色気を感じるところがあって、それに料理とか食べること、特に甘いモノが好きという男性に悪い人はいないような気がしている。わたしもエプロンを着けちゃったりして、一緒にキッチンでじゃれながら美味しいものを作るなんていうのが理想のふたり像なんだけど。こんなわたし、どうでしょう。 そんなこんなでわたしの恋愛対象は主に外国人男性だったのだけど、正直、素晴らしい日本人男性に巡り合う可能性も捨て切れずにいた。なんといっても同じ言語で育ったのだから、意思疎通は簡単だし、微妙な言葉のニュアンスも汲んでわたしのことを奥深くまで理解してくれるんじゃないかという淡い期待もあって、わたしはマッチした数人の日本人男性と実際に会ってみたことがある。わたしが利用したアプリに登録している男性はほとんどが外国人だったけど、ちらほらと日本人も存在していたのだ。その中から3人の男性について書いてみたいと思う。 1人目は佐藤さん、32歳。実直そうなプロフィールで、真剣な交際を求めているとあった。住所は東京でわりと近かったので、ひとつ隣の駅で待ち合わせをした。わたしが到着してすぐに現れた佐藤さんは、写真のイメージよりも小柄で童顔の男性だった。 「ヨリさんですか?」 「はい、佐藤さんですね」 「お待たせしました。初めまして」 「初めまして、いえいえ、今来たところです」 すごく普通でまともな人のようだ。そしてなんとなく、『アプリで出会いを求めている独身男性』というのとはイメージが違うような気がした。すぐ近くにカフェというよりは古風な喫茶店を見付けて、お茶を飲むことにした。まずはお決まりの、お互いの仕事の話から。 「僕は歯医者をしているんですが、ふつうの歯医者とは少し違ってて」 「へぇ、どんなふうに?」 「寝たきりだったりして歯医者に行けない人のためにバンで訪問して治療するんです」 「そうなんですか。それって、患者さんからしてみたらとてもありがたいですね」 「ハハ、お陰様でだんだん忙しくなってきました」 「そう言えば、訪問診療とか訪問介護とかはありますけど、歯医者さんが家に来てくれるって、あまり聞いたこと無いですもんね」 さすがに日本人同士なこともあり話は弾んで、仕事の話から趣味や普段の生活へと話題が移ったときに、わたしは耳を疑う言葉を聞いて、思わず訊き返した。 「え?」 「あ、妻がいるんです」 「あ、ごけ、ご結婚されてるんですか?」 「はい、子供もいます」 「おー、そ、ハハハ、そうですか」えっと…ここで何してんの、あんた? 「でも妻とは冷え切っているんで、お友だちが欲しいなと思って」 「あぁ、離婚をお考えとか…?」 「いや、離婚はしないつもりです」 その時点でわたしは、ふざけるなとテーブルをひっくり返して大ひんしゅくを買い、スカートを翻して大股をおっぴろげてでも佐藤を蹴ってやるべきだったと今では痛烈に思う。多分、わたしは彼の思考があまりにも私の中での常識とかけ離れていたため理解できず、よく分からない相手を責める勇気がなかったのだと思う。奥さんと上手くいかないからって、他の女性と仲良くする?友だちなら男性でよくない?女性に優しく癒して欲しいってか?それとも全部浮気の言い訳?それとも純粋に本当に女性のお友だちが欲しいの?本心がよく分からない、この男。 しばらく心ここにあらずなまま記憶にも残らない会話をした後で、LINEを交換してカフェの外で別れた。『絶対おかしいでしょ』と『いや、今どきこれもありでしょ』のせめぎ合いの後、佐藤さんはただ純粋に、冷え切った夫婦仲で荒んだ心を癒やすための友情を追い求めているだけなんだという、誰も傷付かない結論に達した。なぜ女性が対象なのかはとりあえず置いといて様子を見ることにしたんだけど、LINEでやりとりをしていく内に、やっぱり話はおかしな方向に進んでいった。こちらが『友だち』のラインを保とうとしても、彼はそれを超えようとする言葉を発し始めたのだ。 「ヨリさんの優しいところが僕は好きです」 とか、 「今度良かったら2人でドライブ行きませんか?または映画とか」 とか、 「結婚してる男性と付き合ったことはありますか?」 とか。これはアウトでしょ。 このクソたれが、佐藤よ。外見は無害で子犬のようなキミには大変がっかりした。わたしは間もなくLINEを無視して終わりにした。 もう1人は小林さん(44)。写真は44歳よりずっと若く見えて、画質が悪いのか少しぼやけてるけど、けっこうハンサムさんな上、真面目そうなプロフィールを見ていいねを送ってマッチした。この頃は日本人男性にも掛けてみようという気持ちが高まっていたんだと思う。彼はこのアプリを使い始めたばかりだということで(このセリフを言う男性は日本人も外国人もとても多かった。自分は長い期間相手が見付からないようなダメ男じゃないと言いたいのかも)、手順がよく分からないけど取りあえず会いませんかと言われ、東京に住んでいるという小林さんと、気軽なノリで数日後に新宿で会うことにした。 当日の夕方、アルタのスクリーンの下で立っていると、見知らぬ中年男性に声を掛けられた。 「ヨリさんですか?」 「あ、はい…そう、ですが…?」 「小林です、お待たせしてすみません」 えぇぇー!!!べ、別人にもほどがあるでしょ!写真の爽やか青年風な男性とは似ても似つかない、申し訳ないくらいしょぼくれた顔の長いサラリーマンが、いかにも仕事終わりですというくたびれた様子で立っていた。あまりのギャップに度肝を抜かれて、こういう詐欺的なこと出来る人っているんだな、とわたしはむしろ面白くなってきて、話をしてみようかなと思ってしまった。充分警戒しながら、近くのビルの3階に入っているしゃぶしゃぶ屋さんまでエレベーターで上がり、半個室に案内される。 「あ、僕、写真とだいぶ違いますよね?あれ、若いころ、20代の時の写真なんです」 「そうなんですね~、アハハハ(もっと悪びれろよ)」 ここで責めないのがお人好しな日本人。いや、日本人でもちゃんと責められる女性もいるはず。わたしがヨワヨワダメダメ女だったのかも。はっきりと言うべきことは言うべき時に言うべきよね。この時はただお腹が空いてたから、しゃぶしゃぶ鍋を彼に投げつけて全身が隅々までビッショビショになるのを確認して帰る気にもなれなかったし、うーん、わたしって、やっぱり気弱で、人の間違いを指摘できないズルい人間なのかしら。 話してみると小林さんは根っからの普通のサラリーマンで、決して悪い人ではなかった。でも一緒にいて楽しい!とか、また会いたい!とかいうときめきはゼロで、正直、同じ鍋を箸でつつくのはちょっとイヤと感じてしまっていたし、若いときの写真で女性を釣ろうとするせこく悲しい彼の戦術が、わたしに『彼とはナシ』だとこの時点ですでに確信させていた。 店を出たところで『また会ってもらえますか?』と聞かれ、わたしはここでもはっきり言えず『はい、小林さんいい方ですし、またぜひ』などと心の中の荒れた野原を見渡してもどこにも見当たらないお世辞を言い、歌舞伎町の雑踏に紛れて帰った。ごめんね、ウソついて。でも、あんなことしちゃダメだよ。 『若い頃のちょっとイケてるぼやけた写真でも出さないとそもそもマッチできないんだもん』というのが今の彼の心情なのかもしれないけど、でも実際会ったときのあなたの第一印象は『わ~、この人は信用できないや』だよ。今の自分に自信が持てないなら、オシャレしてみるとか、身体を鍛えるとか、人に優しくするとか、会話を楽しく工夫するとかして変われるじゃん。て、わたしも偉そうに言えるようなことしてないし、自分に自信を持てない気持ちもすごく分かる。でも、相手にウソつくことで始まる関係なんて悲しいよ。その後すぐに小林さんからDMが来たけど、返信はしなかった。 そしてもう1人の日本人男性。バツイチの渡邊さん(42)。黒く濃いヒゲを生やした彼の写真は、影になっていてよく見えないけれど鼻が高く外国人にも見える雰囲気で、この人はハーフかな?と考えていた。彼もやはり東京で働いていて、小さな会社の役員の1人だった。気楽な感じでお茶でもということになり、東京駅構内のカフェで午後の早い時間に待ち合わせた。 会ってみると彼はヒゲはあるもののまるっきりの日本人で、今思えば彼も、別人の写真を使うという写真詐欺師の1人だったのかも。けれどどことなく洗練されたデキる男風な振る舞いが印象的だった。 「すみません、この場所で良かったですか?仕事でなかなかまとまった時間が取れなくて、ここまで呼び出したみたいになってしまいまして」 「いえいえ、全然大丈夫ですよ。東京駅はよく来ますし」 天気の話から始まって、しばらくはお互いの趣味のことなど当たり障りのない会話が続いた。そして話題が彼の仕事のことになると、わたしも興味のある健康やスピリチュアルな分野に関連していることらしいと分かった。わたしが俄然身を乗り出して話を聞いていたその時、渡邊さんはちょっと耳を疑うような発言をした。彼の仕事は、世間一般で問題になっているある健康被害に関して対策を講じるというもので、その健康被害について詳しく説明してくれた時だ。 「ええー、恐いですね。じゃぁ、そうならないためにはどうすればいいんですか?」とわたし。 「そこはちょっと言えませんね。重要な点なんで」急に別人のような固い口調で冷たく言い放った。 え。その瞬間、わたしたちを包んでいた穏やかな空気が急にぎこちなくなり、色までも褪せたように感じられた。あぁ、そうですか。そりゃあ大事な企業秘密なのかもしれませんね。それならそんな話、最初からしなければよかったんじゃないでしょうか?もったいぶった顔でそんな言い方しなくたっていいのにさ。この彼の慇懃な拒絶によって、それまで感じよく会話が進んでいたふたりの間に、ぶ厚い壁が高々とそびえ立った。 ただその瞬間を除けば、渡邊さんはとても礼儀正しくスマートな男性に思えた。わたしも出来る限り感じよく振る舞い、その日はLINEを交換して別れた。わたしが彼に惹かれたかというと、顔がやや脂ぎっていて、背は低めで中途半端についた筋肉(週末走ってます、という程度に)というのが実はわたしのいちばん苦手な体格だったので、正直、彼の外見にも全く魅力を感じなかった。 その後、彼からけっこうな頻度で積極的にメッセージが届き、数日間は無難な会話が続いていたのだけど、ある時その内容が突然、性的な方向に向かった。 「僕、実は言いづらいんですけど、夜の方で悩んでることがあるんですよね」 「そうなんですか?」 「いや、あの勃つことには問題ないんです」 「そうですか、はい」 「でも絶対に最後までイケないんです」 「あ~、それはそれは」いきなりエグイ内容だけど、わたしの返しも酷いwww 「相手との相性があるみたいで、結婚していたときは大丈夫だったんですけどね」 「へぇ~、そうだったんですね」 「それがコンプレックスになってしまって、離婚後は女性とのお付き合いが続かないんです」 「お辛いですね」 「はい、すごく辛いです。男として」 「あ、でもそれって、わたしは女性にとってそんなに悪いことではないと思いますよ」 「そうですか?」 「はい、むしろ女性にとっては好都合というか(笑)」 「ははは。でも僕としては何時間もイケなくて辛いんですよね~」 この『女性にとっては好都合』って、彼を元気づける意味と、場を和ます意味も込めての精一杯の発言だったんだけど、言われた男性からしたらどうだったのかなぁとしばらく気になってしまった。ひょっとしたら失礼なこと言って傷つけちゃったかなって。 でも少し時間が経ってこの時の会話を思い返したら、彼は自分の絶倫さを自慢するというか、ほのめかしてアピールしていただけだったのか?という疑惑が湧いてきた。『何時間も保ちますぜ、俺』みたいな。わたしはまんまと罠にハマって『好都合』発言までしちゃって、この女完全にヤりたがってるんじゃねー?なんて思わせちゃったかも。ま、そうだとしても今となってはもうどうでもいいか。渡邊さんとはその後、なんとなく話すのがイヤになってしまって、疎遠になっていきました。 やっぱり初めに会ったときの印象って、大事だ~。後々まで引きずるっていう意味でも、直感は往々にして当たっているという意味でも。『感じ悪いな』とか『好みじゃないな』って感じたとしたら、そこから盛り上がってくって、なかなか無いもんだなぁ。だから逆に、最初に自分らしさとか自分の考え方を正直に出していくのって、お互いの時間を無駄にしないために必要なことだなと、当たり前だけど改めて学ばせてくれた出会いでした。 以上が今回のマッチングアプリ婚活で出会った日本人男性についてです。たった数人だけど、どの日本人男性とも合いませんでしたというのが結論で、わたしはすごすごと外国人男性を対象とする体制に戻っていった。もちろんわたしがこれまでの人生でもっとたくさんの日本人男性と出会って恋愛をしていたら、相性抜群の人にも巡り合っていたかもしれない。だけどもう、この狭い日本では、わたしの年齢に見合ういい男は全員取られてるような気がして、潔く諦めた。市場は日本国内よりデカい世界の方がより効率が良いのだ。 そして衝撃的なあの男に出会ったのは、アプリを使い始めて2ヶ月くらい経った頃だったかな。 「マイケル(37): ハイ!お元気ですか?ボクはマイケルと申します。あなたのプロフィールを見て、正直興奮しています。あなたは完璧でとてもステキな女性です」 ワオ♡いきなりガンガン褒め言葉を投げてくれるなんて。 「初めまして!どうもありがとう。あなたもとてもステキですね。」 「ありがとう!ヨリは日本のどこに住んでいるの?」 わたしは以前の失敗(?)を思い出して、慎重に答える。 「東京です」 「東京は大都市ですね!以前に仕事で1度行ったことがあります。」 「そうなんですか、どうでしたか?」 「楽しかったですよ。高層ビルと、人と車の多さが刺激的でした」 「そうでしたか~(笑)」 「ボクはドイツの出身です。ドイツに行ったことがありますか?」 彼との会話はこんな風にごく普通に始まり、彼はとても感じのいい話しやすい人という印象だった。すぐにLINEを交換して、会話が続いた。実は、この時は気付いていなかったんだけど、少なくともこの当時、日本や韓国以外の国でLINEを使っている人はほとんどいなかったので、もし欧米の国で使っている人だとしたらその男性はそれまでにも他の日本人女性を狙って活動してきていると疑ってよい。 「ボクは実は仕事で、太平洋の海上にいるんですよ。石油の掘削をしています」 すぐに写真が送られてきて、たまにテレビなどで見るような、海の上に柱が何本も出てその上にクレーンのような機械がたくさん載っている様子が映っている。 「わぁ、すごく大変なお仕事ですね」わたしは何の疑いもなく素直にそう言った。 「そうなんです。危険な仕事ですが、やりがいがあります」 そして数日も経たないうちに、彼はとろけるような甘い言葉をかけてくれ始めた。 「あなたの笑顔はとても可愛くて、抱きしめたくなります」 「あなたを世界で一番大切にして、幸せにしたい」 わたしは混雑した通勤電車の中で、そんな彼のささやきに人目もはばからず、アホみたいにニヤニヤしながら甘く切ない胸の高鳴りに酔いしれていた。他の男性とのやりとりなどほぼしなくなり、朝起きてから夜眠るまで、彼とのラブラブトークにどっぷり浸かった。彼はある意味、女性を虜にさせる才能があったのだと思う。わたしは短期間で、世間知らずのお姫様のように、会ったこともないマイケルと恋に落ちていた。 もちろん彼はHなネタも放り込んできた。 「あなたを抱くときは必ず、最初にあなたをイカせてからボクがイクからね」とか、 「一晩に何度も何度も愛し合おうね」 彼のこういう性的な発言にはなぜか嫌悪感を感じさせないところがあって、わたしはむしろ彼が自分に性的魅力を感じてくれていると舞い上がるだけだった。そして1週間もしないうちに結婚の話も出てきた。 「早く結婚して一緒に暮らそうね」 わたしはすっかり有頂天で『はいはい、すぐにでも結婚します♡』な状態だった。彼の甘い言葉の連発にすっかりとろけて出来上がっていたから。あの瞬間までは。 その日わたしは、仕事が終わっていつものように帰りの電車の中で、優しいマイケルとニヤつきながらLINEでのやりとりを楽しんでいた。 「実はね、ヨリに頼みたいことがあるんだ」 「そうなの?どんなこと?」 「ボク、今すごく困っていて、助けてもらえるとありがたいんだけど」 「え、大丈夫?心配だよ」 「仕事のことなんだけど、今ボクが手掛けているプロジェクトはもう少しで終わって、そうすればヨリに会いに行けるんだけど、突然機械が壊れてしまって、修理にお金が必要なんだ」 ピピ、ピピ。頭の中で注意警報が鳴り始める。まだ小さなボリュームだ。 「そうなんだ、それは大変だね」 「でも今、海の上だから現金をあまり持っていなくて、修理に必要なお金が払えない」 ピピピピ、ピピピピ。一段階音が大きくなる。やめてやめて、そういう詐欺の記事、ネットで読んだことある。どうかあなたは違いますように!お~ね~が~い~! 「ボクがこのプロジェクトの責任者だから、他の者に借りるわけにもいかなくてね」 「それはそうだね、うん」 ピピピピピピ、ピピピピピピ。もう心臓バクバク。こめかみの血管破れそう。 「だからもしよかったら、2千ドルを口座に振り込んでくれないかな」 ドッカーン。大爆発。大炎上。ネットに書いてあった通り、そのまんま。全て吹っ飛んだ。マジで??ぜんぶウソだった。ウキウキもドキドキもぜんぶ。大好きだったのに。ショックっていうか、ショックしかない。言葉も出ないよ。 「ボクの同僚のお姉さんがロシアに住んでいて、彼女の口座に振り込んでくれれば彼女がボクに送金してくれる約束なんだ」 すぐに彼女の名前と口座番号らしい情報が送られてきた。 その時のわたしのがっかり感は、『世界がっかりさせよう選手権』で優勝した人が考えた『人を最大にがっかりさせる方法』に引っ掛かった人よりも強烈だったろうと思う。失望感と怒りと悲しみと、騙されてるともしらずに中学生の初恋のようにドキドキしていた自分の恥ずかしさが、全部一気に込み上げてきた。騙された。すっかり騙された。なんてこと。なんてこと!なんてこと!!!こんなことが自分の身に起こるなんて信じられない! 深呼吸して落ち着くと、好きな気持ちが消え去った跡地に怒りの炎がチラチラと燃え始めるのが見える気がした。人は怒ると心がシンとするものだ。わたしは目が据わった極道の妻のような顔つきになって、冷静に対処し始めた。彼に『全てお見通しだよ』と告げる最後のメッセージを書いた。 「お前を完全に信用していたのでとても深く傷ついた。もう2度と連絡をするんじゃない。そしてすぐにこの国から出て行け。今後絶対に女性を騙すのは許さない」 彼はすぐに『キミを騙してなんかない、本当なんだ、だって口座の情報を送ったでしょう?』などと訳の分からないことを言い出して、『疑うなんてひどい』『傷ついた』というような言葉まで並べ立ててなんとか追いすがろうとしたけど、わたしはいっさい聞く耳を持たずにズッパリと無視して連絡を絶った。口座の情報を警察に届けることも考えたけど、自分や家族に危害が加えられるかもと思って止めた。たぶんこの場合はそんな心配は必要なかったと思うけどね。 このクソ野郎はたぶんロシア人で、ロシアにいるのか日本へやって来てるのか、出会い系アプリを使って女性からお金を騙し盗っているふざけた犯罪者だ。大きな詐欺グループだったのかも。仲間たちと、自分がどんな風に女性を騙したかをニヤニヤして自慢し合いながら、たくさんの女性の夢を壊して傷つけてるんだろうな。こんなヤツのターゲットになったかと思うと、舐められた気がしてめちゃめちゃ腹立たしい。 でもよかった、ちょろりと騙されてしまうような無垢で親切で疑うことを知らない女性じゃなくて。さんざんお金を送った後で連絡が途絶えて悔し泣き、なんてことになったらはらわた煮えくり返り過ぎて自分がイヤんなって凹んじゃうよ。 教訓:驚異的な早さで結婚を持ち出してくるような人は、詐欺野郎。仕事でお金が必要になった時に、好きな女性にお金を要求する男なんてたとえ詐欺じゃなくてもちょっと…だし。とにかく詐欺って、気分悪いし背中がゾクッとする。今後も気を付けます。 そしてこの後しばらく経ってショックからすっかり抜けきった頃、少し前からチャットを続けていたアメリカ、ニュージャージー在住の黒人男性、アーチー(44)が、わたしに会うために日本へ来てくれることになった。彼はそれまでのチャットからは、『気は優しくて力持ち』的な印象で、よく笑う穏やかな人に思えた。何かの機械の細かい図面をパソコン上で描く仕事をしている。独身で一人暮らし。彼は今までの人生でアメリカを出たことがなかったので、これが初めての海外旅行だそうだ。 彼は外国に来ることに対してすごく怯えている様子で、日本語は一切分からないこともあってわたしにずっと一緒にいて欲しいと主張し、羽田空港まで迎えに来てと言って聞かなかったため、わたしは当日は羽田に迎えに行き、彼が予約する部屋に一緒に泊まることも承諾しなくちゃならなかった。わたしは彼にはまだ恋愛感情を持てなかったし、初めて会っていきなり同じベッドで寝るなんてあり得なかったので、Airbnbのサイトで都内のベッドルームが2つある部屋を見つけるのを手伝った。 アーチー来日の当日、わたしは羽田に少し早く着いて、到着ロビーのイスに座って待っていると、見覚えのある黒人男性が出て来た。写真で見て想像していたよりずっと小柄で、残念ながら理想のクマちゃん体型ではなかった。彼はわたしに気付いてにっこり笑って近付いてくると、手を差し出して握手をした。 「やっと会えたね、初めまして、ヨリ」 「会えてうれしいです、アーチー。フライトはどうだった?」 「悪くなかったよ、初めての海外旅行にしてはね」 わたしはその時、下から見上げた彼の鼻の中にけっこう大きめの白っぽいモノを見付けてしまった。ゲ、う~ん。初めての対面で鼻クソはきついな。それに追い打ちを掛けるように彼は、自分のセーターの胸の部分にあるシミを指さしてこう言った。 「機内食こぼしちゃってさ。ちょこっとだけお持ち帰り。ワッハッハ」 大爆笑する彼を見ながらわたしは、あらあらお茶目な人だなと一瞬、好感を持ったけれど、その一方で心の中の恋愛モードのレベルはゆっくりと確実に下降して行った。これが初対面じゃなくて、もう気心の知れた仲だったら軽く流せちゃったことかもしれないけど、いきなりの鼻クソと食べこぼしのダブルパンチは、何度も思い出すたびに彼への気持ちを冷ます方向にしか働かなかった。 それでもはるばるアメリカの東海岸からやって来てくれたのだからと気を取り直して、まずは1週間滞在するマンションへと電車を乗り継いで向かう。都内のそれほど古くない大きなマンションの2DKで、地下鉄の駅からも近くて便利だった。荷物を置いてまずは、彼が食料品を買いたいと言うので近くのスーパーに行くことにする。アメリカの大きなスーパーしか知らない彼は物珍しそうに買い物を楽しんでいて、わたしは彼が必要なモノを探すのを手伝った。そしてシリアルやオレンジジュースなどでカゴをいっぱいにしてレジに並ぶと、そこで彼は衝撃的なひとことを言った。 「それで、これ、どっちが払う?」 わたしは耳を疑った。ほぼ彼の選んだ食料品だし、わたしは買い物を手伝った程度の感覚だったので、当然アーチーが払うものと思っていたのだ。それにそのひとことって気まず過ぎて、日本人は敢えて口にしないよね?アメリカ人は言っちゃうの?っていうか国民性の問題じゃなくて…半分パニクって口がぱくぱく状態になっていると彼が続けて言った。 「ボク、お金これしかないけど」 開いて見せた財布の中には、5千円札が一枚だけ心細そうに収まっている。え、それで1週間過ごすの?自分の目も疑ったけど、レジの前でそんな話をするのもなんだし、わざわざ会いに来てくれた友人のためにそれくらい出したっていいじゃないかと自分に言い聞かせて、わたしが支払いを済ませた。2人でビニール袋を3つぶら下げて店の外に出ると、わたしは当然の疑問を投げた。 「ええと、どうしてそれしかお金持って来なかったの?」 「現金はこれだけあればいいかなって。どこでもクレジットカートが使えると思ったんだよね」 「なんだ、クレジットカードは持ってるんだね。あ、あそこのレジでも使えたよ」 「そうなんだ、でもどうやってカードを使えばいいのか分からなかったんだ、アハハハ」 まぁ、そう言うなら仕方ないけど、『この人、もしかしてケチなのか?』という疑いがムックリと頭をもたげた。変な話、わたしはケチな男性に対するセンサーが敏感だ。実は6年間付き合った彼と別れた後にハズミでお付き合いをしてしまった男性が1人いて、これは彼が大事に育ててくれたセンサーである。 この日本人の彼は同じ会社の上司でわたしよりずっと稼いでいたにも関わらず、デートでの食事代は交互に払うことになっていた。ま、男女平等という意味ならいいとして、でも彼は、わたしが支払いをする番のときには必ず、メニューの中で一番高いステーキやロブスターを注文する人だった。自分が払う時には絶対にぜーったいにそういうものには手を出さない。その上、食べたいものがあるとわたしに店を探させた。またお会計の横にあるお菓子を自分では買ったこともないのに、わたしが支払うときだけ差し出して来た。当然イラっとした。 それから彼は記念日や行事はキライだから何もしたくないと言いながら、わたしが用意したプレゼントは全て受け取り、もらった服のサイズが合わないとわたしの過ちだとばかりに商品の交換に行かせて、また、わたしが友人と行った海外旅行のお土産にブランド物の財布をお願いされたので長財布を買ってくると、小銭を入れる場所が無いと言って同じブランドの小銭入れをわざわざ買いに行かせ、そして信じられないことにわたしには何ひとつくれなかった。誕生日でさえ何にも無し。 そんな恋人でもクリスマスケーキを一緒に食べたかったわたしは、クリスマスなんて嫌がるかもと思いながらイチかバチか電話でどんなのがいい?と聞いてみると、行事に浮かれる人を見下しているはずのこの男は生クリームの質やらスポンジよりタルト系がいいやら、自分の好みを詳細に語って、わたしはそれに合うモノを探して走り回らなければならなかった。 そして彼とのH事情も最低だった。30代後半でまだ実家暮らしだった彼とはラブホに行ったけれど、毎回当たり前のように自分だけイってさっさとシャワーを浴びて帰る男だった。愛情なんて1ミリも感じられない自分勝手なHにうんざりしたわたしがある日、恥ずかしさを堪えて彼に抗議してみると、もうすっかり帰る気でいた彼は面倒くさそうにテレビを見ながら指で済ませようとした。乱暴な手の動きでわたしが痛がっていると、『休憩料金』から『宿泊料金』になってしまうことを気にしたこの男は「まだなの?」「まだ?」と1分ごとに聞き、わたしはバカバカしくなってシャワーを浴びた。そんなホテルの料金だって交互または割り勘で払っていた。 半年で別れたけど、どうしてこのケチなゲス野郎と半年もムダにしたのか今でもよく分からない。前の彼と別れた直後で手近な人間に寂しさを埋めてもらおうとしたわたしへの天罰かも。とにかく彼は、わたしの中の日本人男性の評価を爆下げしたため、わたしがジェントルマン性を求めて外国人男性を夢見ることになった大きな要因のひとつと言える。 そんなこんなで、アーチーの財布を見てしまったわたしの胸の中には灰色の雲が立ちこめていたけれど、まだ彼のことは知らないことばっかりだと思い直して、ウェルカム・ディナーをごちそうしようと再度出掛けた。 土地勘がなかったので歩きながら目に付くお店を一軒一軒見て、彼の食べたいものなら何でもいいよと言ってみたけれど、豚肉はダメ、牛肉はイヤだ、辛いものは食べられない、生ものはムリと全てのお店をはねのけて歩き続ける内に、どこの店も閉店し始めた。宗教云々ではなく、彼の母親がそれらの食材や料理を食べなかったから自分も食べたくないという理由らしい。どんだけマザコンだよ。 疲れてお腹が空いていたわたしは何とかしなければと思い、小さなショッピングモールのようなところに入りフードコートの中までシラミつぶしに探し廻り、彼も食べられるという蕎麦のお店を見付けた。ふだん彼はアメリカで何を食べているんだろう、すごく世話が焼ける…。1週間か、長いな…。 何てことはない普通の蕎麦を無事に食べ終わりマンションへ帰ろうとすると、フードコートを出る辺りでアーチ―が舌打ちをして小さく悪態をついた。わたしが「どうしたの?」と聞くと、出口近くのテーブルにいた若いカップルが自分を指さして笑ってた、なんて言い出した。そんなことは、普通の日本人ならまずしそうにない行為だと日本人の私なら思うけど、アメリカを一度も出たことのない、差別と闘いながら生きて来た彼にはどう説明しても納得できないらしく、まったく聞く耳を持たない。眉間にシワを寄せてますます腹が立ってきているみたいだ。 彼の外見には特に笑われるようなところは無い。あったとしても、礼儀正しく他人にあからさまに興味を示さないわたしたち日本人が、むしろ強面の外国人をこれ見よがしに指をさして笑っただなんてちょっとおかしな話だし、日本じゃなくたって彼によっぽどの恨みがある人じゃない限り、そんなふうに侮辱するなんてことはしないだろうと思ったけれど、彼はどこまでもネガティブで自分が笑われてバカにされたことを疑わなかった。本当に失礼な若者がそんなことをしたんだとしたらすごく申し訳ない。でもこの時わたしには、彼の激しい怒り方は少し尋常じゃないように見えた。 マンションへ帰る道を歩きながらわたしは話題を変えようとして、『定番の質問』、週末には何をするのが好きかを聞いてみると、彼は部屋を掃除して清潔に保つのが好きだということに続けて、ある元カノの話が始まった。彼女は中国系アメリカ人で、ある時ピザの箱を直に床の上に置いたことがきっかけで大ゲンカをしたとのことだった。 家の中では靴を脱ぐわたしにしたってそれくらいは大して気にならないと思うけど、彼は絶対にあり得ないと鼻息が荒くなり、全く妥協する意思がないようだった。アメリカ人はベッドの上さえ靴のまま上がるし土足の床に平気で座るじゃんと呆れたけれど、彼の頑固さは半端ない。きっと彼はアメリカの自宅でも玄関前で使い捨ての靴を遠くに投げ去り、家じゅうに除菌スプレーをまき散らしながら生活しているのだろう。 他にもその同じ元カノとの様々なエピソードについて激しく文句を言ってくるので、『彼女はあなたのことを信頼してたからそんなこと言ったんじゃない?』とか、『彼女の家族内での文化ではこういう意味があったのかもしれないよ』などと言って彼の気持ちを静めようとしてみたけど、人の意見に耳を貸すという言葉は彼の辞書には無いようだった。頑固だ。ものすごく頑固だ。アメリカ人男性って実はみんなこんな感じなの? でも彼の良いところ、というか、それが普通であるべきだけれど、それは夜に襲い掛かってくるようなことをしなかったことだ。もともと約束していた通り別々の部屋で寝て、朝になると『おはよう』と言って味噌汁とシリアルという、ちぐはぐな朝食を食べると、平日はわたしは仕事に行き、彼は仕方なく独りで東京観光をしていた。 アーチーの滞在中、お互いの過去の恋愛について色々な話をして、例の元カノ以外の彼の恋愛経験に関して分かったことには、彼は以前、自由奔放で小悪魔的な日本人女性に恋をして、でも彼女にその気は全く無く、(わたしが聞いた感覚では)いいように利用され、そして別の心優しい日本人女性と出会って結婚するに至ったけれど、小悪魔ちゃんに対する気持ちを忘れられない罪悪感から思わず妻にそう告白してしまい、傷ついた妻とは離婚し、その後も小悪魔ちゃんには時々利用されつつ今に至るということ。 その話からわたしが受けた印象は、上から目線のように聞こえるのを承知で言ってしまうと、ひとことで『愚か』だった。彼は自分が利用されていたこととか、彼に小悪魔ちゃんが振り向くことはあり得ないということを受け入れず、金銭的な援助までして騙され続け、そんな彼を愛してくれた1人の女性を深く傷つけて日本へ帰したなんて、愚か以外に言いようがなくない?彼のこのような『愚かな』経験を知り、そして彼の劣等感や頑なな頑固さなどに触れて、わたしの心は少しずつ確実に彼から離れていった。 結果的に言えば、ある意味、彼とは会ってみて本当によかった。チャットや電話では優しくて包容力のある男性としか思わなかった彼の、色んな顔を知ることが出来た。当たり前だけど、どうしても合わない人というのは存在するのだ。反対に、彼にしたってもちろん同じことが言える。生身のわたしに会って、以前は見えなかったわたしの側面をたくさん知って、イヤなところもあっただろうな。いずれにしても遠く離れたところで相手のことをほとんど知らないまま当たり障りのないチャットを続けているよりも、こうして実際に同じ時間を過ごしてみるのは大きな意味があったから、会いに来てくれたことに心から感謝した。 アーチ―は実は最後の夜、わたしの寝室をノックして『マッサージしようか?』と訊いてきた。マッサージを受けるのは大好きで魅力的だったけど、わたしは瞬間的に色々なことを考えて『うんん、大丈夫。おやすみ』と断っていつも通り眠った。今でもそうしてよかったと心から思う。あの時の彼に万が一にでも下心があったとしたら、力ずくでは敵わなかっただろうからね。彼は良識のある人だったと思うけれど、あれは心に魔が差すチャンスを与えずに悲劇を未然に防ぐことが出来た瞬間だったのかもしれない、とつくづく思うんだよね。 翌日彼を空港で見送り、1人になってこの1週間のことを振り返っても、アーチーと上手く行くようには1ミリも思えなかった。悲しいことに、今まで会ったどんな男性よりも後ろ向きで劣等感が強い人だった。決して悪い人ではないし、むしろ日本まで会いに来てくれる献身的な優しい人だけれど、彼との未来が幸せで明るいものになるとは、もちろんわたしの場合に限ってはだけど、考えられない。その上とってもとっても頑固だから、彼は変わらないだろう。それを言うならわたしだって頑固な方で、この先本質が変わることはないだろうし。 帰国後しばらくして彼とチャットしているときに、わたしのそういう気持ちをそれとなく伝えると、彼は自分の外見がわたしの好みじゃなかったんだろう、とわたしを責め、日本に行ったことは大きな間違いだったと言った。それはそれは後ろ向きで悲しい終わりだった。 このようにわたしは様々な想いをして、色々なハプニングに遭いながらも、マッチング・アプリで各国の男性たちとやり取りをして、中には長期間にわたって会話を続ける人も何人かいた。また、結婚という条件を考えても、この人だったらアリかも、と思える男性も数人。だけど、ふと立ち止まってあることに気付く。海の向こうに住むお互いの距離が遠すぎて、何度会話を繰り返しても実際に会おうという話が出て来ない。一向に前に進まないのだ。 実際、イタリア人オタク君のパウロとは何の進展もないまま、だらだらした会話が続くばかりでしばらく放置してしまい、そのまま会話は途絶えた。そしてアーチ―のようなレアなケースで長いチャット期間の後に会うことが出来ても、『思ってたのと違った―っっ』となるのであれば、時間がいくらあっても足りない。もしかしてここまで、婚活のやり方を間違えていたんじゃない?真剣に結婚相手を探すなら、頻繁にデートを重ねて、じっくりと吟味出来る相手を探すべきなんじゃない?そう、遠距離じゃなくて、近くに、我が日本国に住んでいる相手を。 わたしはここで他のマッチング・アプリを試してみることにした。さっそく『日本在住の外国人男性と日本人女性のためのマッチング・アプリ』で検索すると、無料、有料合わせて7種類くらい見付かった。ふ~む、まずは料金的にはどっちがいいのかなぁ。ひょっとすると、お金を払ってまで出会いを求めてる女性って、ちょっと必死感が出ちゃったりする?それにもし、登録料を払ったのにろくでもない出会いしかなかったらお金をどぶに捨てたような気がするし、ここは取りあえず無料系を試してみるか。その中でもレビューの評価が一番高いアプリにしよう。 これかな、『Meety』っていうアプリ。基本的に日本在住の人が登録してるみたい。いそいそとダウンロードしてプロフィールの登録を始める。前回はテキーラでベロベロの状態で入力したので、写真もその場で適当にサチが撮ったへべれけなわたしだったけど、今回はこれまでのセルフィーの中からいちばん盛れてるものを選ぶ。自己紹介文も慎重に入力する。 以前、いいねで繋がった男性から「相手に最も求めるものって何?」という質問をされて、素直に考えて「誠実さ、ユーモアのセンス、責任感」という答えを返したら、そのまま返信がなかったことがある。正直、わたしの答えの何が気に入らなかったのか見当がつかないけど、軽い気持ちで投げる言葉ひとつで相手から『この人はムリ』と判断されてしまうこともあるってことを学んだ。 ウソは書かないけど、特に子供っぽく思われないような内容、真面目で誠実だけど退屈な人間には見えないような内容になることなどを気を付けてプロフィールには時間をかけた。一時間近く掛かって、登録完了。後のプロセスは前回のと大体同じで、ただ今回のアプリでは、男性からのいいねを待つのではなく、まず自分から検索をかけて出て来た男性を好きか嫌いかで振り分け、あちらもわたしを好きに振り分けた場合にマッチングとなって、DMを送ることが出来るルールだ。オッケー、ワクワクする♫ まずは見た目で判断して、好きなタイプの場合プロフィールもチェックして、よければ赤のハートマークをタップすることにした。それ以外の場合は青のバツ印を押すと男性の画像がハラハラと画面の下へ落ちていく。とってもシビア。きっとわたしの顔の画像も、色んな男性の携帯でハラハラしちゃってるんだろう。 最初の10数人はプロフィールまできちんと目を通して判断していたけれど、数の多さにだるくなってきて次第にプロフィールのチェックを飛ばして、まさに『顔だけ』で選ぶようになってくる。あぁ、それにしてもキリがない。一体何人いるの?もうとっくに100人は超えた。ほんとにこの中にわたしの未来の王子様はいるんだろうか。誠実でユーモアがあって責任感のある、まるでわたしのオトコ版みたいな王子様。 一瞬、虚無感を覚えてクラクラしてしまい、携帯を置く。さて、たまにはちょっと時間をかけて料理でもするか。プロフィールに料理が趣味って書いちゃってるしね。得意料理を彼に振る舞うときのために練習しておこう。わたしはタマネギを剥いてオムライスを作り始めた。 「あらら、うんまー♡まさに得意料理♫わたし、ぜんぜんウソついてないよね」 チロリン。あ、サチからLINEだ。 「ハロー。何やってんのー」サチって、いつもちょーヒマそう(笑) 「胃袋を掴め作戦の訓練中」 「やるねぇ」 「そ。サチは?」 「盛って盛って騙して落とせ作戦実行中」 「www 落ちてる?」 「ボトボト落ちてはいるんだけど、なかなか良いのが残らない」 「わかるーwww」 マッチング・アプリやお互いの婚活全般について、泣く子も黙るほどためになる情報交換をして携帯を置いた。よし、わたしも引き続き頑張ろうと思ったところで『ピコン』と以前のアプリと少し違う電子音がする。急いで新しい方のアプリを開くと、DMが1件届いている。 デビッド(36) 長野県「デビッドです、初めまして。ボクは長野に住んでいます。あなたは東京のどの辺ですか?」 長野…。ふぅ~ん。外国の人が、どうして長野なんだろ?珍しいね。 「初めまして、ヨリです。わたしは高円寺に住んでいます」 「わたしは2回東京へ行ったことがあります。東京の生活はどう?」 「そこそこ楽しいですよ。アパートに一人で住んでいます」 「それはいいですね。ボクはアメリカ人ですが、日本の鎧や兜を作ることを仕事にしています」 そっか、長野の山の中にある工房で暮らしてるイメージ? 「そうなんですか!わぁ、素晴らしいお仕事ですね。鎧を作るのは難しそうですけど」 「はい、難しいですが、とても面白いですよ」 「日本にはどれくらい住んでいるんですか?」 「8年です。」 「長いですね。日本での暮らしはいかがですか?」 「気に入っていますよ。ここは冬は寒いけど、静かで自然が美しいです」 「長野は良いところですよね」 デビッドは最初はごく普通の(変態じゃないという意味で)男性という印象で、会話はスムーズに続いた。でもその後、何度目かの彼とのチャットで、小さなヒビが入り始める。 「ボクさ、結婚はしたくないんだよね」 「え、そうなの?どうして?」 「ボクが一生懸命働いて稼いだお金は全部、自分のしたいように使いたいんだよ」 「そ、そうなんだ…」 日本でもこういう発想の男性が存在することは知っていたけれど、発言が大人げなさ過ぎない?ケチというより…世界が狭いというか、う~ん、愛情の存在を無視して結婚を考えているような。間もなくお子ちゃまデビッドとはやっぱり自然にフェードアウトしたけれど、この少し後にマッチした、ある意味彼と同じ部類に当てはまる、すごく強烈なある男性との体験を思い出す。初め彼とのチャットはごくフレンドリーに始まった。 ホセ(29) 東京「ハロー、ヨリさん。ボクはホセです。調子はどう?」 「こんにちは、ホセさん。初めまして。元気ですよ、そちらは?」 南米ペルー出身の彼とのフレンドリーな会話は、彼の前の結婚が破綻した話題から険悪なムードに突入した。 「女が結婚するのはさ、子供を産んで旦那が稼いでくる金を使うためなんだよね。それしか頭に無いんだ」 え?それって、わたしに言うこと?もしもーし、わたしも女ですけど。 「うーん、そんな人もいるかもしれないけど、そうじゃない人も多いよ」 「みんなそうだよ。ボクの元妻なんて、結婚したとたんにお金にしか興味が無くなったよ」 なんかこの人、失礼なんだけど。でもまぁ、そういう女性も世の中には確かにいるからね。もちろん男もですけど。まぁ、彼もひどい目に合ったのかもしれないな。 「そっか、それはツラかったね」 「ボクはぜったいに二度と結婚なんかしない。もう女に騙されるのはごめんだからね」 「でもさ、これからあなたを純粋に愛してくれる人と出会うこともあると思うよ」 「いや、そんな女はいないよ。女は子供とお金だけ。男を愛してるなんて言うのはウソなんだ」 「あなたがそういう女性に出会ってしまったのは不運だったけど…」 ここで唐突に、あちらからブロックされていることに気付き、最後のわたしのメッセージは送られることはなかった。これほど女性を憎んで信用していないなら、このアプリであいつは何してるんだろ?わたしにしたように、嫌味を言ってイヤな思いをさせることで女性全体に復讐してるつもりなんだろうか。きっと何人もの女性にアプローチして嫌がらせして回ってるんだろな、この男。とっとと国に帰ってママに泣きついてればいいのに。 イヤな気分を忘れるためにアプリを使うのを1日やめてみた。そうしてみると、アプリ婚活にわたしはどれだけの時間と労力を費やしているかを実感する。いつもやや滞り気味だった家事が、はかどってどんどんこなされていく。でも仕方ない、だって未来のパートナーを探して選んでいるんだもん、人生で行う全ての選択の中で、3本の指に入るくらい大事なことなんじゃないか?たっぷり時間と手間ひま掛けて、納得のいく結果を手に入れるのだ。よし、またがんばろ。 その翌日、決意も新たにアプリを開いて最初に読んだメッセージの彼は、ホセに比べてしまったせいか、とても大人に思えた。 ジョージ(44) 神奈川 「初めまして、お元気ですか?私は海軍にいて、横須賀の米軍基地に赴任しています。」 確かにアイコンの写真は、セーラーの軍服を着た背の高そうな黒人男性だった。 「初めまして、わたしは元気です。そちらはお元気ですか?ステキな軍服姿ですね」 「ハハ、ありがとう。あなたの写真の笑顔もステキですよ」 「本当?ありがとう」 アプリに登録している男性には軍服姿の男性が1割ほどいた。きっと彼のように日本の基地に赴任している軍人たちだ。ジョージはアメリカン・ネイビーで割と上官の立場にあるらしい。数日間、話をして会話も弾んだころ、彼からこんな誘いが来た。 「ヨリは東京だよね?近いし、今度食事でもどう?」 「いいですね、もちろん」 彼との会話は好感触だったし特に断る理由も見付からなかったので、会ってみてもいいかなと思いオファーを受けた。何事も会ってみなくちゃ始まらないし。そして1週間後に渋谷で待ち合わせた。 そして彼以外にも、わたしは積極的に男性と会う機会を設けていった。 デビッド(38)東京「ヨリさん、こんにちは。デビッドです。あなたのえくぼはステキですね」 「こんにちは、デビッドさん。はじめまして。そう?どうもありがとう」 彼は弁護士で、イギリス出身。勝手なイメージだけど、イギリス人男性ってジェントルマンの代表って感じ。彼はさすがにスムーズに、デートの約束を取りつけて来た。たしか最初のチャットでその翌日に会う約束をしたと記憶している。弁護士さんという職業に安心感もあったし、わたしは知り合ってすぐ会うことにも抵抗を感じなかった。 翌日の仕事の後、わたしはワンピースといういつもより80倍ふんわりと女性らしい格好で、待ち合わせのレストランに向かった。彼はもう奥のテーブルに座っていて、わたしと目が合うと一度立ち上がり、わたしが席に着くのに合わせてまた座った。そうそう、これこれ。日本人男性は絶対やらないやつ。 エレガント過ぎないけどやや高級そうなそのレストランは、少し暗くてロマンチックな大人のデートにもってこいの雰囲気だった。私たちはお互いのこと、仕事のこと、家族のことなどを話して段々と打ち解けていった。彼はとても穏やかに話す男性で、良識のある人に思えた。 でもしかし。突然、足をすくわれるようなことが起こった。会話の途中で、彼はわたしの言葉を乱暴とも言えるやり方で遮ったのだ。あら?今のは何?ええっと…。別人が出て来た?あの時の彼の声は鋭くて大きかった。弁護士は法廷で相手の話を遮って話すなんてことはしないと思うけど、相手を見下すような『悪い弁護士』の高慢さが顔を出したかのように感じて、わたしは微妙に背中が寒くなった。 それからしばらくは何事もなく食事が済むと、不意に私たちのテーブルのところだけ明かりが暗くなり、まるでお誕生日のケーキが出てくるような感じで、ウェイターさんが大きな皿にデコレーションされた上品なデザートを持って来てくれた。目の前に置かれた皿をよく見ると、チョコペンで『初めてのデート記念日』と書かれている。 「事前に電話で頼んでおいたんだよ」 彼がニコニコして言った。わーお。これは好きだわ。粋なサプライズは合格です。まだ会ったこともないわたしに対して、なんて思いやりのある演出をしてくれるんだろ。さっきのことは引きずってるけど…。 「どうもありがとう。すごくステキ」 デザートも美味しく頂いて、彼が会計を済ませて外に出ると、私たちは並んで駅に向かって歩き出した。なんとなく無言で歩いていると、駅に着く直前で彼がロマンチックなムードをぶち破って言い放った。 「ホテル行きたいなぁ」 …ふ~ん。あ~あ、台無し。なにが初デート記念日だ。『初デートで初H』とでもお皿に書けばよかったんじゃないの?わたしは冗談だよね、というようにただ笑った。 「ねぇ、行こうよ。ね?」この人、本気か~。やだ~、ぜんぜん行きたくない。 「いや~、今日はやめとかない?」 「いいや、今、行きたいな」 「今日初めて会ったんだし」 「じゃぁ、キスは?」 「んー…」それもあんまりしたくない…。出来ればしたくない…。 「キスだけでもいい、今日は」 マジかー。正直、彼には惹かれていない。見た目がどうのこうのというより、まだ数時間前にあったばかりだ。そしてあの乱暴な遮りで『ちょっと待てよ』と慎重な気持ちになっていたこともあって、せめて少し時間をおきたい。 「ね?キスしていい?」 そうこうしている内に彼はわたしをハグして、自分のコートの前部分で包んだ。大好きな相手にされたとしたらキュンとしちゃうこんなことも、罠にはまって拘束されたかのように感じた。さっきまでのジェントルマンは、突如としてねっちねちの甘えん坊になっていた。 「でも人がたくさんいるし…」ふたりが立っていたのはJRの駅前、おまけに何かの夜間工事までやっていて、たくさんの作業員さんたちがライトを点けて忙しく働いている。これ日本人じゃなくたって、イチャイチャするのはちょっとはばかられる状況ですよね? 「ホテル行きたい~。行かない?お願いだよぉ~」 「い、いやぁ、だからそれはちょっと…」 半ば強引に唇にキスしてきた。おおおおい!わたしも大人なんでファーストキスを奪われたとかって騒がないけど、したくもないのにされるのは気持ちいいものではなかった。 「じゃ、これで…」帰ろうとしたけど、デビッドはまさか、という顔で放してくれない。 「ホテル行こうよ」 「いや、やめとこうね」 「じゃ、キス」 「今したよね?」 「もっとしたいよ~」 なんだこの弁護士。彼、お酒飲んでたっけ?食事の時にシャンパンかワインを少し飲んでたような。酔ってるな?そうじゃなければちょっと異常な絡み方よね。あ~、めんどくさい。丁重に穏やかにお断りしても全く効き目がない。 「ねぇねぇ、あそこ行こうよ」 彼が指さす方を見ると、ホテルの看板があった。いかがわしい方のではなくて、有名高級ホテルの一つだった。たまたま今、目ざとくそんな看板を見付けたのか、それともあのレストラン→このホテルというデートコースが彼の鉄板なのだろうか。いやいや、なんとなくだけど、彼はそんなにデートをしているタイプではないように感じた。失礼だけど、そんなにモテてないと直感した。別にモテない人がイヤだとかいうわけではなくて、むしろモテまくっているチャラい男性よりずっと好感が持てるけど。しかし、レストランを選ぶ時点でこのホテルの存在はチェックしていた可能性は捨て切れないな。こいつめ。 「いや~…今日はやめておきましょ。ね?」 「行こうよ~。一緒に泊まろうよ~」 「まだ会ったばかりだし…」 「今夜はいっしょにいたいよ~」 そう言って彼はまたぶっちゅぶちゅにキスをしてきた。ダメだ、聞いてない。手荒な真似をする訳にもいかないし…。そこでもうわたしは抵抗を止めた。酔っ払いベイビーが気が済むまでチューチューさせてあげよう。そして今夜は絶対に家に帰ろう。 彼は悪い人ではないし今後、お付き合いに発展する可能性が有ればありがたいけど、彼とはどうしてもここで切れてしまいたくない、というほどの想いには至っていないので、ホテル行きを断ってがっかりさせるのも仕方ないと考えていた。もし彼にもっと惹かれていたり、彼の良いところをたくさん知っていたりしたら、まだ愚かだったわたしは、2回目のデートが無くなってしまうのを恐れてホテルに行ってしまっていたかも知れない。 それにしても長い。しつこい…。舌をグイグイ入れてくる。普通に話していたときは気付かなかったけど、微かに口臭が気になる。胃腸が弱い系の。弁護士さんだもの、ストレス溜まってるのかもね…。 しかしなんといっても人目が気になるわ~。どんどん駅から人が出てくるし、駅に入っていく人もまだまだいる時間。工事のお兄さんたちもチラチラ見てるだろうし…。いや、そんな暇ないか。なぜここ?せめてもっと端に寄りたい。もうそろそろ止めない?彼は時々、顔を話してニッコリする。そしてホテルに誘ってはわたしに断られてまた舌を入れてくる。わたしがキスにほだされてその気になるのを狙ってるんだろうか…。 「もうボク、どうしてもホテルに行かなくちゃ」 「え?なんで?」 「感じるでしょ?」 あー、はいはい。たしかに。彼は180㎝くらいの長身だったので、わたしのお腹辺りにその存在を感知した。そんなこと言われてもね…。その時、彼の両手がいきなりわたしのお尻をコートの上からむぎゅーっと掴んで、わたしごと持ち上げんばかりになった。ちょっとちょっと!人目、人目気にしてよ! 「ねぇ、行かない?明日の朝には帰すからさ」 もうその後、何をどう言って彼から離れたのかよく覚えていない。夢中で多少強引に突っぱねたのかも。はぁ、どれくらいバカップルみたいにキスしてたんだろ?1時間くらい?数にしたら100回はしたんじゃないかしら。しかし、なんも感じなかったなー。 お家に帰れて、ほんとよかった。いくらステキなディナーをごちそうしてもらったからって、その後のことに付き合わなくちゃならないなんてことはないんだよね。よし、エライぞ、わたし。しかしあの夜、興奮しちゃった身体を持て余しながら、彼は素直に家に帰ったんだろうか? そんな初デートは、やはりわたしの心を彼へ向ける方向へは働かず、気付くと彼とはフェードアウトしていた。落ち着いて考えれば、彼も一晩限りのお遊びと考えてた可能性が高いよなぁ。じゃなければ、あんなにしつこくホテルに誘ったりしないよね?それまでの振る舞いや演出がジェントルだったから、つい気付くのが遅れちゃったよ。 でもわたしはこんなことにはめげない。こんなことじゃ負けない。わたしはその後も立て続けに挑戦することをやめなかった。傷付いたり落ち込んだりがっかりして立ち止まってしまうと、また一歩踏み出すのがしんどくなる気がしたからだ。止まって考え始めると、わたしにはもう一生愛するパートナーなんて見付からないんじゃないかと諦めムードにハマってしまうんじゃないか。だからわたしはあえて時間を空けずにまたマッチングを始めた。彼がダメなら次よ、はい、次の人。 モハメッド(37) 東京「こんにちは、ヨリ。元気ですか?」彼はアラブ首長国連邦から日本へ来てまだ日の浅い男性で、人懐っこい話し方が印象的だった。 「初めまして、元気ですよ。モハメッドさんは?」 「元気です!東京は楽しい街ですね」 「それはよかったです」 わたしはこの時、石油王の嫁を一瞬でも夢見なかったと言えばウソになる。けれどよくよく話してみると、彼は母国ではクルマの運転免許も持っておらず、日本で働くつもりでやって来たそうだ。きちんと就業許可を申請して仕事を探しているとのこと。彼は真面目そうで感じがよかったので、石油王ではなくてもチャットを続け、数日後に会うことになった。 夕方に新宿南口で待ち合わせると、彼は少し遅れてやって来た。ここでぶっちゃけてしまうと、人混みの中にそれらしい男性を見付けた時、彼じゃなければいいな、と瞬間的に思ってしまったのを覚えている。アイコンの写真で彼の大体のルックスを知ってはいたけれど、好みのタイプではないことは充分承知していたけれど、実際に目にする彼はさらにタイプから遠のいていた。わたしはアラブ系の濃いお顔があまり得意ではないのだけれど、実際に目にした彼は、写真よりもさらに『アラブ系』なのだった。でも大人なわたしはそんなことは決して顔に出さずにヘラヘラと挨拶をする。彼だって実物のわたしを見て家に走って帰りたくなったのを堪えてくれてるかもしれないし。 「ハロー!元気?モハメッドさんですね?」 「オー、ハーイ!ヨリさん、元気ですか?」 とても陽気だ。うん、実物の彼もやっぱり感じがいい。なんというか、育ちがいいように思えるのは、彼の中にまだ石油王の面影を見ているせいなんだろうか。 「お腹空いてる?」 「はい、空いてる!」 「じゃぁ、ご飯食べに行こうか」 「うん、行こう行こう」 彼と入ったのはギリシャ料理のお店だった。ギリシャサラダや、薄いお肉のステーキが美味しかったし、話も弾んで彼とは気が合うように感じられた。すぐにお互いに気を遣わずに話せる雰囲気が出来上がった。例えば末っ子同士で話が合う、みたいな、そんな居心地の良さ。 食事が済んでもまだ話し足りないような気がして、近くの大きな公園まで歩いて行ってみることにした。夜の9時ごろで、人気はほとんど無いけれど街灯が明るく灯っている。たくさん話したり、ゴリゴリにくだらない冗談を言って笑ったり、入ってはいけない空気の場所に侵入したり、途中、野良猫を見付けてアタマを撫でてみたり、この時間は久々に楽しいものに思えた。モハメッドは良識ある男性の態度で接してくれ、安心して過ごせたことは確かだ。 だがしかし、彼と会うのはこの時が最初で最後となった。後日チャットでやりとりをしていると、わたしの理解を超えたことが起こり、わたしは電車の中でひとり無言ながらも、顔とスマホを打つ指の震えから激昂していることがバレバレな状態になっていた。周囲の人はきっと恐かっただろう。その時のチャットの内容はこんな感じ。 「もうすぐ仕事が決まりそうだよ」 「すごいじゃん、モハメッド。よかったね、おめでとう!」 「うん、明日までに連絡が来ると思う」 「じゃぁ、そろそろ念願の引っ越しが出来るね」 「そうなんだ、でもまず仕事が決まらないと」 「うん、だけど明日決まりそうなんだよね?」 「いや、まだそういうわけじゃないんだ」 「え?なんだ、そうなの」 「だけど早く引っ越したいんだ」 「そうだよね、仕事、早く決まるといいね」 「いや、仕事が決まる前に引っ越さないと」 「…え?仕事が決まるまで引っ越せないんじゃなかった?」 「違うよ、仕事を探さないと」 「ん?だから仕事を探して、それから引っ越すんでしょ?」 「引っ越しは問題じゃないんだよ」 「あぁ、仕事が優先だよね」 「一度国に帰らなくちゃ」 「えっ?帰るの?すぐ?」 「すぐじゃないよ、お金がないからね」 「そっか、早く帰れるといいね」 「自分の国で仕事を探すよ」 「は?そうなの?日本じゃなくて?」 「だから、日本に仕事を探しに来たんだよ」 「何言ってるんだよ、さっき国で仕事を探すって言ったでしょ」 「言ってないよ」 「え?ちょっと戻って見てごらんよ」 「何を?」 「チャットの上の方を見て」 「何で?」 「自分の国に帰って仕事を探すってあなたが言ってるから見て」 「そんなこと言ってないよ」 「だったら上の方を見てよ、自分ではっきり言ってるんだから」 「何を?」 こんな狂気じみた会話が延々と続いた。わたしはこういう会話がとても嫌いだ。わざわざ堅苦しい言葉を使えば、論理的な整合性を伴わない対話、とでもいうのだろうか。あまりにイラ立って指が震えるので3文字打つと1文字間違えて、余計頭がカーッとしてしまう。もう!もう!なんなんだこの男!アホなんちゃうの!?このスマホはなんなん!?ボロクソ過ぎてちっともまともに打てないよ! モハメッドと実際に会ったときは、あれほど楽しく会話が出来たのに、チャットになるとこういうおかしなやりとりが何度も起きた。どうしてなんだろう。お互いの英語がどうこうというより、何かがずれてしまっているように感じられた。意思疎通が出来ない。 わたしはだんだん彼とチャットするのがイヤになってきた。でも彼は不思議なことにわたしたちの間の奇妙なちぐはぐ会話を気にも留めていないようで、屈託ない様子で話しかけて来てはまたわたしを爆破させた。もうダメだ、ある時わたしは彼に正直に、率直に言った。 「モハメッド、わたしたち、合わないと思う」 「え?なんで?そんなことないよ」 「もう、話すのやめよう」 「そんなこと言わないでよ」 「ごめんね、モハメッド」 「なんで急に?話したくない理由は?」 「わたしたち合わないと思うから」 こんな会話が2回ほどあった後、わたしは彼に返信するのを止めた。このように書くと、彼がドラッグでハイになっていたかのように見えるかも知れないけれど、彼はあくまでも真面目で、そういうモノとは無縁の世界にいたと信じている。 それより彼の性格のせいだったと思うのだ。あまり細かく考えない、あまり深く考えない、あまり真剣に考えない。自分が言ったことなんて、言った瞬間から忘れてしまうんだろうな。よく言えば大らかだ。わたしは意外と几帳面な人間で、小さなことでも間違っていると気になるので、振り回されてキーキーしてしまった。まぁ、合わない人とは合わない。こういうこともあるよね、仕方ないと割り切った。彼は今ごろどうしてるのかなぁ。日本でいい仕事が決まっていますように。 ところで、仕事でもプライベートでもPCやスマホを使うことが多いので、わたしも例外に洩れずめちゃめちゃ肩が凝る。マッサージに通ったり、腕を上げてストレッチとか色々試したけど、いちばん目に見えて効果があったのがプランクという体幹を鍛えるエクササイズだった。両肘を床に着いて身体を真っ直ぐに保つ運動で、普通はお腹を引き締めるのに効果的って人気があるみたいだけど、やっぱり腕も使うので肩周りに筋肉が付いたせいかわたしの肩凝りは劇的に良くなった。最初はたるんとしてきたお腹をどうにかしたくて始めたんだけど、残念ながらお腹の方にはあまり効果は表れなかった。でも、肩凝りに苦しみながら、わたしのようにアプリで婚活を頑張る皆さんには心からおススメする。 さて、モハメッドのお陰で指が震えたし精神的にも疲れたけど、まだまだわたしは懲りない。懲りるどころか、ますますやる気を奮い起こして、ヨリはどんどん次行くよ。 アール(34) 千葉「ヨリさん、あなたと友だちになりたいです」 「アールさん、こんにちは!はい、ぜひお友だちになってください」 彼は日本に数年住んで仕事もしているので、まだ、たどたどしい部分はあるけども日本語で話してくれた。南アフリカ出身の黒人男性で、確か清掃のお仕事をしていたと思う。彼はとても実直で明るい男性というイメージで、もちろんすぐに友だちと言えるほど仲良くなれ、ランチでもしようかということになった。お互いの中間点と考えたのか、埼玉の川口駅で待ち合わせた。 「ここには友だちや従兄弟が住んでいて、よく来ます」 「あぁ、なるほど。そうなんですか」 「すごく美味しいアフリカ料理のレストランがありますよ」 「えぇ、それは行ってみたいです。アフリカの料理って食べたことないかも」 川口の駅前商店街を少し散策すると、確かにアフリカ系の人々が目立つ。へぇ~、川口ってそういう風に変貌して来てるんだ。なんか活気があるなぁ。案内してくれたアフリカ料理レストランは、駅前のややうらびれたデパートの中でひっそりと営業していた。テーブルに着くと他に客はひとりもなく、ゆっくり寛げそうではあった。 「わぁ~、メニューを見てもよく分からないよ。なにがおススメ?」 「そうねぇ、肉は好き?」 「うん、鶏肉と豚肉が特に好き」 彼は前菜の揚げ物と、チキンカレーのようなものを注文してくれた。 「日本の生活はどうですか?もう慣れた?」 「はい、そうね、慣れたよ」 「それはよかった」 「ここは平和でいいね」 「うん、そっか。あなたの国はどうなの?」 「ワタシの国はダメ。危ない。家族殺されて、ワタシおばさんといた」 「えっ、そうだったんだ。大変でしたね…」 「戦争してて仕事ないから、ワタシ日本に来ました」 「うんうん、そうだったんですね」 「ここは安全だし、仕事あるから、ワタシなんでもする」 彼の過去は悲惨で、聞いていて切なかった。それでも日本で頑張って自立しているんだな、と支えてあげたいような気持にさえなった。そして食事は日本人の好みに多少合わせているのか、どれもマイルドでとても美味しかった。 話題も少し明るいものに変わって楽しい食事だったと考えていると、彼がおもむろにウェイターさんを呼んだ。彼と似た肌色の男性がテーブルにやって来ると、彼はきつい口調で母国語を喋った。タイミング的に会計を頼んだのだと分かったけれど、その態度が気になっておや?っと思った。伝票を手に戻って来た男性に対して、またもや明らかに横柄な態度でお金を払い、お礼の言葉は無視していた。 なんか…こういうおっさん、いるな。デートで女性が幻滅する男性の行動の上位に入るやつじゃん、これ。アフリカの文化ではこうなんかなー…。でも、なんかイヤな感じ。モヤモヤしながら店を出て、ごちそうさまとお礼を言うと、彼は元通りニコニコして感じのいいアールに戻っていた。でも…あの軽い衝撃はぬぐえない。一度でもこういうことがあると、わたしはその男性と関係を続けていくのが疎ましく思えてしまう。その一つのことで出来た小さな亀裂が、気にしないようにしても水面下でどんどん広がっていくような気がするのだ。 JR線で途中まで同じ電車で帰ることになった。ドアのすぐ横に立ち他愛もないことを話していたけれど、彼の降りる駅が近づくと彼は急にぎこちなく、落ち着かなくなって、こんなことを言い出した。 「ワタシのアパートに来る?」 …行かない。なんだ、君もやっぱりそういうことか。お友だちになったばっかりなのに。残念、ほんとに。わたしはがっかりした気持ちをなんとか隠して答えた。 「え?いいえ、もう帰ります」 「ワタシのアパート見せたい」 「また、今度ね」 「今日ワタシ時間あるから、料理する」 「わ~、それはぜひ次回、楽しみ」 「ワタシのアパートに来る?」 「いいえ、いいです。また今度」 そんな攻防戦を繰り広げている内に彼が乗り換える駅に着いた。彼は電車を一歩降りたところで、まだわたしを連れて行こうと手首を掴んで駄々をこねている。 「今日、時間あるから、ワタシのアパートでご飯食べる?」 「いえ、今日は用事があるので帰ります」 「そんなに時間かからないよ、すぐ帰って来れるよ」 「千葉だもん、遠いよ」 「遠くないよ、近いよ」 ピリピリピリピーッ。ドアが閉まる寸前にわたしは腕を振りほどいて電車内にがっしりとどまった。閉まるドアのガラス越しに彼が悲しそうな顔をしているのを見ながら、はーっ、危なかった、と大きくため息をつく。今日は純真無垢だと思っていたアールが豹変するのを二度も目撃してしまった。一度目は横柄な豚野郎に、そして二度目はしつこいエロエロゴリラに。まだ友だち以上でも何でもなかったのに。 わたし、思わせぶりな態度なんてしてなかったよね?絶対してなかったのに、アパートまでまんまと付いて来ると思われたのが不思議。というか、わたしが考えすぎか?単に友だちとしてアパートで料理を振る舞ってくれたかったのか…?いやいやいや…あのねっとりとした誘い方は明らかに興奮してたわ。うん、わたしもそこまで鈍くないと思うよ…。 アールとはその後、時おりチャットしつつも、少しずつ距離を置いて離れていった。冷めるどころか、温まってもいなかったわたしの気持ちが離れたがるのはどうしようもなかった。 このマッチング・アプリ婚活の間、わたしは微かな可能性も逃すまいとして、マッチしたほとんど全ての男性と少なくとも一度はチャットしたので、本当に色んな人と接することになった。そんな中、婚活の中盤で立て続けに出会った、わたしをのけ反らせた変態3人について書きたいと思う。まず1人目。初めてのご挨拶などは端折って、話が変な方向へ逸れたあたりから。 変態男その1 アンディ(29) 東京「ボクさ、実はすごく悩んでることがあって…」 彼は中南米出身の、なんとなく頼りなくて母性本能をくすぐるタイプの男性だ。初めてのチャットでお互い簡単に自分のことを話した後で、彼はおもむろにこう切り出した。 「そうなんだ、どうしたの?」 「あのさ、ボクのペニスはすごく大きくてね、今まで付き合ったガールフレンドはみんな痛がってちゃんとSEX出来ないんだよ」 来た~。まじか。でももしかしたら本気で悩んでる可哀そうな好青年かもしれないし…。 「そうなの?それは大変だね」 「それでさ、ボクはどうしても好きな人とSEXしたいから、ヨリとするときにはさ」 え~、やだな~、痛いんでしょ…? 「ボクの友だちは普通サイズなんだけどね、彼と最初にヤって、濡れて準備が出来たらボクとも出来ると思うんだ」 は?はぁぁ?友だちって、そいつどこから出てきたの?なんでそいつとヤらなくちゃなんないのよ? 「そうしてくれないかな?そうすれば痛くないと思うんだ。前の彼女ともそうやってHしてたからさ」 わたしは冷静にこの状況を分析してみる。どう考えても、この友だちとグルか、彼が友だちに利用されてるとしか思えない。ここは彼を無実と仮定して話しを続けてみよう。 「ねぇ、それっておかしいよ、アンディ。あなたはその友だちに利用されてると思うよ。友だちとあなたの彼女がそんなことして平気なの?」 「平気ってわけじゃないけどしょうがないんだよ、ボクのペニスが大きすぎて入らないから。そうだ、写真送るから見てくれる?」 少しして1枚の画像が送られてきた。なっ、なんじゃこりゃ…衝撃だった。今まで見たことも無いような巨大な物体が、鼻から下だけ写っている中南米系と思われる素っ裸の男性の股間からどすこいと言わんばかりにそそり立っている。写真の撮り方とか角度で実物以上に大きく見えているのかもしれないけど、それにしてもこんなものを入れられるなんてマジでムリ。わたしの腕より太いんですけど。赤ん坊の頭以上じゃない?分娩より痛いってこと??それも見ず知らずの友だちとした後でって、なに? この後もひたすらわたしは彼に友だちと縁を切るように説得したけど、今考えるとやっぱり彼らはグルで、2人いっぺんにカモに出来る女性を探していたのに違いなく、チャットは曖昧なまま終わった。 こんな風にバカみたいな話を平気で言ってくる男性がいるんだね、この世界。それにしてもこんなウソに引っかかる女性がいるのかなぁ。あの写真を見せられたらナニの大きさにメロメロになっちゃうとか?たぶんあの画像も作り物で、ただ単にモテない2人の男がヤりたくて必死で考えついたウソだったんだろうな、というのがわたしの分析。なんだかな、気の毒なオトコたちだよ、と思って忘れることにした。 そして変態2人目。彼も早い段階でSEXの話に突入。 ジョー(38) 北海道「ヨリは黒人男性ってどう思う?」 ちなみにジョーはメガネをかけた真面目そうな白人男性。職業は忘れちゃったけど、『大学で教えてます』って感じの堅そうな外見だった。 「黒人男性?えーと、どうかな?ちゃんとお付き合いしたことないし、よく分からないけど」 「彼らはすごいよ。ペニスの大きさもそうだけど、精力が半端ないんだ」 「へ、へーぇ、そうなんだー…」 やっぱりそっちの話か。まぁ、大体そんな噂は誰でも聞いてると思いまーす。 「ボクは彼らのSEXを目の前で見るのが好きなんだ」 「…見るの?その場で?」 「うん、ボクのパートナーと黒人がするのを見ないとボクって興奮できないんだよね」 「えぇぇっ?自分のパートナーと?」 「そう、若くて強そうな黒人をボクがスカウトして来るんだ」 うわ~、変態変態。この人倒錯しちゃってるど変態。 「前の奥さんとはいつもそうしてもらってた。彼女も楽しんでたよ」 「奥さんとも!?」 「うん、別れちゃったけどね。けど今の彼女もしてくれるんだ」 おい、彼女いんのかよ…ってか、そこじゃないよね。離婚した?でしょうね。どひゃー…子犬のように純真なわたしは決して知らなかった世界。それに彼の彼女や元奥さんが日本人ということにもビビる。日本人女性にも大胆な変態がいるんだなぁ。古き良きシャイなジャパニーズガールは一体どこに行っちゃったんだろ? でも考えてみれば、SEXの上での好みというか、嗜好って千差万別で、たぶん誰でも心の奥では多少とも変態的なことを考えてるけど、それを実行に移すかどうかの違いだけなんだろうな。何かちっちゃなきっかけがあるかどうかでね。ひょっとするとAVを観るのが好きな人は多いから、他人と自分のパートナーが目の前でSEXすることを求める系って意外と多いのかもしれないよね?もちろんわたしは見ず知らずの黒人さんとのSEXは愛する人の頼みでもしたくないので、その後の変態メガネからのコンタクトはさらっと無視した。 3人目の変態男は、東京で英会話教室を経営しているイギリス人。アイコンの写真はなかなか渋いイケメンだったけど、毎回Hな話をしたくて堪らない感じの男性だった。ここまで来るとわたしも変態に合わせたトークが出来るようになって来たと自負していた頃。だってさ、男性は大体エッチな話が好きで、変態トークが盛り上がらないと飽きられて、関係が続かないんじゃないかと思ってたんだもん。以下はある日のLINEでのやりとり。 アルフレッド(42) 東京「ヨリ、今日もボクは仕事中に君のことを考えて堅くなっちゃったよ」 「えぇ~♡じゃぁわたし、あなたの秘書になろうかな。仕事中でもオフィスでHなこと出来るよ♡」 「おぉっ♫それはいいね!タイトなスカートにストッキングとヒールを履いてよ」 「もちろん」 「じゃぁさ、ボクのオフィスの机の上で何する?」 「でも、誰かが急に入って来ちゃうかもね」 「そうだね…じゃぁボクの机の下にキミが隠れてさ、BJしてくれるのはどう?」 「いいよ♡でも、そんな状態であなたは仕事できるかなぁ?」 「わお♡最高だよ。むしろ効率が上がっちゃうね。う~ん…また堅くなったよ。それって、毎日やってくれる?」 「ええ~?どうかな~?」 「その後で君を膝に乗せてイカせてあげるからさ」 「わぁ~楽しみ♪」 「ボク、きっと仕事なんかしないで一日中君とSEXしてるね、アハハハ!」 こんな会話をする日が2週間ほど続いた…。今では信じがたいことにわたしはこの時、このSEXトークを経て、いずれは真剣な交際に発展することを信じていたのだ。フフ…。Hな話に対してノリが悪いと恋愛関係に進めないから頑張らねばとまで考えていた。だから毎回、刺激的な会話をするように一生懸命だったけど、アルフレッドは一向に、実際に会おうという素振りを見せなかった。 ある時またいつもの、ややワンパターンになってきたお下劣チャットの途中で、突然返信が来なくなった。わたしは彼を飽きさせてしまったのかと悲しい気持ちで返事を待ったけど、そうやってポツンと独りになって客観的に自分の状況を見てみると、彼の不誠実さやわたしをただ利用しているだけという悲しい現実がイヤでも目について、腹が立ってきた。数日後、彼から「この前はゴメン、LINEがおかしくなっちゃってさ」という白々しい連絡が来たけど、秘書と社長の変態プレイ話に戻るのはもうバカバカしくなって無視した。終わり。 彼らのような変態男たちと出会って学んだことは、チャットで繋がってすぐにSEXの話や変態ネタを始める男は、わたしとは真剣な交際を求めていないということ。まともな付き合いをするどころか会う気もないし、性欲を満たす相手がいないから仕方なく、ネット上で下ネタ話に付き合ってくれる女性を見付けてニヤニヤしながら右手をせっせと動かしてるだけ。左利きなら左手かもね。要するにモテない君だろうし、女性を(少なくともわたしを)大切に思う気がないから、そういうヤツからは一刻も早く逃げ出すに限る。一生懸命に対等な変態になろうと努力していたわたしは何だったの?変態に愛されたかったの?おバカさんだね。 SEXに関することで、変態とまではいかないけれど、ある意味印象に残っている人が1人。彼は日本在住のカナダ系アメリカ人の白人男性(39)で、アメリカ企業の日本支社で働いているビジネスマン。彼はわたしと会うことに積極的で、チャットを始めてわりとすぐに最初のデートをした。 新宿のバーで軽く食事をし、ダーツバーへ移動してワンゲームしたところで、彼が元々言っていたように仕事に戻らなければならなくなり解散。話も弾んで楽しかった。顔はタイプではなかったし、少し口臭が気になった。でもそんなものはわたしだって胃が疲れていたりすればお互い様だし、彼は自分でも言うように高収入で、真面目に働いている様子。Hなことも言わないし、結婚相手としては申し分ないかもという印象だった。 しばらくしてまた会いたいと言われて、渋谷の家電量販店の入り口で待ち合わせて二回目のデートをした。まだ付き合うとも決めてないのだからデートと呼ぶべきじゃないのかもしれないけれど、何はともあれこの日、彼との間に大きな溝を発見することになる。わたしたちは遅めの午後に、カフェでステキなデザートを食べた後、大きな川に沿った、広いわりに車通りの少ない静かな道を並んで歩いていた。そこでどうして話題がそんな方向へ行ったのかは忘れてしまったけど、彼はこんな質問をしてきた。 「もしパートナーがさ、例えば病気でSEX出来なくなったら、どうする?」 「え?う~ん、それはしょうがないでしょ?出来ないのは仕方ない…」 「ボクはそういう場合は外で他の人としてもいいと思う」出た。 「ヤダ、まじで?それってひどいんじゃない?」 「でもパートナーのことを愛してないわけではないんだよ」 「だったら他の人とするべきじゃないでしょ?」 「でもしたくても出来ないんだから」 「そもそもパートナーが病気の時に他の人とSEXしたくならなくない、ふつう?」 「でもさ、逆にボクが病気で出来なくなったとしたら、パートナーには他の人としても構わないって言うよ」 「う~ん。多分これはさ、よく言われる男女のSEX観の違いなんじゃない?ほら、男性は愛がなくても出来るって言うでしょ?」 「そうかな~。パートナーへの愛はある訳だから裏切りにはならないと思うし、男女の違いに関わらずのことだと思うけど」 こんな会話で気まずくなり、わたしは彼にがっかりしてしまって、その後結局、彼とは2度と会わなかった。考えてみると、付き合ったり結婚する前から、『あなたがSEXできなくなったら(またはボクがあなたとのSEXに飽きたら)、ボクは他の人とするけど愛してるんだからいいよね?』と言質を取ろうとしているようでおぞましい。そう考えたら腹が立つ。なんだこの不誠実さ。思いやりの無さ。これって男性からすると普通なの?ものすごく虫のいい考えに思えるのはわたしだけ?愛をなんだと思ってるんだ。こんなヤツ、もう名前も忘れてやったぜ。2回も会ったけど。 不誠実と言えば、もう1人。わたしはある時期ハワイにハマっていて、ハワイ在住の男性だったら遠距離でもちょくちょく会いに行けるし、結婚してハワイに住むことにでもなっちゃったら最高じゃない?などと考えて、ある時アプリの設定を『ハワイ在住の男性』にして検索してみた。 うん、日本人女性ってモテる、本当に。Noと言えない気の弱い日本人なら楽に落とせて遊べると考えている男性もいるかもしれないけど、世界のどこの国でも『奥ゆかしくて気立ての優しい』日本人女性はモテるというのは真実みたい。ハワイも例外ではなくて、すぐに数人の男性とお互いのいいねで繋がって、LINEやメールでの会話が始まった。そうそう、そう言えばLINEやってたのよね、この人も。 アーロン(33) ハワイ島「アロハ!初めまして、キミのえくぼはとっても可愛いね。」 この人、なかなかカッコイイな、と思った。彼はジムの鏡に映る、適度に筋肉がついた上半身のセルフィーをアイコンにしていて、黒髪に焼けた肌だけど派手ではない、落ち着いたイケメン君だった。 「アロハ!初めまして。とてもステキなボディに仕上がってますね」褒め返し。これくらい、男性に言うならエロく聞こえないよね? アーロンは何の仕事をしていたか忘れてしまったけれど、サーフィンが趣味で、でもチャラい感じはなくとても好印象だったことを覚えている。わたしはこの時、恒例のハワイ1人旅の直前だったのでそう伝えると、彼はぜひオアフ島まで会いに行きたいと言ってくれた。わたしはワクワクして旅行を準備しつつ、誠実そうで優しい、でも少しナルシスト気味でトレーニング中の写真をちょくちょく送ってくる彼との会話を続けていた。そう、あんなことで彼の正体がバレるまでは。 あれはFacebookのなせる技なんだろうな。彼に自分のFacebookをぜひ見てくれと言われ、すぐに友だち申請をして繋がった後だった。何気なくわたし自身のFacebookの中身をチェックしていると、『知り合いでは?』みたいな感じで勝手に出てくるアイコン画像の中に、なんとアジア系女性とツーショットのアーロンの写真があるのに気付いてしまった。 そのアイコンをクリックしてアカウントを開くと、彼女はハワイ島在住の日本人で、プロフィールには『夫:アーロン』としっかり書いてあり、現在妊娠6ヶ月と幸せそうに報告していた。なーんだ、そういうことか。妊娠中の奥さんに相手にされないんで、日本から旅行でやって来る女性と後腐れの無い浮気をしようってことか。奥さんと住んでるのはハワイ島だから、オアフ島でなら知り合いに見られる心配も無いしね。 あーぁ、わたしのムダにした時間を返せ、不倫クソ野郎。わたしは彼とオアフで実際に会い、せめて豪勢な食事を奢らせてから『全部知ってるよ、ハゲ』と言って立ち去ってやろうかと考えて一瞬ワクワクしたけど、大好きなハワイ旅行にイヤな思い出のシミが出来るのはなんだか不本意なので、やめた。代りに、次にアーロンから連絡が来たとき、こんなシンプルなメッセージを投げた。 「奥さんと子供と仲良くね」 その後アーロンからは一言もなく、わたしはハワイ旅行に出発。現地でもわたしは全然めげずにまた違うアプリを使って婚活を続けた。イヤな経験は引きずらず、タフに前進し続けるのがアプリ婚活のカギだ。 この新しいマッチング・アプリには、自分が今いる場所から何キロ以内に居る人に絞って検索が出来る機能があって、今ハワイに居る男性とだけマッチングするように設定してみると、すぐ数人とマッチした。ハワイに住んでいる男性ではなくても、ハワイにたまたま来ていたハワイ好きな人なら、結婚後も一緒に来れるしね。当時のわたしは結婚の条件にハワイの要素を盛り込んでいたのだ。そして今回の滞在期間は5泊しかないので、持ち前の行動力を最大限に発揮して積極的に動くことにした。 ポール オアフ島 利用歴2ヶ月「アローハ!元気?ヨリはココが地元?」 バツイチの白人男性(40)。セスナ機のパイロットだそうだ。 「アロハ!お元気ですか?いいえ、今、日本から観光で来ています」 「そっか、いつまで?」 「火曜日に帰るの」 「じゃ、ボクはちょうど明日休みだから、ランチでもどうかな?」 「OK!ぜひ」 アンディ オアフ島 利用歴1年1ヶ月「ハロー!日本人の美人さん。ご機嫌いかが?」 フィリピン系アメリカ人で、シアトル出身の37歳。ハワイでIT系の会社を経営。 「ハロー、アンディ。わたしはハワイに着いてとってもハッピーですよ」 「それはよかったね。ハワイにはどれくらい滞在するの?」 「月曜日まで泊まって、火曜日の朝に帰ります」 「そうなんだ、じゃぁ明日の夜にディナーでもどうかな?」 「もちろん」 「ウェルカムディナーをごちそうするよ」 きゃー♡社長とお食事!もしかして豪華な船上ディナー? 「楽しみにしています。明日の夜ね」 「うん、それじゃまた連絡する」 イーサン オアフ島 利用歴8ヶ月「アロハ!ボクはイーサンです。お元気ですか?」 彼はサーフィン大好きな日焼けした28歳の青年。軍の整備士だそうだ。 「アロハ、イーサン!はい、ハワイを楽しんでますよ」 「それはよかった。今は日本から旅行中なんだね?」 「うん、今日着いたところで、ワクワクしています」 「今日は予定ある?急かな?たまたま今日時間が空いたんだ」 「あー…ううん、大丈夫!まだなにも予定してなかったよ」 「それじゃ、夕方にコーヒーでも飲まない?」 「いいですね!」 「お互いのこと話そうよ」 「ええ、楽しみ!」 実はオアフ島の空港に着いた途端、尋常ではないくらいお腹を下して、何が原因なのか分からなかったので正直、何かを口にすることにめちゃくちゃ不安はあったけど、誘いを断るなんてわたしの選択肢には無かった。あれ以降、お腹は下ってないし、食欲もあるし大丈夫。いっぱい出ちゃったからお腹はぺったんこだし。フヒ♡ 今回、Airbnbで予約した滞在先のアパートメントは、来てみて驚いたことにオーナーの女性が実際に住んでいるワンルームだった。オーナーが実はそこに住んでいて、バスルームもキッチンも全て自分とシェアしなければならないということを隠してAirbnbにワンルームを出すことはとても多いらしい。 わたしはハワイへ1人旅を7回して2度、そういう部屋を借りてしまったけれど、この時のオーナーはマッサージ・サロンに勤める韓国人女性だった。たしか離婚してこのアパートに引っ越したばかりということで、狭いリビングやバスルームに段ボールや荷物などが所狭しと置いてあり、そんな中で彼女と生活しなければならず、それはそれは居心地が悪かった。全然話が違う…またもや気弱なわたしは揉めるのを嫌がって我慢してしまうところだったけど、この後、わたしは超絶ラッキーにもパラダイスのような居心地の良いホテルへ移動できることになるのだった。 イーサンと待ち合わせた時間にスターバックスに着くと、外の丸テーブルに見覚えがあるような無いようなイケメン君が座っているのがすぐ目に入った。写真ではシャイで真面目で中肉中背、どちらかというと地味な男性のように見えたのだけど、実際に会ってみると背が高くガタイもよくて、顔は爽やかでイケてるサーファーそのもの。写真ではサモアの人に見えたけど…日焼けした白人かな…?あれ、ほんとにこの人かな…?と怪しみながらテーブルに近づくと彼が顔を上げてにっこりした。 「ハイ、ヨリ!会えてよかった!」 「ハイ!待たせてごめんなさい」 「ぜんぜん待ってないよ、大丈夫。座ってよ」 「うん、あ、ドリンク買ってくるね」 写真より実物の方が良いという例もあるんだわ…。それにハンサムな見た目とは裏腹にとても気さくで良いヤツそうだ(イケメンはイヤなヤツというわけではないけど)。その後の会話も、お互いに犬好きということで好きな犬種が一緒だったり、盛り上がって胸が躍る楽しさだった。 2時間ほどがあっという間に過ぎると、彼は仕事に戻らなくてはならないということで、次回は彼のよく行く寿司屋さんに行こうと約束して別れた。彼はまだ若くて、すごく実直な青年というところ。それでイケメン。でも、なんなんだろう、この、一緒にいて少し落ち着かない感じ。まだ会ったばかりだから当たり前か。イケメンの若いサーファーなんてちょっとハードル高くて尻込みしてるのかな、わたし。う~ん、よく分からないけど、ま、もう一度会ってみよう。 その翌日はパイロットのポールとのランチだった。午後の早い時間に水族館の前で待ち合わせたのだけど、家族連れや小学生の団体ばかりの中にひとりで立っていた彼は目立ってすぐに分かった。お決まりの挨拶を済ませるとチケットを買って薄暗い入り口から中へ入る。 小さくてビビッドな色をした可愛いお魚たちを見て歩きながら、ポールは冗談を言いっぱなしで、それが本当に可笑しくて、わたしはユーモアのある男性だなと好感を持った。笑わせられたり笑わせたりして、同じことで笑っていられるユーモアの相性は、一緒にいる上でとっても大切なモノだとわたしは思っている。ユーモアのセンスがブラック過ぎて不快だったり、子供っぽくて全然面白くなかったり、独特過ぎて理解できなかったりすると、一緒にいる時間が苦痛になってくる。 たくさん笑うと寿命が延びるって言うくらい、ユーモアってストレスを軽くしたり、相手や自分に対する好ましい感情を膨らませたりもする、幸せな関係に欠かせないものだと思うんだ。それに自分を笑わせようと努力してくれる彼の姿勢も好ましくて、わたしの中でポールの株はどんどん上がっていった。水族館を出る頃には私たちは、とても息の合った可愛らしいカップルのように振る舞っていた。 「お腹空いた?ランチに行こうか」 「うん、すごく楽しくってずっと笑ってたから、お腹ペコペコ」 彼はメイン通りに面した、高級感あふれるという感じではないけどすごくイケてる感じのレストランに連れて行ってくれた。ほとんどの客が外国人観光客で、2階の通りに面したカウンターテーブルから下を行き交う人々を眺めながら食事をするのが人気のようだ。私たちはカウンターテーブルの端になんとか陣取ることが出来て、騒々しい音楽が流れる中でアメリカの南部料理をオーダーし、音楽やたくさんの客の喧騒に邪魔されながらも充分に会話と料理を楽しんだ。 わたしは普段は飲酒をしないので(サチには飲まされる)、こういう席でも遠慮なくジュースや水を飲む。彼はたしかビールを飲んでいたと思うけど、個人の意思や意見を尊重するアメリカなので、もちろんアルコールを断るわたしを空気を読まない女性だなんて責めたりイヤな顔をしたりしない。こういうことはわたしが海外の男性との婚活を進める上でとてもラクだった点だと思う。日本人男性が相手だと、文化や風習や常識なんかをやたらと気にして、ムリをして疲れてしまうこともあるので…。 彼はバツイチで、元奥さんと2人の娘さんはハワイ島に住んでいるとのことだった。離婚後に彼は1人でオアフ島へ引っ越し、チャーター便などを操縦して暮らしている。キレイな奥さんと娘さんの笑顔の写真を見せてくれた。彼はだいぶ傷付いている印象で、その寂しさを埋めるために新しいパートナーを探そうと必死なのかもしれないなと感じてしまった。 こんなに面白くて理性的で、恐らく稼ぎも良い人が、どういう理由で離婚することになったんだろう。まだそんな質問を出来る段階ではなかったので聞かなかったけれど、以前のパートナーと別れた理由って、婚活においてとても重大な要素の一つじゃないかと思う。彼の浮気だとしたら、自動的に彼とは『ナシ』になるし(わたしは浮気を容認できない女)、元奥さんの浮気だったら自分の誠実さをきちんと示してあげなくてはと、その点に特に気を使ってあげることが出来るし、何かほかに重大な事情があったのであれば、自分たちはそうならないようにしようとお互いに努力することが出来るとわたしは考えている。 食事が終わると、彼は海岸を歩こうとわたしを誘って、以前この海岸沿いの舗道を端から端まで歩いたことがあると得意げに言った。ところが、この散歩がこの日のふたりのムードをがらりと変えることになった。初めは歩きながら会話がポツポツと続いていたのだけど、20分ほど歩いた辺りからお互いに全く無言になった。 季節は冬でも午後の日差しは熱くて砂の上は汗ばむくらいの気温だった。わたしはこの居心地の悪い無音の状況をどうしたもんかと考えて、でもやっぱりむこうが黙っている空気はずっしり重くて話し掛けづらいし、少し前を黙々と歩くポールの後ろを淡々と歩き続けた。 途中、ホテルのビーチバーで休憩ということで、パラソルの下に座って冷たいドリンクを飲む間も、あまり会話もせず目も合わせることも無いままにまた歩き始めた。遂に舗道の端に辿り着くとすぐにわたしをホテルまで送るということになった。送ると言っても舗道と並行した車通りをひたすら歩いて戻ったのだけれど、やっぱり言葉を交わしたのは数回で、水族館の盛り上がりが嘘のようにぎくしゃくしていた。結果を言えば、アパートメントの前でサヨナラを言った姿が彼を見た最後になった。 翌日、彼から長めのメッセージが届き、要約すると『昨日は楽しかった、ありがとう。キミはとてもチャーミングだし、素晴らしい女性だ。でもボクたちは上手くいきそうもない。残念だけど、キミの今後の幸せを願ってるよ』という内容だった。わたしの中でもすっかり盛り下がっていたので、『昨日はどうもありがとう。そうですね、わたしもそう思います。あなたのこれからの人生に幸運を!』という返事を出して終わりにした。 何がいけなかったんだろう?どこでどうなってこうなったの??と、軽くパニックになって穴でも掘り出しかねない状況だったけど、ここは落ち着いて良い方に考えることにした。傷付いて落ち込んでる時間は、わたしには無いのだ。真実はさっぱり分からないけれど、次のような都合の良い分析を図々しく提示することにした。 モクモクと砂の上を歩くうちに、彼の中でわたしを笑わせるジョークのネタが尽きてしまい、焦って他に何も話すことが思い付かないまますっかり自信を失った彼は、最後まで挽回できないままお別れとなった。そして退屈したわたしにきっと振られると考えたけれど、プライドの高い彼は先手を打って、自分から断りのメッセージを送ってきたのだ。 うん、そんなとこでしょ、間違いなく。正直言うと、彼のルックスは全くタイプじゃなかったし、前の奥さんに未練たらたらな感じだったし、全然オッケー。惜しいと言えばパイロットという職業くらいかな。テへ。 『わたし、なにか悪いこと言っちゃったかな』なんて、うじうじ考えて自分を責めても仕方ないので、あっさりと前を向くことにした。独りで考えてもほんとのところは解らないしね。自分の至らなかったところが解れば反省して改善したりするべきなんだろうけど、相手によってOKとかNGなことって全然違うし。わたしを受け入れてくれる人を見付けるからいいもん。それにこういうことって、実はすごくなんてことない、つまんない理由だったりするもんだ。何はともあれもう済んでしまったことだもんね。よし、次だ。 次は会社経営者のアンディとのディナー。一旦ホテルでシャワーを浴び、着替えと化粧を軽くして出掛ける。いったいどんなとこに連れてってくれるのかな♫ 期待に胸を膨らませてアパートメントからすぐの動物園の駐車場で待っていると、遙か後ろの方から声を掛けられた。 「ヨーリー!」 振り向くと、アジア系の男性が停めた車から近付いてくる。もう暗いので車も彼もよく見えないけど、ほがらかに笑っているのが分かる。 「ハーイ!」わたしも笑顔で挨拶をした。それにしてもアメリカ人男性は、相手が自分を待っていても決して走らない。悠々と歩いて近付いてくる。この時間、気まずくないのかな…。ま、別にいいけど。 「会えてうれしいよ、ヨリ」 「ほんとね、初めまして、アンディ」 わたしたちは軽くハグをして、『じゃ、こっち』と言ってアンディは繁華街と逆の方向へ歩き出した。あれ?こっち?洒落たレストランがあるとしたらあっちの方だと思うけど。 しばらく歩いて辿り着いたのは、屋台店というのか、フードコートの『一軒だけバージョン』的なお店。ま、まぁ、たしかこのお店は『地球の歩き方』にもローカルフードの美味しい店として載ってたし、本当のお金持ちは高級レストランよりも、安くて本当に美味しい店で食べるのを好んじゃったりするんじゃない?きっと。 小さなウインドウにいるお姉さんに料理を注文して、出来上がったものをセルフサービスでテーブルへ運ぶ。そして向かい合ってにこやかに食べ始めた。うん、サラダは量がたっぷりで白身魚のフライも評判通りとても美味しい。そして彼との会話はいたって普通。いや、良い意味で。変に盛り上がりすぎることもなく気まずい沈黙もないってところ。初めての会話ってお互いのことを話すのに忙しくって、そんなもんだよね。 「今、アンディはお仕事、忙しい?」 「うん、そうだね。すごく忙しい方だね」 「ITの会社っていうことだけど、どんなことをするの?」 「ボクとしてはクライアントのHPのデザインが主な仕事かな」 「そうなんだ、それじゃこの時代、すごく忙しいでしょうね」 彼は会話にHな内容は一切挟まず、下心など微塵もない様子だった。まぁ言ってみればいわゆるジェントルマン。その日の食事はお互いの仕事の話などをして、自己紹介デートということで終わった。ただ、会話の途中でわたしが滞在中のアパートメントの悲惨な状況を話すと、彼は会社の社長さんらしいステキな提案をしてくれたのだ。 「えっ、それはひどいね。そうだ、よかったらボクのクライアントのホテルに部屋を取ってあげるから、そこに移りなよ。せっかくの休暇なのに、そんなんじゃ楽しめないでしょ?」 神様かよ!最高!助かる~!プライバシーなんてゼロだし、しかもモノが溢れかえるあの部屋に泊まりたくない一心で、わたしは感謝の涙と鼻水にむせびながら彼の提案に飛び付いた。そんなに大きな借りを作って大丈夫か?という心の声は完全に無視したけど、きっと人が客観的にこの状況を見たら、『うわ~、この女まんまと罠にはまってる』って、ぞっとしたかもしれない。 でもこの時のわたしは、アンディの親切さとそんな彼に出会えた自分のラッキーさに感謝しまくっていた。最終的には、この贈り物は単にラッキーな出来事となるんだけど、もしアンディーじゃなくて悪い男性だったら酷い目に遭ったりしてたかもしれないから、軽はずみに飛びつくべきじゃなかったかもと反省したけどね。 翌日の朝にはさっそくAirbnbに連絡をして残りの滞在をキャンセルし、1人でホクホクしながらスーツケースを転がし大きめのバッグを担いで、アンディが用意してくれたホテルへ移動する。アパートメントから歩いて行けちゃったくらい近くの、ハワイでは中堅クラスの小綺麗なホテルで、白い内装の部屋は独りで泊まるにはもったいないくらい広くて清潔だった。 荷物を片付けるとすぐにアンディから連絡があって、部屋が大丈夫かちゃんと確認したいと言うので、その夜にわたしの部屋で会う約束をする。なんとディナーを買ってきてくれるというのだ。どこまでも親切な人だなぁとわたしはほとほと感動して、男性を部屋へ入れるということにも何の抵抗も感じず、彼が取ってくれた部屋なんだから当然だろうとさえ考えていた。 これもまた結果的には問題なかったということに終わるんだけど、さすがに我ながら不用心だったよな、と思う。だって、部屋にあまりよく知らない男性とふたりっきりになるだなんて、なにか下手な言い訳を駆使してでも避けるべきだったよね。観光客女子がハワイで浮かれてやらかしちゃうのって、こんな風に起こるのかもな…。 その日は予定していた観光やショッピングを楽しみ、夕方には快適なホテルに戻ってアンディが来るのを待つ。いったいどんなディナーを用意してくれるんだろ?あの有名なステーキ店のぶ厚いステーキとか?それともシーフードが絶品と言われてるあのイタリアン・レストランのパスタとか?妄想でめちゃくちゃお腹を空かせていると、約束していた6時より少し遅れてドアにノックの音がしたので、血に飢えたチーターのようにドアに飛び掛かった。 「ハ~イ、ヨリ。元気?部屋はどう?気に入った?」 「もう、何もかも完璧、本当にどうもありがとう」 空腹を顔には微塵も出さずに余裕の笑顔で答えて、部屋にあった丸テーブルと椅子にくつろいで腰掛ける。 「今日、ヨリは何してたの?」 「今更だけどカメカメハ大王の像を見て、その後はアラモアナでショッピングして来たの。楽しかった!」 「それはよかったね。お腹空いてるんじゃない?」 「うん、少しだけお腹空いちゃった」テヘペロ。ゲロゲロに飢えてます。 彼はさっきテーブルに置いた茶色の紙袋の中から、テイクアウト用の発泡スチロール製の箱を2つ出してテーブルに置いた。『ジャジャ~ン!』とフタを開けると、ハンバーガーとポテト。そう、それはハンバーガーとポテト。一瞬ひるんだわたしは、『いえいえ、これはきっとハワイの美味しいハンバーガー屋さんベスト5に入る店のスペシャルバーガーに違いない』と急いで自分に言い聞かせた。なんたって社長さんだもん、本当に美味しいお店を知ってるに違いない。 「来る途中でさ、このホテルのすぐ近くにハンバーガーショップがあったから買ってみたよ。もうあの店行ったかな?」 「あ…ああー、あそこね!うんん、まだ行ってない。う、うれしい、ありがとう♫」 あのお店がベスト5に入っているかは知らない、いや知りたくもないけど、うん、普通に美味しかったです、マックと同じくらい美味しい。量だけは半端なくてさすがの大食い女王と呼ばれるわたしも少し残してしまった。食べ終わって、なんてことない会話を交わしたあと、翌日にフルーツのもぎ放題に連れて行ってくれると約束して、社長さんは帰って行きました。 ふたりきりでも変な雰囲気になることもなかったし、あぁ、なんて良い人でしょう。そうよ、期待したディナーがハンバーガーだったからって、がっかりしたり彼の点数を下げたりしちゃいけないよね。気取った店で美味しくないフレンチを食べるよりよっぽどマシだっつーの。 翌日も朝は目覚ましもかけないでゆっくり起きて、ホテルのバルコニーで昨日食べきれなかったハンバーガーとポテトを食べる。そっか、朝食の内容はさておき、ハワイのバケーションって、ちゃんとしたホテルに泊まって優雅に過ごしてこそ至福の非日常なんだなぁ。ありがたい、改めてありがとう、アンディ。 わたしはのんびり海岸を散歩したり写真を撮ったりして午前中を過ごして、軽い昼食を済ますとお洒落をして、フルーツもぎ放題のためにアンディと待ち合わせた映画館の前へ向かった。正直、彼はすごく良い人だと思うけど、まだときめきは感じない。これから何度か会ううちに気持ちが盛り上がってきたりするのかな。 映画館の前は時間的にまだ早いせいか、人通りもあまり多くない。空は晴れていて風が夢のように気持ちいい。人がハワイにハマってしまうのって、わたしはこの空気のせいだと思うなぁ。さーて、今日は何のフルーツを食べられるのかな。マンゴーとかパイナップルとか、バナナ、パパイヤ… …おかしいな。待ち合わせの時間を20分も過ぎてるんだけど、来ない。時間、ひょっとしてわたしが間違えたかな。前回のハワイ旅では用意していたポータブルWi-Fiを今回は用意していなかったので、ホテルやショッピングモールなどフリーWi-Fiが使えるところ以外では連絡が出来ない。 しまった~。とヤキモキしているところに、かなりおんぼろな、日本では見たこともないような古い日産車がよちよちとやって来て、わたしの目の前で停まる。だ、誰よ?人の真ん前で失礼だな、と運転席を見ると『IT会社社長』のアンディが笑顔で手を振っている。BMWでもメルセデスでもアウディでもない。ま、まあまあまあ、人をクルマとか家とか所有物で判断するものじゃないわ。しかも彼は物をとても大切にするタイプだってことね。素晴らしいじゃない? そして車から降りることもなくアンディは『乗って~』と叫び、わたしは自分でおんぼろ車のべこべこなドアを開けて乗り込んだ。明らかに以前、こちら側を事故っていてドアはかなり広範囲に潰れていた。そして車内はモノがごちゃごちゃして埃っぽく、当たり前のようにベトベトしている。 ちょっと引いてしまったわたしにお構いなくクルマは走り出したけど、こんなにも遅れてやってきたのだから相当な謝罪と言い訳が繰り広げられるだろうとわたしは予想していたら、彼は全て順調、ノープロブレムといった態度で、『元気?』などと聞いてくる。わたしは笑顔で答えたけれど、あれ、この人、ちょっとおかしいなと感じ始めた。アメリカ人は簡単にSorryを言わないってことを加味しても、やっぱりおかしくない?あなた、わたしを30分近く待たせたんですよ~。ひょっとして、ホテル代払ってやってんだからそれくらいはいいでしょ的な? ま、確かにホテルを用意してもらって、ささやかながら食事を2度もごちそうしてもらい、本日もお仕事お忙しい中、ボロボロの営業用車でやって来てくださったんですから。きっとハワイの人は時間なんて大して気にしないんだね。そうよ~、ヨリったら、カッカしちゃって日本人丸出しよ~。ここは機嫌良く楽しもう。そうそう、フルーツのもぎ放題だなんて、めちゃめちゃ楽しい!! そしてクルマはオアフ島の中心部を離れて北へ向かい、山の中のカーブの道を進んだ。いかにもフルーツ農園がありそうな雰囲気になってきたところで、それらしい場所へ乗り入れる。大きな看板をよく見ると『マカダミアナッツ農園』と書いてある。あれ、フルーツじゃないんだ。ま、ハワイのお土産といえばマカダミアナッツだってくらいだし、大好きだからいいけどね。食べ放題だなんて、100個はイケちゃうんじゃない? アンディはさっさと車を降りて大きなログハウスへ向かって行くので、わたしも急いで後を追う。入ってすぐ目の前に、横長の木箱が見えた。彼は真っ直ぐそこへ歩み寄ると、中に手を入れて何かしている。わたしが近付くと彼は言った。 「これ、ここで採れたマカダミアナッツ。1個まで無料で食べて良いみたいだから食べなよ!殻はこうやって剥くんだよ」 んきゃーっ1個まで無料だなんて!?でかしたアンディ!よくぞわたしをここへ連れてきてくれました。わたしはもちろん満面の笑顔でピカピカに磨いてきた爪を傷つけながら固い殻を剥き、新鮮なのか新鮮じゃないのかよく分からないマカダミアナッツをひとつ噛み砕いて、でも実はこの後にサプライズが隠れているんでしょ?と期待しながら、彼と同じように周囲に陳列されたマカダミアナッツを使ったお土産製品たちを見ているフリをして待った。 うっすら予想していた通り、ほんの5、6分するとアンディが「じゃ、行こうか」と言って外へ歩き出した。え、ここ、やっぱりこれだけなの?あ、そうか。フルーツのもぎ放題に行く前に、ナッツの農園なんかもあるよ、ってことでわざわざ寄ってくれたんだ。なんて親切~、すいませんね~、ほんとゴリゴリの観光客で。わたしは彼の親切心をありがたく噛みしめながら車に戻り、車内では期待が裏切られる不安を拭い去るように一生懸命に会話を盛り上げた。 しばらく走ると車は海岸沿いに出て、一見なにもない砂浜で停まった。ドアを開けて清々しい空気に触れると、アンディは『あれがチャイナマンズ・ハットだよ』と沖の方を指さして教えてくれた。おお、それ、聞いたことあるわ。なるほど~、あの岩、ほんとに帽子をかぶった人みたいに見える。1度も実際に見たことなかったわ~、ありがとう、アンディ。じゃ、行こうか。フルーツ農園はこの先? うん、そうそう、こうなるとは思ったけどね。そのまま彼はクルマを走らせてせっせと市街へ戻り、ついに今日の晩飯(ばんめしって…ぷっ)はWhole Foodsというスーパーで、セルフサービスの総菜を持ち帰ってわたしのホテルの部屋で食べるという事態になった。屋台レストランから始まってハンバーガー、ナッツ一粒そしてスーパーの総菜。もはや結婚して20年目の夫婦のやっつけ食事。でも、でもでも、ぜんぶ彼がお金を払ってくださるんだから、もちろん文句なんて言う気はありません。ですが正直、わたくしは惨めな気持ちでスーパーのレジに並び、あっけにとられたままホテルへ到着。 もうここまで来ると、ハワイで鈍感になっているわたしのケチ男センサーもさすがに騒ぎ出しそうだけど、それを押し留めてた理由は、彼が決して安くはないだろうこのホテルの部屋を用意して支払いまでしてくれたこと。ケチな人だったらそんなことなかなかしてくれないよね?それとも仕事上の繋がりで部屋代98%オフのクーポンでももらってたんだろか? それにこれは後で思い当たったことだけど、彼が外食をしたがらなかったのは、何度もホテルのわたしの部屋へ来てチャンスを狙っていたのかもしれない。だけど彼は毎回、何もせず良い子で家へ帰って行った。そんな下心に全く気付きもしない無垢な天使のようなわたしの様子に、いま一歩踏み込めなかったのだろうか。なぜか彼に関しては、そんなことを企んでいるとは思えなかったのだ。これってもしかすると、『彼には恋愛感情を持てない』という潜在意識が、そういう想像を拒否していたのかも。今思うと危険だなぁ、気のない相手に警戒しないなんて。 アンディはシアトルにご両親がいて、その郊外に彼自身の家を持っていると言って写真を見せてくれた。それはそれは豪華な、別荘のカタログに載っていそうな洒落た家具の揃ったセレブ的な一軒家で、その家を短期滞在や写真撮影などに貸し出しているそうだ。でも彼自身が今住んでいるハワイの家については、場所も教えてくれない、連れて行ってもくれない、写真は1度だけ『窓から虹が見えるよ』と連絡をくれた時の窓枠だけが写ったモノだった。それらのことを後になって考えると、彼は実は結婚していた可能性もある。 とにかくその翌日は彼のランチタイムに、会社の近くにある行きつけのフィリピンレストランで落ち合って、一緒にランチを食べようという約束だった。わたしはハワイにいる間は、清々しい風に吹かれてなるべくたくさん歩こうと決めていたので、その日もホテルを早めに出て歩いて向かった。始めは景色を楽しみながら悠々と歩いていたけれど、歩いても歩いてもなかなか辿り着かない。約束の12時が迫ってきたので何か交通手段をと思ったけど、どのバスに乗ればいいのかさっぱり分からないし、海外でのタクシーは恐いし、掴まえようにも全然通らない。 焦って早足になったけど、ネットが繋がらないので彼に連絡も出来ないまま、12時半に汗だくになってやっと目的のお店に着いた。わぁ~、やっちゃった。ごめんなさい…狭い店内を見回しても彼はいない。帰っちゃったか…どこかWi-fiが使える店で連絡して謝らなくちゃと思い急いで周囲を探すと、雑誌で見て前から行きたかったアジアン・フュージョン料理のお店が!さっそくいそいそとドアを開けて入る。わお♫いかにも流行りのお店という小洒落た雰囲気で、テンションが上がる。あ、いかんいかん。謝りのメッセージを…Wi-fiのパスワードを訊いてアンディに遅れたことを謝るメッセージを送る。 しばらくしても返事は来ない。怒ってるよね。ごめんね。とは言え、店で一番人気のランチメニューだと教えてもらったスペアリブ入りのフォーを堪能して、写真はもちろんインスタにアップした。あ、いや、悪かったとは思ってます。反省してます。心の中ではおでこがテーブルにぶち当たってます。 このことがあってから、アンディとは帰国日まで会うことはなかった。すっぽかされてわたしのことが嫌いになったか、わたしに気が無いと考えて諦めたのか、たまたま仕事が忙しくて時間が取れなくなってしまったのかは分からないけれど、でも、正直、こうなってよかったんだと思う。旅行から帰って彼のことをサチに話したとき、彼女は全く疑う余地もなくこう言った。 「ちょっとヨリ、起きてますか~?それ、社長なんて大ウソだよ!!!社長がそんなボロ車に乗ってるわけないし、やってること全部お金ナシ男じゃん!」 お、オカネナシオ?たしかに、そう言われてみれば、そうかも。マッチング・アプリで『ボクは社長です』ってウソをつく人がいても不思議じゃないわ。ひゃー、なんでわたし、気付かなかったんだろ?まったく恋になんか発展してなかったけど、これも恋は盲目ってやつの仕業なのか?単にわたしは鈍いのか?言われればシアトルに所有してるっていう邸宅の写真も、なんかのカタログ丸出しだったもんなぁ。でもそれにしては、高いホテル代を気前よく払ってくれたよね? ん~、ホントのところは、あんまり飾らない、またはあんまり儲かってない本物の社長だったのかもしれないけど、ま、彼とはこれで終わりでいっかな、と思う。ウソつきかどうかは置いといたとしても、ときめきを感じないっていうのは、相性が合わないってことだったんだろうな。待ち合わせに遅れても謝らないとか、フルーツもぎ放題のはずがナッツ1粒とか、逆にわたしが遅れると待っててくれないとか、小さなことが積み重なってみると、やっぱり『信頼』に繋がらなかった。でもホテルのことは心から感謝しています。どうもありがとう、さようなら、アンディ。 この旅行でもう1人、アプリでマッチして『会いましょう』となった男性がいた。彼はロン毛の、割とモテそうな顔をしたチャラい外見の男性で、わたしのタイプとはかけ離れた彼とでも会おうとしたという事実に、わたしの藁をも掴もうとする必死な姿勢が現れている。ところが、案の定、彼は薄っぺらな態度でわたしをただ平手打ちして去って行ったのだ。 ワイキキから少し離れたカハラという町に住んでいたこのチャラ男は、カハラで会おうよと提案してきたのでわたしは一度は了承したものの、その後、時間の都合でやっぱりワイキキで会えないかなと提案すると、向こうも一旦は快諾したと見せかけて、すぐにわたしのアカウントをブロックした。へぇぇ??なにそれ??本気じゃなかった感がすごいんだけどー。面倒くせーなって声が聞こえてくるんだけどー。プライドの高さがエグいんだけどー。それにしてもむしろ会えなくてラッキーだったよ、あんた。これ以上の時間と労力をキミのために無駄にしなくてよかった、負け犬が遠吠えしてるみたいに聞こえるだろうけど。 それからサーファーのイーサンとはどうなったかというと、彼は後日また連絡をくれて、わたしの帰国前日の夜に約束のお寿司屋さんデートに誘ってくれた。夕方に彼のSUVでホテルまで迎えに来てくれる。 「ハイ、イーサン。連絡ありがとう。元気だった?」 「ああ、もう明日帰っちゃうなんて残念だね」 「うん、でも今回の旅行はすごく楽しかった」 なんだかイーサンとは緊張するというか、自分がどう見えるか、どう思われるかを気にし過ぎてしまう。わたしって、イケメンが好きだと思っていたけど、実は苦手なのかもしれない。というか、正直、こんなイケメンサーファーに面と向かってしまうと、自分の自信がシュルルルとしぼんでしまうのだ。これって、彼とはダメってことなの?慣れてないだけ?もっと長く一緒に時間を過ごせば慣れて自信は湧いてくるの? 彼がよく行くという回転寿司屋さんはローカルに人気のお店で、明るく楽しい雰囲気だった。わたしは彼のことが気になってあまり食べられないまま店を出たけど、お互いにまだ名残惜しい雰囲気だったので、お寿司をごちそうしてくれたお礼にアイスクリームをどう?と誘った。彼は喜んで、ワイキキで人気のアイスクリーム・ショップまでクルマで向かってくれた。パーキングがいっぱいで停められなかったので、わたしは彼の好きなフレーバーを確認すると1人で車を降りた。と、店に入る直前で彼がクルマの窓からわたしに向かって大声で叫んだ。 「スタンプカードもらってきてー!!」 これって、もちろんアメリカの人ってクーポンとか全然恥ずかしがらないで使うって聞いてたし、わたしはそういうの合理的で素晴らしいと思っているということを抜きで考えても、可愛い。ぷぷ。日に焼けた若いハンサムなお兄ちゃんがアイスクリームを買うたびにスタンプ押してもらうんだって、微笑ましいったらないよね。でも、自分の人間性を疑うから認めたくないけど、彼が若くてかっこいい男性じゃなかったらまったく違う感情(ケチくせーとか、ダセーとか)を抱いたかも…ま、いっか。わたしも人間だもの。 子供や家族連れでごった返している店でなんとか2人分のアイスクリームを買って、クルマで待っていたイーサンのところに戻った。すぐ近くの海が見える場所に移動して、アイスクリームを食べる間、車内という密室でわたしはアホみたいに緊張していた。もしお互いに本当に惹かれていたらこの場面で何かあったんだろうなと思うけれど、何も起こらなかった。何か期待してるなんて図々しい女だと思われるんじゃないかっておばさん的な気を回して、沈黙とロマンティックな空気を避けるように、どうでもいい質問ばかりし続けたせいもあったかもしれない。とにかくわたしはイケメン過ぎる彼に対して、自分に自信を持てなかったのだ。 アイスクリームを食べ終わると彼はホテルの前まで送ってくれ、わたしは『お別れのキスなんて図々しく待ってませんから』とまた余計なことを考えて、手早く挨拶と握手を交わして逃げるように車高の高いSUVから飛び降りた。その後はお互いに1度だけメッセージを送って、またハワイに来るときには会いましょうという約束をしたけれど、その後はお互いに一度も連絡をしないまま終わった。 イーサンがわたしにどういう感情をもったかは分からないけど、もしわたしがもっと自分に自信をもって、勇気を出して彼に気持ちを向けて行動していたら、2人の間にひょっとすると何かが生まれたのかもしれないなと今でも思う。彼はすごく感じがよかったし、アプリでわたしとマッチして2度も会ったということは、イケイケの若いブロンドがタイプということでもなく、わたしに興味を持ってくれていたはず。わたしがひとりで及び腰になって終わりにしてしまったようなものだ。傷つくのを恐れてばかりで、彼にまったく心を開けなかったのは本当に申し訳なかったと思う。 アメリカ人は『とにかく早く大人として認められたい』という気持ちで小さな頃から育つそうだから、相手に子供に見られるということに敏感で、イーサンはもしかすると、わたしという年上の女性に自分は若すぎて相手にされなかったと感じてしまったのかもしれない。わたしが避けるような素振りをしてたから。だからその後なにも発展しなかったのかもしれないなぁ。 とはいえ、そんなこんなもみんな、わたしの超ポジティブ分析だけどね。そうです、これが大事なんです。わたしが至らない女で、彼が魅力を感じなかったとは絶対に考えないのです。たとえ事実はそうだったとしても、人の好みは色々なんだから気にすることないんだけど、イーサンはとてもステキな好青年だったから、彼に気に入られなかったとは認めたくないのだ。なにはともあれ、続かなかったということはイーサンとは縁がなかったということで納得するのです。美人は3日で飽きる。イケメンも。よし。 そうそう、先にも触れたように、アンディやイーサンのことなどを話したくてハワイ帰国後にサチに会った時のこと。待ち合わせてお土産を渡して、チェーンのイタリアン・レストランに入った。 「そんでそんでー?ハワイ婚活どうだった~?」 わたしはポール、アンディ、イーサンのことなどを詳しく話して聞かせて、サチはそれなりに良いアドバイスやら感想やらを聞かせてくれた。やっぱり自分の体験とそれに伴う感情とかって、誰かにありのままを話すと整理整頓されてとってもいい感じだ。アンディの実は社長じゃない説だって自分では全く思いつかなかったし、他の人の目線って、自分の視野を広げてくれたり、サポートしてくれたり、すごく頼りになる。 「サチはその後どう?色々あった?」 「あ、そう言えばさ、あのヨガで知り合った友だちいたじゃん」 「あ~、うん、あのお酒に強い女の人?」 「そう、あの人もね、けっこうハワイ好きで、それもハワイに移住したいとまで言っててね」 「そうなんだ!会ってみたいな、話が合いそう♡」 ここでウェイターさんがデザートのオーダーを聞きに来てくれ、サチはモンブラン、わたしはボリューム重視のバナナ&チョコレート・パンケーキを注文する。まだハワイ・モードが抜けていない。 「それでさ、その人、大島さんっていうんだけど、やっぱり結婚考えてて、ハワイに住んでる男性だけを紹介してくれる結婚相談所に入会したんだって」 「え~??そんなのあるんだ」 「そう。それで大島さんはスタンダードコースのいちばんお安いコースに申し込んだら、ひどかったらしいよ」 「なに?どうひどいの?」 「まずこれはコースに関わらずのことだろうけど、プロフィールの書き方をすっごい指示してくるんだって」 「どういうこと?プロフィールって自分で好きなように書くもんじゃないの?」 「なんかね、外国人が持ってる日本人女性のイメージに合うようなことを書いてくださいって言われるんだって。例えば、結婚したら家庭に入って子供を育てたい、とか、いいお母さんになりたいみたいな?」 「あ~ぁ、なるほどねー。なんかエグイね」 「あと笑っちゃうのが、写真の撮り方までうるさくて、1回自分で撮ったセルフィーを提出したらダメですって返されて、着物を着て髪をアップにして化粧はナチュラルにとか言われたらしいよ」 「わ~、なにそれ。めんどくさいし、そんなプロフィール、まるまるウソじゃん」 「だよね~。その上、紹介してくれた男性はものすごい年上で見た目が『生理的にムリ』系で、断ったら、その後は誰も紹介してくれなかったんだって」 「ほんとひどいね…いちばんお安いコースって言っても、それなりの金額払ったんでしょ?」 「そうだと思うよ。けっこう有名な相談所らしいんだけど」 その後ネットで調べてみたら、ハワイ在住の男性を紹介してくれる日本人女性向けの結婚相談所というのはいくつかあるらしくて、(逆に日本在住の女性を紹介してくれるそういう団体はもっとたくさん世界中にあるらしい)、わたしが数年前にハワイへ初めて独りで旅行した時に、オプショナル・ツアーで乗っていた船の上でたまたま出会った同世代の日本人女性は、ある時久しぶりにLINEで連絡してみると、まさにそういうサービスを利用して出会ったハワイの男性とスピード結婚して、すでにオアフ島に移住していた。ビックリ仰天した。 聞いてみると旦那さんはとても穏やかで良い人らしいし、ハワイで仲良く幸せに暮らしているそうだ。ちゃんとした結婚相談所に当たればそういうハッピーな結果に繋がることもあるんだなぁとつくづく思った。 例えば仕事が忙しすぎて婚活に割く時間も労力もないとか、手っ取り早く結果を出したいという人は、口コミとか評判を見て慎重に選んだ末に相談所に登録するのも有効な婚活の一つの手に違いない。わたしもそういうサービスのセールス電話を受けた時に利用を考えたことはあるんだけど、やっぱり有料アプリを使わなかった理由と同じことが当てはまるのと、信頼できる結婚相談所を探すのが面倒に思えたし、それに結婚相手のチョイスを人に任せてしまうような気がして踏み切れなかった。 ま、当たり前だけど、人それぞれの理由やタイミングがあるし、要はどんな方法でも、結果的に一緒にいて幸せになれる相手を見付けられればいいんだと思う。肝心なのは動くことなんだ。 そして実は、わたしの運命の出会いがあったのは、5回目のハワイ一人旅だった。この頃までにわたしはいくつものマッチングアプリを試していて、たしかこの時は3種類くらいを並行して利用していたと思う。その中の1つがアメリカの出会い系アプリ『Tinder』で、実はこのアプリは、『遊びの相手』を探すのに使う人が圧倒的に多いと言われていることをわたしは後々知ることになる。 でも当時はそんなこととは疑いもせず、『利用者数がダントツで多いアプリ?へぇ、いいじゃん』というノリで使い始めた。このハワイ旅行中にダウンロードして、範囲をハワイ内に限って使い始めると、10人以上からすぐにいいねの反応があり、その中の1人が彼だった。 カナダ人の彼がそのアプリにアップしていた画像はどれも正直、あまりぱっとしていなかったけれど、優しそうで茶目っ気があり、割れた腹筋やぼこぼこの上腕二頭筋を見せつけてくるジム中毒のナルシストたちに飽き飽きしていたわたしは、迷わずいいねをタップしてその場でマッチした。 ヒュー・ジャックマン様(全然クマちゃんタイプじゃないけど好き♡)と同じで、彼の名前はヒュー。彼は友人と3人でハワイに来ていて、アプリでわたしから反応があったときには既に翌日が帰国日だったので、会うことは出来ないままLINEでのやりとりが始まった(もちろん彼はLINEとはなんぞや?だったので、ダウンロードしてくれた)。 そして彼はわたしと同様、Tinderをお遊びの相手を探すのに利用していたのではなく、真面目な交際相手を探していた(その場しのぎの相手を探していたなら、すぐに会えないと分かっている相手と会話を続けたりしないと思うから、わたしは彼の言葉を信じる)。 始めは友だちとして他愛もないことを週に1回くらいの頻度で話していて、段々とお互いに親しみを感じるようになり、1度大きなケンカをして途切れそうになりながらもなんと、ちょうど1年後にまたハワイで会う約束をするに至った。会ったこともない男性と1年間もLINEのやりとりだけが続いたのは、よっぽどふたりの相性が良かったからだと思うし、そもそもそんなに相性の良い人とハワイの旅行先でギリギリのタイミングで繋がることが出来たのは本当に奇跡で、ラッキーだったと心から思う。 ヒューに出会うまでの活動期間には、色々な出会いがあった。1度も実際に会わなかった人、1度しか会わなかった人、数回会った人、手も握らなかった人、嫌々ながらキスだけした人、SEXしてすぐ終わった人。同時に7人の男性と並行してチャットをしていた期間もあった。そしてヒューと出会って段々とお互いのことを強く意識してくると、わたしは他の男性たちとの対話を『ごめんなさい』と終了させ、彼に実際に会うだいぶ前からどのアプリも使うのを止めていた。 そして遂に、ハワイでウキウキしながら対面したあの日は、今でも甘酸っぱい思い出として心に焼き付いている。前にも述べたように彼は少しぽっちゃりというか、がっしりとした、わたしの好みにどストレートな『クマちゃん』タイプで、包み込むようなハグをしてくれる理想的な人である。 あの日は大きな身体でとても緊張しながら話していて、それがとてもチャーミングで微笑ましかったので、わたしは却って気持ちに余裕をもって会話を楽しめた。わたしには可愛くデコレーションされた大きなアイスクリームと、自分にはハワイらしいトロピカルなフレーバーのダブルアイスを買ってくれて、ベンチに座って食べながら色々な話をして笑った。彼はそれまで出会ったどんな人よりも、安心して隣で笑っていられると感じさせてくれた。 ハワイで会った後は、わたしがカナダの彼の家に滞在したり、彼が日本へ来てくれてわたしの両親と会うなどして関係を深めている。彼とわたしはもうお互いを必要として、なくてはならない存在になっていると感じている。 こういうわけで、わたしが最終的に結ばれたのは日本に住んでいる相手ではなかったのだけど、そのことからわたしが学んだのは、空間的な距離は問題ではなく、絶対的に『相手』なのだということだった。出会う手段もタイミングも場所も何でもいい、とにかく出会うまで探し続けるしかないんだっていうことだ。 ただ、こうして理想の優しい彼と出会えて終わった婚活だったけれど、とてもとても心から残念に思っていることがある。理想の相手を探し求める過程でわたしの犯した過ち。それはヒューと出会う前に、本当に好きになってもいないのに数人の男性と身体の関係を持ってしまったこと。 その上、ヒューとの結婚を考え始めた頃に、念のために受けた検査でわたしはHPVを持っていることが分かり、それも軽度異形成という子宮頸がんの前段階のような状態になっていたことが分かった。実際のところ誰からHPVウィルスをもらったのかは分からなくて、もしかするとヒューなのかもしれないけれど、彼に出会う以前にそういう関係を持ってしまった3人の男性とのことを、自分への戒めの意味も込めて書いておこうと思う。 彼の名前はたしかショーン(38)だった。有給を取って1人で行った何度目かのハワイで、やっぱりあるアプリを通して出会った。マッチした彼からDMが来たのは帰国する2日前の夜で、その日わたしは帰国前の最後のショッピングを思う存分楽しんで、セールでお得に買えた服や下着やお菓子などをベッドの上に並べて、満足そうにほくそ笑みながら寛いでいた。ハワイのショッピングはどうしてだろう、やたら楽しい。 「アロハ!元気?」 アイコンを見るとなかなかキュートな白人男性。ハワイ在住の退役軍人で、年齢もちょうど良かった。 「アロハ!元気です、あなたは?」 「ボクもすこぶる調子がいいよ。何してるの?」 「ショッピングで買ったものを並べて楽しんでるところ」 「へ~、楽しそうだね。どこに泊まってるの?」 「ベイショア・ウェスタン」 「ええ!?ボクのマンションのすぐ近くだよ!ここから見えるくらい」 「ほんと?窓から手を振ろうかな?」 「それより、今からそっちに行っていい?」なにそれ?ハワイのノリ? 「え。だ、それはダメだよ~」 「なんで??会おうよ、会いたい」 「もう夜遅いし、まだお互いよく知らないし…」 「写真のキミの笑顔はすごくセクシーなんだもん、今すぐ会いたいよ」 可愛いことを言ってくれるけど。もうシャワー浴びちゃったし、またお化粧してオシャレして出て行くのはちょっと面倒だ。夜中に会うなんて危ないし、そういうつもり無いし。 「ねぇねぇ、行ってもいい?」 「ダメだってば」でもあんまり頑なに断るのもノリの悪い堅物の女って思われるかな。 「ボク、もうすんごい興奮してきたよ。会おうよ、こっちに来る?」そんなこと言われて行けるかっ。 「う~ん、今独り?」 「うん、今兄貴が泊まりに来ててさ、さっきまでいたんだけど、どこかに出掛けたみたい」 「じゃぁお兄さん、すぐ帰って来るんじゃない?」 「だからやっぱりボクがそっちに行くよ」 チャットなのに圧がすごい…困ったなぁ~~~つむじを曲げさせないでどう断ればいいの~??これで勘弁して。 「じゃぁ、明日会うのはどう?」 「うん、そうだね、もちろん!」 あー、よかった。 「でも今日も会いたい!」 こ、この人。可愛いような。疲れるような。 「ダメ、明日の方がゆっくり会えるし、明日にしようね」もう幼稚園の先生のノリで。 「え~、ヤダ~。なんでダメなの~?」 「夜遅いからダーメ」 「興奮してこのままじゃ眠れないよ~」 そんなこと知らんよ~。その後、なんとかかんとかワガママベイビーを怒らせずに説得して、次の日の夕方に会う約束をして寝た。翌日、会う時間が近づいてみると、彼に愛着が湧いたのか、会うのが楽しみでワクワクしてきた。念入りにオシャレをしてホテルを出て歩き始めるとすぐ、後ろから声を掛けられた。振り向くと写真のショーンが口を大きく広げて微笑んでいた。下がった目尻もとても好印象。なんだかずっと前から知ってる人のような。きっと彼の人懐っこい笑顔のせいだな。 「ハ~イ、会えてうれしいよ、ヨリ!」 両手を広げて近付いて来て、熱烈なハグをしてくれる。 「うん、会えたね。元気?」 「ちょー元気。グッド・タイミングだね!ちょうどホテルから出てくるところが見えたんだけど、キミだってすぐ分かったよ」 そこから並んで歩いて海へ向かい、夕日に照らされる海辺に沿った遊歩道を歩きながらお互いのことを話した。彼はとても物腰が柔らかくレディーファーストのジェントルマンに思えた。でもその時の会話で印象に残るというか、引っ掛かったことがひとつ。彼は『結婚しない主義』だと言い、なぜならそんな形式上のことは必要ないから、だそうだ。 わたしはその時は、『そういう考え方もあるよね、もちろん。でもわたしともし付き合ったら、その考えは変わったりするかもしれないよ』などとありがちな楽観主義を持ち出して、気にしないと自分に言い聞かせて会話を続けた。彼は笑顔を絶やさずユーモアもあって、時々わたしの腕や腰に軽く触れる。わたしは彼の魅力にどんどん引き込まれていくようだった。 そしてある交差点で彼が進路を変え、海から離れる方向へ歩き出し、わたしはどこに行くのかを尋ねることもなく彼の隣を歩き続けた。もしかしたらと怪しみながらも会話は途切れることのないままゆっくりと進み、思った通り彼の住む新しい高層マンションに着いて、彼は当然のようにわたしを中へ招き入れた。『ここでイヤだとか帰るとか言ったら彼を怒らせて、この人とはもう終わりになっちゃうんだろうか』って恐れる気持ちも半分あったし、残りの半分は彼への好奇心や好意でいっぱいだったので、断って帰りたいとは思わなかった。 それでも、やっぱり帰るべきだったと今では強く反省している。普段のわたしは、そんな風に初めて会った人の家に上がり込んだり絶対にしないのに。ハワイで浮わついて魔が差したのか、またはいい出会いもないまま翌日には日本へ帰るんだと焦る気持ちがあったのか。それともショーンがわたしの感覚をマヒさせるほど魅力的だったのか。とにかくあの日は、わたしらしくなかったとしか言いようがない。 彼の部屋はモダンな作りで、洗練された高級マンションという雰囲気。各部屋を簡単に案内してくれた彼がキッチン・カウンターのスツールに座り、わたしは彼の前に促されて立つと、わたしたちはなんの迷いもなくキスをし始めた。そしてそのまま抱き上げられてベッドルームへ行った。何度も言うようだけど、わたしは正直、とても根が真面目で、会ってその日に軽い気持ちで寝てしまうようなことは1度もしたことがなかった。愛のないSEXなんて絶対にしないと思っていた。 今でも不思議に思うのだけれど、あの日のあの時のわたしは、ハワイに来て何人もの男性と遊びで寝て回っている日本人そのままのように振る舞っていたと思う。彼の青い瞳にクラクラしてしまったのか、わたしは別人のように大胆になっていた。と言っても、もちろんその場限りの遊びのつもりではなく、その後も関係を続けるためには今、性的関係を断ったらスタートラインにも立てないだろうという恐れもあった。男女の恋愛は身体から始まるという、海外ドラマや映画でしか見たことがない勝手な思い込みの『欧米流の恋愛事情』を受け入れようとしていたのかもしれない。 それでも彼はとても優しく、わたしを褒め、丁寧に扱ってくれた。翌日の帰国のフライトが早朝だったため、わたしは彼が送るというのを断って朝の4時頃に独りで歩いてホテルへ帰った。飛行機の中ではとても切なかったけど、彼との関係が続くことを期待していた。 その後、彼はハワイからアメリカ本土の地元へ戻って、何度か連絡をくれたけれども、関係が前進するような兆しは何も無いまま半年ほど経った頃、わたしがまたハワイ旅行へ行くことを話した途端、連絡は途絶えてしまった。彼はきっとわたしがまたハワイに男漁りにでも行くものだと考えたのかもしれない。そこはかとなく心外で、悲しかった。 でもわたしもその頃には彼への期待はほぼ無くなっていて、なによりわたしの中の心の声が、『結婚しない主義』である彼とはわたしが求める関係は築けないと訴えていたのだ。それに加えて、実は彼に対してのわたしの気持ちというか、姿勢にも問題があった。わたしは彼と、『ある種』の気を遣わずに会話をすることが出来なかった。 彼がわたしに対して差別するような態度を取ったことは一度もなかったけれど、白人である彼に対して、わたしは引け目を感じずにいられなかった。『人は皆平等』といいながらも人種差別による思想や問題がはびこっているアメリカで育った白人男性であるショーンが、1ミリの偏見も持たずにわたしを愛してくれるとその時のわたしには信じることが難しかったのだ。これはわたしの恥ずべき問題。うん、これはよくない。全然よくない。人類みな兄弟でしょ? そして二人目。 その後しばらくして、日本国内在住の外国人男性へとターゲットをシフトしたわたしは、東京を拠点に活動しているというスイス人ジャーナリストであるアンディ(37)とマッチした。彼はDMで繋がってすぐにHな話をし始めた男性の1人だったけれど、わたしが当時もっていたスイス人に対するイメージは『世界で最も大人な国の人』。せっかく巡り合えた世界有数のジェントルマン排出国(と思っていた)の出身者と巡り合えたチャンスを逃すものかと躍起になって、『多少Hだけどただの変態ではない』と自分に言い聞かせながらチャットを続けていた。今思えばちゃんちゃら可笑しい。 彼は最初、自分のナニのサイズをほのめかして来た。今お風呂に入っているんだと言って泡風呂から出た自分の足先の写真を送ってきて、いつものSEX話が進むうちに、もう自分は大きくなったとか、固くなったとか言い始め、わたしに見たいかと聞いてきた。見たくないと言うわけにもいかないので見たいと言うと、添えられている彼の手が極小なんじゃないかと思うくらいのジャイアントなモノが泡から突き出している画像が送られてきた。 「げぇぇっ!!これが噂のヨーロッパサイズ!?なんか単体の生き物みたいで気味悪いんだけど…」 そして彼は悲しそうなトーンで、今まで関係を持った日本人女性の中には、どうしても入れることが出来なかった子もいたなどという話をしてくれ、それでも自分のサイズがどうしようもなく得意な様子だった。悲しげに自慢話を振ってくる系の変態。 これまでの経験から言わせてもらうと、ナニが大きい男性って、それさえあれば女はみんな性の奴隷になるとでも信じてるんじゃないだろうかと思われる。そしてそんな女性をどうこうする時の妄想を膨らませ過ぎて変態になっちゃうとか?思うに、子供の頃から男性同士の間で、サイズの競い合いが過熱し過ぎているんじゃないかと思う。デカけりゃいいってもんじゃないってことは女性の胸のサイズにも共通してるのに、それを学ばない人は勘違いして変態になるんだよ、きっと。 今だから冷静にそんなことを分析してるわたしだけど、当時はまだアンディが『まっとうな男性』である可能性にしがみついて根気よくチャットを続けていた。しばらくして彼から一度会いましょうかと誘われたとき、彼は奇妙なことを聞いてきた。 「カフェにでも入ってさ、まずテーブルの下でボクのサイズを触って確認しない?」 なんじゃそれと思ったけれど、うん、オッケーと話を合わせていた。そのことを想像して興奮しているのか、何度も何度も『テーブルの下の確認』を勧めてきた。そんな風習がスイスではあるのかな?初デートで男性のサイズをカフェのテーブルの下で確認して、良ければそのままお食事へ、ダメならその場でバイバイ、みたいな。まさかね。クス…。 そして彼と会う当日、わたしはカフェで人目につかない席を探し、テーブルの下で彼の股間に手を伸ばさなくてはならない覚悟で出掛けた。そのスイス人ジャーナリストが待ち合わせ場所に提案した山手線の駅のホームで初めて顔を合わせると、彼はすぐに唇にキスをして、『会ったらすぐにキスするよって約束したでしょ?』と謎に得意げな顔をしていて、わたしはヨーロッパ流の初対面のマナーかよと苦笑いした。 約束通り駅を出て近くのカフェに入ると、思いのほか混んでいてテーブルの下の確認作業が出来る状態ではなく、わたしたちはすました顔でお互いのことを30分ほど話した。彼は世界中を回って様々なセレブのインタビューをして華々しく成功しているようだったけれど、一ヶ所に定住していることが出来ないから女性とお付き合いが出来ないのが悩みだと打ち明けてきた。でもさ、それを聞いたわたしはどうすればいいのかな。これもここだけの遊びだということを受け入れろってこと?チャットでは彼も真剣な関係を求めているという話だったのに。 それでも『わたしなら』何とかなると考えてしまうのが『恋は盲目』であって、頭の中の警告サイレンに耳を塞いで、わたしはまた性懲りもなく、『わたしとだったら彼の気も変わる、この彼こそが運命の人で、いずれ結婚して幸せになれる』という可能性にしがみついていた。ぶっちゃけ、世界のセレブと会うことが出来て、いつか自分までセレブの一員に仲間入りなんていう可能性にまで期待しちゃってた。あり得ない…。 一通り話し終わって店を出るとすぐ、なんと彼は近くにホテルがあるから行こうよと誘ってきた。『まだボクのバナナのサイズ、確認してないでしょ』って。はは~ん、駅のすぐ近くにラブホがあることを知っててこのマニアックな駅を指定したんだわ。間違いなく、女性と会うときはいつもココを使ってますよね?胸の奥がザワザワした。 わたしは出来る限りその場で彼と寝ることは避けたかった。なんせ彼とは今日初めて会ったんだし、たくさんの女性と遊んでそうだし。でも彼はすっかりそういうつもりで来たらしく、抱きしめたりキスをしたりしてわたしをその気にさせようとしつこく、チーターの爪はわたしの身体にグイグイ食い込んで行った。 しばらく粘ったけど、わたしは彼を怒らせないで適当にあしらって帰ることはまず出来ないなと諦めた。『アンディ』という、まだ良いか悪いか分からないチャンスでも、手放すことはしたくなかったのだ。それに彼の仕事などに関して真面目に話すのを聞いてみると、案外きちんとした人物に思えたし、正直、彼にはほって置けないような、甘えられたくなるような、どこか惹かれるところがあった。 その後数日間、生理でもないのに出血が続き、後でHPVに感染していると分かったとき、わたしは直感的にアンディから感染したのではないかという気がした。彼は大きなペニスを自慢したくてたくさんの女性と関係を持っていたと思われるので、ウィルスを持っていた可能性はとても高いと思う。それを言うならハワイのショーンもほどほどに遊んでいただろうし、HPVウィルスというのは性交渉をしている男女ならほぼ誰でも持っているという意見もあるので、両方が持っていた可能性だって大いにあり得る。 感染源はもはや分からないので誰を責めたりとか何を後悔したりとかは出来ないのだけれど、相手のことがまだよく見えてないし、その後も関係が続くことが決まってもいない段階でSEXをしてしまったのは大きな愚かな間違いだったのは確かなんだよね。年齢的に焦っていたのは確かだけど、SEXを断ったら機嫌を損ねてしまうという有りがちな恐れが、間違いを犯してしまった理由の大部分を占めていた。くーっ、弱い女を演じてしまったようで猛烈に悔しい。寝るのを断ったら怒るような相手ならご免だという毅然とした気持ちでいるべきだったと痛烈に思う。 アンディは後日チャットした時に、まだ痛くて血が止まらないからしばらくHなんて出来ないと言ったら、連絡が途絶えた。なんてあからさまな。その後わたしの持つスイス人のイメージは言うまでもなくガラリと変わった。 そして3人目は前述のアメリカ海軍のジョージ。渋谷で待ち合わせた最初のデートは、こじんまりとしたアメリカンなレストランに入って、少し暗い店内でアメリカ南部の料理を堪能しながら、ヒソヒソとムードのある会話を楽しんだ。彼はなんとなく相手をゆったりくつろがせる雰囲気のある男性で、一緒にいて居心地がよかった。まだまだお互いを全部見せないくらいの距離感だったけれど、今後の発展は充分あり得るとジョージもきっと感じていたんじゃないかと思う。 そんなこんなで初デートは良い雰囲気のまま終わろうとしていたけれど、日本でのデートの場合、家まで送ってもらって薄暗い玄関先で別れるというのではなく、人でごった返す駅の改札というのが味気ないところだと思う。何百人という人眼があるので、ロマンチックな言葉もハグもキスも無く「今日は楽しかった、ありがとう。またね」と握手なんかして、改札を通って電車に乗った。でも優しくて思いやりのある彼の態度を思い返して、帰り道はほどよく良い気分だった。 その後しばらくして彼は海軍の任務で2ヶ月ほどどこかの海(どこかは軍の機密事項なんだって)へ出掛けることになり、その間も何度かチャットや電話で話しながら良い感触で続いていたけれど、なんとなくまだ『きゅん♡大好き♡』という感覚にはなれなかった。相手の落ち着きすぎている様子のせいなのか、心を開くどころか秘密主義的なところを敏感に感じていたのか、『安心して心を寄り添わせることが出来ない感』がぬぐえず、ストレートに恋愛対象と考えられなかった。結婚相手の条件としては申し分ないし、ひょろひょろのルックスはわたしのタイプからは大幅にずれていたけど愛せる範囲だし、でも何かが盛り上がりを妨げていた。 わたしは彼のこの任務中に、再度ハワイ旅行に行っていて、そこで今の愛する彼、ヒューとアプリ上で出会い、繋がっていた。彼とはまだ実際には会えなかったし、お互い友だちとしてLINEで話し始めただけだったので、ジョージとのやりとりは続いていて、彼の任務が終わる帰国日に都内で会うことになった。この時ジョージは船から直接東京へ来て、わたしとホテルに一泊したいなどと言い出したので、焦った。 「え、それはちょっと」 わたしがひるむと、彼は今思えば非常に腹の立つことを言ってきた。 「こんなに長い間船上にいてボロボロに疲れてるんだから、何も出来ないよ。もしかしてヨリは、男女が一緒に泊まったら必ずSEXするとか考えてるの?ヤだなぁ、子供じゃあるまいし」 彼はそう言うことによってわたしに恥ずかしい想いをさせて、Noと言えなくさせた。無知で呑気なわたしは苦笑いして、それを彼の大人な振る舞いだとすっかり信じ込んで、当日、お泊りセットを持って待ち合わせ場所の池袋へ出掛けた。 細くて背の高い彼は2ヶ月の船上生活の後でさすがに疲れた様子で現れて、わたしはこれなら精力全開で襲われる心配は無いなとむしろ安心した。挨拶もそこそこに近くのビルの2階の焼き肉店へ入って適当に注文して、再会を乾杯した。彼もわたしもアルコールを飲まないので、ウーロン茶とコークだったと思う。船内でどんなにベッドが狭苦しいかという話や、わたしがハワイで滞在したアパートメントの話をしながらまず野菜を焼いていると、彼は「ボクは野菜は食べないから」と当然のように言った。 「え~?子供みたい~」 わたしはどちらかというと健康オタクで(テキーラのことは置いといて)野菜無しの食事なんて考えられなかったので、そうは言っても食べるでしょというノリで焼けた野菜をトングで彼のお皿に置こうとすると、 「いやいやマジで食べないから」 「…普段、野菜は一切食べないで生きてるの?」 「ポテト」 「それって野菜じゃなくない?」 「コーン」 「それも」 「パン」 わたしが何を言おうとも、彼は頑として野菜を口にしようとしない。妥協する気もゼロ。 「子供の頃から野菜は食べなかったの?」 「厳しい婆ちゃんにめちゃくちゃ食べさせられたからもう食べたくない」 「前は食べられたんじゃん!今も食べようと思えば食べられるのね?」 「でも今は絶対に食べない」 彼のこの頑固な態度がわたしには底の見えない子供っぽさに思われて、やわらかく膨らみかけていた心の中に『なんか違うかも』という影が差した。そこからの会話は微妙にギクシャクしてしまい、それでも表面上は取り繕いながら食事を終えてホテルに移動した。 部屋はビジネスホテルとバケーションホテルの中間のような広さと造りで、ベッドはセミダブルだったけれど彼はとことん疲れているようだったし、あの言葉があったしでわたしはすっかり油断していた。心配する素振りなんて見せようもんならまた恥をかかせられ兼ねない。 新しく清潔なホテルだったので上機嫌で「お先に~」と、ゆっくりとお風呂に入って出ると、長い長いとブツブツ言いながらシャワーを浴び始めた彼のことは待たずにさっさとベッドに入って寝るつもりだった。彼がものの10分で出て来たのには気付いたけれど目を閉じたままでいると、なんと彼はベッドの上に乗って顔を近付けてきて、唇にキスされた。 「ちょっと~、今のわたしたちの最初のキスなのに!」 わたしがおふざけで流そうとすると、彼は笑って薄い掛布団の中に入って来て、抱き寄せてキスをしようとする。わたしは『ま、寝る前のイチャイチャタイムかな。それくらいなら』という軽い気持ちで受け入れたつもりだった。彼を喜ばせてみちゃうかと、良い感じの吐息まで吐いてみた。 ところが、だ。この吐息がいけなかったのかもしれない。彼のキスは途端にエスカレートして、そして彼の両手はあらゆるところに動き始めた。遂にわたしの下着を脱がせようとするので「No No ダメだよ、やめて」と何度も言っているにもかかわらず手を引っ込めてはまた来る、引っ込めてはまた、とぜんぜん諦めない。その執拗さと執着ぶりにわたしは恐くなり、彼を怒らせるのではないかと強く断ることが出来ないまま、結局は彼の思うままにさせてしまった。 2人だけの密室で、興奮した男性がキレたらどんなことが起こるのかと恐ろしくなって、逆らえなかった。暴力的なことは起こらないとしても、気まずくなってその後、関係が消滅してしまうのではないかという恐れも大きかった。 ちなみに彼とのSEXはものすごく短かった。驚異的だ。挿入時間はまさかの5秒くらいで彼のイッた様子もないまま、サラッと終わった。いったい、あれは何だったんだろう?男の人ならどういう状況で何が起こったのか分かるのかな?家族にも聞けないし、その後に知り合った男性に聞くわけにもいかないので未だにナゾだ。 そしてこのネイビーの上官はすごすごと寝る体勢に入り、ふたりで当たり前のように寄り添って眠った。わたしは、Hはしない約束だったから納得がいかない気持ちだったけれど、やっぱりこの時もわたしは、彼との関係がこの後も続いていくと考えていたので、いま起こったことを悪い方向には考えないようにしていた。 そして朝、目が覚めると彼はもう一度求めてきて、前夜とまったく同じように極短時間の挿入をした。今だから言ってしまうと、彼は黒人男性なのに(偏見だけど)それまで見たどの男性のよりも細く短かった。彼の指より小さかったんじゃないだろうか。信じられなくて二度見をしたほどだ。時間もナニも短い。わたしは正直、何も感じないまま終わっていたという、ある意味記憶に残るSEXだった。 その後、彼とは『わたしたちは付き合っているという前提』でやり取りが続いたけれど、わたしはモヤモヤした気持ちがどうしても晴れず、ある日LINEでのチャット中、遂に爆弾を持ち出した。 「ねぇ、あの日、本当はSEXしないっていう話だったよね?」 「うん、そうだったけど」 「なんでしたの?」 「キミはしたくなかったとでも言うの?」 「だってSEXなんてしないっていう約束だったから泊りに行ったんだよ」 「え、腰を浮かせて下着を脱がさせておいて、何言ってるの?」 「あなたを怒らせたくなかったからだよ」 「ボクはキミもその気なんだと思ったよ」 「わたしは正直したくなかった。まだ会ったの2回目だったじゃない」 「そんなの関係ある?」 わたしは無性に腹が立ってきた。大人を演じるこの発言。わたしは本当に心の底からしたくなかったのだ。わたしの中では、彼とはまだ恋も愛もほとんど始まっていなかった。そして彼の言葉を信用していたのだ。わたしを小馬鹿にしてまでSEXなんてするわけないと言ったくせに。実は最初からするつもりだったんだろうか。『純粋に帰国初日にただ顔が見たいから会いたい』というのはウソだったのか。怒りが沸々と湧き、やるせない気持ちでわたしは単刀直入にこう言った。 「一言でいいから謝ってくれる?」 「え、なんでボクが謝るの?」 「だってSEXしないって約束を破ったから」 「そんな約束したかなぁ」 「した!だからわたしはあの日あなたと会ったの」 「じゃぁ、あの時したくないって言えばよかったのに」 「言ったよ!何度も何度もNoって言ったのに聞いてくれなかった!」 「そうだった?」 「お願いだから謝って。そうすれば少なくとも気が済むから」 「でもキミが腰を浮かせたからOKなんだと思って」 「それはあなたを怒らせるのが怖かったからって、さっき言ったよね?」 公平な目で見れば、強い意志で最後まで断らなかったわたしにも非があるのかもしれない。彼はわたしの気持ちが盛り上がってその気になったんだと思ったかもしれない。本当はわたしもそのつもりでやって来て、思わせぶりにNoと言っていただけと思ったのかもしれない。実際、彼に悪気はなかったかもしれない。 でも、わたしが怖いと感じたからには、たとえ最後には同意したとしても、レイプも同然だったと言える。わたしたちの関係がレイプで始まったなんて思いたくなかったから、彼に一言でいいから謝ってもらって、彼を許すことでレイプではなかったと思いたかった。変な理屈だけど。でも彼は、頑なに謝ろうとしない。 「どうして謝ってくれないの?もしかして謝って認めたら、わたしがレイプされたって警察に訴えるとでも思ってる?」 「え、いや、そんなことないけど…」 「じゃあ、どうして?」 …間が空いた。 「ごめん」 やっと謝ってくれた。わたしはそのことに素直に礼を言って、その後は2人の間でその話をすることはなかった。でも、残念ながらわだかまりは解けずに、丸まるそこに残った。そのままお互いの心の距離は広がり、温度は急速に冷め、わたしはジョージと連絡を取ることを止めた。 数ヶ月たった頃、彼がアメリカの基地に戻ることになったとメールで連絡をくれたけれど、わたしは返信をしなかった。彼に怒っていたというより、あの時の自分や彼や起こった出来事、全てがイヤで忘れ去りたかった。日本という国に憧れて横須賀基地への配属を希望した彼は、どのような気持ちでアメリカへ帰国したのだろう。あの時のことが、わたしの傷ほどには大きな傷になっていないといいけど。 このようにしてわたしはまだよく知りもしない、好きだったのかどうかも定かでない3人の男性と、ただ今の関係が終わってしまうのではという恐れや、自分の意志は通せるという浅はかな自信のせいでカラダの関係を持ってしまい、心だけでなく健康だった身体にも傷を負ってしまった。 HPVの発見時から数ヶ月ごとに婦人科で検査を行い、先日やっと異常なく1年経ったので『通常の健康診断に戻っていいですよ』と先生に言われたけれど、今後、たぶん一生、ガン化していないかどうかを常に気を付けていなければならない。色々な手術も可能だけれど、妊娠を諦めなければならなくなる場合もある。 でもわたしは必要以上に自分を責めないつもりでいる。わたしは今もあの頃も、心から愛せるパートナーが欲しかった。支えが欲しいときに甘えられる存在が欲しかった。大切にしたいと思える相手が人生には必要で、毎回、この人がそうなのかも知れないと信じようとしていたのだ。ただ、その場でSEXをしなかったらもう会えなくなるような男なんて最低だというセオリーを、理論上は知ってはいたものの本当には理解出来ていなかったんだと思う。あの頃のわたしに教えてあげることが出来たらいいのにな。 でも、身体を危険にさらして学んだことは、今後は絶対に活かそうと思う。寝るのを断ったら怒ったりもう会わなくなったりするヤツなんて、クソくらえ。そうなったのなら、彼の本性がその時点で分かってラッキーだったと思うだけのことだ。 幸せなことに、やっと巡り合えた優しい彼は、そんなオトコでは絶対にない。だから今、未来のパートナーを探している女性たちにわたしの経験を知ってもらって、同じ過ちをして傷つかなくて済むようにと願って、これを書いている。その人を失うことを怖がらなくて大丈夫。彼がダメならもっと良い人が絶対にいるから、自分を守るために正しいと思うことを通しましょう。 もっと他に、マッチング・アプリ婚活をする方にとって何かお役に立てることはないかと考えてみると、ヒューとの遠距離国際恋愛において、わたしが『して良かったこと』と言えば、1度大きなケンカをしたときに、自分の気持ちを素直に丁寧に説明したことかな、と思う。 もうケンカのきっかけは忘れてしまったけど、散々言い合った後で『もういい、別れよう』と、いつものケンカより深刻な状況になって、彼から最後のメッセージが来たときに、最後の返信としてわたしは『こんなことになってしまったけど、あの時わたしはあなたが言ったことに対してこういうふうに感じたからこういう意味でこう言ったけど、それがあなたにこういうふうに感じさせたのだとしたらごめんね』と書き、自分の本心を正直に、明確にして終わりにしようと思った。言語の違いや離れているせいで誤解されたままお別れになるなんてイヤだったのだ。 そのお陰もあって、どうやら勘違いしていたらしい彼がほとぼりが冷めた頃に連絡をくれて、関係は終わらずに続いた。言わなければ伝わらないことって、ほんとにあるんだね。 そしてヒューがしてくれた良かったことといえば、大らかで忍耐強くいてくれたこと。彼は細かいことをつついたりせず、過去のことをほじくり返すとか、蒸し返すとかいうことをしない(わたしはけっこうする)。 そして彼がわたしのために少しずつ変わってくれたこともとても大きく、わたしを感動させた。付き合い始めてしばらくの間は、彼もわたしも腹を立てて別れる別れないと口に出してしまうことが何度かあったけれど、数ヶ月経つと彼は明らかに忍耐強いクマちゃんへと変化しているのが分かった。 わたしがつまらないことでかんしゃくを起こして『さよなら!』と言い、その後のチャットを無視すると、彼は必ず数時間から1日くらい、わたしに落ち着くための時間を与えた後に『ハイ!』と何もなかったようにメッセージを投げてくれた。そしてわたしがまだ拗ねていると『ごめんね』と謝ってくれ、わたしが笑うまで根気強く付き合ってくれたのだ。 彼の中にはもう、わたしとの関係を終わらせる選択肢はないのだと感じさせてくれた。そして『もう二度とさよならって言わないで』というヒューの悲しそうな言葉が、わたしを冷静に、大人にさせた。それに彼は人生や未来、世界に対して明るい気持ちを持っているという点が、将来ずっと一緒にいたいと思わせてくれる素晴らしいところだ。 とは言っても、人生何があるか分からない。ヒューとだっていつかダメになってしまうかもしれない。でも、それならそれで受け止める。また立ち上がって新たな出会いを探しに出掛けて行けばいいのだ。恋愛に年齢制限は無いどころか、たぶん30代以上になって酸いも甘いも経験してからの方が、相手の良さを深いところまで見られたり、相手のダメなところも理解して受け入れてあげられるから、表面的じゃない、お互いの人生を充実させてくれる恋愛が出来ると思う。 マッチング・アプリは、みんなが本来のちゃんとした目的に沿って利用すれば、本当に素晴らしいツールになると思う。出会いが無いとボヤきながら何もしないよりは、『出会い系』と後ろ指さされながらも行動した方がはるかに早く幸せに辿りつけるに違いない。自分を見失わないで、相手の期待より自分の気持ちと考えを最優先して、自信を持って賢く、そして心から『この人だ』と想える人に出会うまで根気強く続けることを忘れなければ大丈夫。危険なツールではなくて、あなたの人生をエキサイティングでワクワクするものに変えてくれるよ。 「サチ~、元気?」 「ヨリ!ちょーグット・タイミングなんですけど。聞いてくれー♫」 「なんやなんやー?」 「出会いがあった♡」 「マジー!!どんな人?アプリで?」 「うん、新しいアプリ。わたし至上いちばんイケメンだしヤバいくらい優しい!」 「よかったじゃ~ん😊もう会ったの?」 「明日初めて会う!」 「キャ~♡いっぱいオシャレして楽しんで来てよ!」
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