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第2話 定例会議②
揃った定例会議参加者。
冒険者ギルド・ファーテス支部長、ウイラード=ワイルド。
名前の通り顔全体を覆うモジャモジャの髭。身長は250㎝で横幅も広く、がっしりした体形はドワーフを思わせるが、総じてドワーフは身長が低いのでただ単に似てるだけの人間だ。狩りに行こうとしていたので動きやすい革鎧を着ている。
冒険者ギルド・ファーテス支部副支部長兼会計部長、シブサワ=エイジ。
エイジは俺と一緒に7年前に事故に遭いこの世界に転移してきた。元いた世界では俺と一緒の会社の総務部の若手のホープと呼ばれていた。両サイド刈り上げの7:3分けの髪型でスーツの下には常にベストを着ている。俺よりもちょっと背が高い185㎝。細いフチ無しメガネは冒険者稼業でも壊れなかった。体の一部なのかも知れない。
ファーテス支部飲食宿泊部門部長ビュコック=ドワイト。
冒険者ギルド内の酒場「こわき亭」で料理長をしている。「こわき亭」の運営と、冒険者用の簡易宿泊施設の運営、管理も任されているが、ほとんど毎日厨房に立っているので事務仕事はいったい何時やっているのかが謎だ。今日もコックの白服を着て会議に参加している。身長は170㎝と俺達と比べると小柄だ。
ファーテス支部資材管理部長ゲイル=ルーテック。
冒険者たちの持って来る依頼品や戦利品の鑑定、動植物系魔物の捌きと燻製など簡単な製品の製造と管理を任されている。白髪白髭で飄々とした老年に差し掛かったと言っていい年だが、獲物を捌く腕は随一で、夕方になり多くの獲物が持ち込まれる時間になると、捌いた返り血塗れで職員に指示を飛ばしその姿は鬼気迫るものがある。作業着のツナギ姿の175㎝。
ファーテス支部窓口業務主任ジェーン=マッケンジー。
窓口業務を取り仕切るエルフの才媛。受付業務の窓口捌きの見事さは「受付の掃除屋」の異名を取るほど。彼女の窓口に並ぶ冒険者は、手早い事務処理と制服のシャツを第2ボタンまで開けた神秘の谷間を拝むのが目的と言っても過言ではない。窓口業務は会計部の下部組織の扱いだが、上司に当たるエイジも彼女には一目置いている。冒険者時代にシゴかれたトラウマでは決してない、はず。
ファーテス支部窓口業務専従職員ナリミヤ=ユキノ。
さっき少し紹介した。窓口専従職員で日本人転移者。書記の能力を買われて定例会議に参加している。制服をきちっと清楚に着こなす彼女の窓口には、殺伐とした依頼後の冒険者が可憐な癒しを求めて並んでいる。
そして俺、カワイ=ケイスケ。
一応このファーテス支部の営業販売部長をしている。営業販売部門とはいっても、 一般向けに製品を開発し、それを生産し、販路を拓くというような営業は、冒険者ギルドの生産部門がまだ立ち上がっていないため行っていない。
商業ギルドなど幾つもある他のギルドの権利を侵害する恐れがあるため生産部門の立ち上げには慎重にならざるを得ないし、わずか5年前に立ち上がったこのファーテス支部にとっては、生産販売よりもまず依頼を取って来て冒険者を食わすことの方が重要課題なのだ。
従って俺の主な仕事は依頼を取って来る営業になる。
販売は冒険者向けのギルドハウス内売店程度でかなり小規模なものだ。
俺はシブサワ=エイジと共に前世で出張途中に事故に遭いこの世界に転移してきた。日々細々した依頼主巡りなどが主な仕事だ。
しかしエイジの奴には費用面でも時間面でもまだ無駄が多すぎると小言を言われることが多い。いや、そこまでブラックにしないで欲しい。
この7名がファーテス支部定例会議の参加者だ。
この定例会議の議長を務めるエイジは全員が揃ったのを確認した後、コホンと咳払いをしてから会議の開始を宣言する。
「それでは支部長も来られたところで、冒険者ギルドファーテス支部定例会議を始めたいと思います。
では、支部長より一言どうぞ」
「相変わらず堅っ苦しいことだな、エイジ。
まあいい、今回の王都行きに関しては皆知っての通り、教会本庁へのお布施納入と、教会から購入している魔道具類やオブラートの値引き交渉を行ってきた。
魔道具価格は据え置きだが、憐れんでくれたのか誰かさんがぶっ壊したオーダーリーダーだけは、3割引きでいいってことになったぞ。
それと、同行して頂いたファーテス修道院のシスター・パトリシアの口添えで、無地のオブラートはこれまでの1割引きで卸してもらえることになった。我らの守護聖人、聖フランチェスコリ様がお聞き届け下さったのだ。
どうだエイジ、少しは頭痛のタネが減ったろう」
普段何もなければ一言の挨拶で済ますウイラード支部長が、王都出張があったため珍しくその様子を話し報告する。
「オーダーリーダーの値引きは喜ばしいことです。な、ビュコック? 専従報酬から月々10000デイス弁償するところが、7000デイスで済んだぞ」
エイジが冷静な声色でビュコックをからかう。
「まじか~! 助かったぜ、ありがとよ支部長!」
単純に喜ぶビュコック。15か月間10000デイスを給与から天引きされるのは、なかなかにキツい。
「しかし、無地オブラートについては1割引きとは言っても、まだ高値です。隣の都市ダンブルに比べても、教会への魔石の献上量の割には高すぎます」
「仕方ないじゃない、ここはど田舎の辺境だからさ。ダンブルまでだって馬車でまる2日はかかるんだから。教会だって輸送費用の問題もあるんじゃない?」
「しかしそうは行っても、無地オブラートが高値では、いくら優秀なスキルセッターやスペルセッターが居てもスキルオブラートやスペルオブラートの価格も上げざるを得ない。セッターへの報酬は下げられないからな。
スキルやスペルオブラートが高値だと、低ランク冒険者がなかなかスキルやスペルオブラートを購入できず、スキルやスペルを習得できずに、結果簡単な依頼に集中して奪い合うことになってしまう」
「現状はそうだもんね、営業販売部長?」
ジェーンがからかい塩梅で俺に振る。
「エイジ、そこは俺も何とか依頼を多く取って来るよう努力するからさ。焦っても仕方ない。教会が無地オブラートの値を僅かでも下げてくれたことを、一先ず喜ぼうぜ」
ウイラード支部長が俺の後を引き継ぐ。
「その通りだ、エイジ。王都まで同行して下さったシスター・パトリシアのお力で1割の値下げをお聞き届けいただけたのだ。なのにシスター・パトリシアはご自身の力不足を嘆いておった。
これ以上の不満はシスター・パトリシアのお顔に泥を塗ることになる。今回の成果を喜んでおくのだ。他の都市並みに値を下げていただくのはまたいずれの日を待とう」
ウイラード支部長がそう諭すと、エイジは言いたいことを飲み込み「……わかりました」と答えた。
エイジもクールに見えて、冒険者たちのことは親身に考えている。
ハアっ、とエイジは一つ息を吐き出し自分を落ち着けると、司会進行に戻る。
「では、各部門からの報告を。まずは飲食宿泊部門から。ビュコック」
「飲食部門は変わらねえな。相変わらず『こわき亭』は繁盛してる。ゲイルが良い素材を出してくれてるおかげだな。いい仕事してるぜ。粗利率は68%、営業利益率で34%ってとこ。酒も僅かながら自分とこで作れてるのは大きいぜ。
宿泊部門に関しちゃ、正直長屋の修理はあちこち必要だぜ。結構年数が経ってきたからな。隣のイビキは我慢できても雨漏りが増えて来てんだよな。あと、最近女性冒険者用の長屋が足りてねえ。修道院の中庭にテント泊で泊めて貰っちゃいるが、あんまりシスター・パトリシアにも迷惑かけらんねえしな。ってことで支部長の決裁頼みてえ」
「支部長の決裁は、会議の最後にまとめて行う。では次、資材管理部門。ゲイル」
「資材管理部門は、今年の魔石献上量は余裕でクリアできる見通しじゃ。まあここは色々と魔石の回収には事欠かないからのう。ただ、もう少し魔石回収量を増やすにはカッパー級以上の冒険者が増えて欲しいところじゃが、まあ焦っても仕方ないわい。
魔物肉に関しては、資材管理部の臨時手伝い依頼で集まる冒険者たちが徐々に捌きが上手くなってきたのもあって、品質は一定に保たれてきているぞい。リード級でも技術が付けばなんとか生きていけるしの。
今のところ冷凍冷蔵用のウエハースもまだ魔力を失っておらんし、特に購入が必要な物品もないぞい。
まあ今月はそんなもんじゃ。特に決裁仰ぐこともないぞい」
「次、窓口業務。ジェーン」
事前にエイジに頼んでいたとおり、俺の報告は一番最後にしてくれたようだ。
今回、支部長決裁を仰ぎたい件があるからそうさせてもらったんだ。
まさかビュコックも支部長決裁を仰ぐ案件出すとは思わなかったけど。
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