第1話 定例会議①

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第1話 定例会議①

 月1回の定例会議がもう始まる時間だ。  俺、カワイ=ケイスケは冒険者ギルド内の廊下を会議室に向かって急ぎ足で歩いている。  ……まったく、俺だってやることあるんだからさ、あんまり気軽に受付業務手伝わせないでくれよ……  俺の隣を早足で歩くジェーンに聞こえないように、小声でボソッと愚痴(ぐち)がこぼれてしまう。  出勤直後でのんびりしていた俺を拉致し、朝の依頼受託(じゅたく)事務に駆り出したのが窓口受付業務主任のジェーン=マッケンジーだ。  ジェーンも俺と同じく定例会議出席のため急いでいるが、エルフの特徴であるジェーンの尖り耳は、俺の(かす)かな(つぶや)きを聞き逃さなかった。  「だって事務室でヒマそうだったじゃん! こっちは定期大口依頼の解禁日で窓口が長蛇の列だったんだからさ!   寝ぼけてる営業部長の口が営業先で滑らかに回るようにって親切心! 感謝してよ」  冒険者ギルド受付の制服を着て、金髪の長い髪を後ろで(くく)って(まと)めたジェーンが、全く悪気なくそう返す。 「何言ってんだよ、依頼主に達成報告と成果の納入品を届ける準備してたんだよ」 「その割には納入品受け取りに資材管理部にも行かずダラダラしてたくせに」  ジェーンは制服に包まれた大きな胸の揺れを気にせず、俺より先に会議室に着こうと更に足を速め急ぐ。  変なとこで競うのが勝ち気なジェーンらしい。 「遅れました、申し訳ありません!」 「すんません、でもギリ間に合ってますよね!?」  先に会議室に入ったジェーンに続いてそう挨拶(あいさつ)して中に入る。  会計部長のシブサワ=エイジが俺達をジロリと(にら)む。  前の世界の頃から時間にうるさいコイツが(にら)むだけで済ませてるってことは、やっぱり間に合っているってことだ。  あっぶねー。  まあ問い詰められたらジェーンのせいにするつもりだが。  実際、教会への定期輸送などの定期依頼解禁日の受付窓口は地獄のように込み合うから、窓口業務のヘルプで遅れたって理由ならそこまで怒られはしない。 「ケイスケ、窓口も板に付いてるじゃねえか。オマエさんの窓口に並ぶ女性冒険者は、オマエさんの受付手続きが素早くて残念そうだったぜ?」 「そうそう、もうちょっと依頼のやる気が出るように、ゆっくりサービスしてやらんかい、ジェーンたちを見習って」  俺が自分の席に座る時、そう茶化してきたのは飲食宿泊部門長のビュコック=ドワイトと、資材管理部門長のゲイル=ルーテック。 「見てたんだったら手伝って下さいよ」 「ゲイルとビュコックに手伝ってもらってもね。  ビュコックはオーダーリーダー(受付魔道具)ぶっ壊した前科あるし、ゲイルは戦利品にイチイチ注文付けるから時間掛かって列が長くなるでしょ、それに2人とも中年過ぎだけどナイスミドルのシブさを感じさせる容姿じゃないからさ。ってかゲイルなんておじいちゃんに片足突っ込んでるし」  自分の席に座ったジェーンがそう言って口を(はさ)む。 「こりゃ1本とられたのう」 「どうせ俺は料理しか能がねえよ、あんな細かい操作チマチマやってられっかい」  二人ともジェーンにかかったら形無しだ。 「ケイスケだって、もうちょっとシャツの胸元開いてサービスしてくれたっていいんだけどね。ネクタイなんか取っぱらって。  ボタン留める穴を一つ下げるだけで冒険者のやる気が出るんだから安いモンだと思うわよ」 「営業の戦闘服なんだよ、スーツとネクタイは。一度締めたのに朝っぱらから簡単に外せないよ」 「ネクタイ結ぶくらい、やってあげるわよ♡」  俺をからかうように片手で頬杖(ほおづえ)をつきながら笑顔を向けるジェーン。  くう、笑うと本当に可愛らしい。  ただ、エルフは年齢不詳だから笑顔に(だま)されてはいけない。  それに、昔一緒にパーティを組んでいた時に、厳しく戦闘のイロハを仕込まれた悪夢のような記憶がどうしても拭えん。  それはともかく、上座の支部長席がまだ空席のままだ。 「エイジ、支部長はまたいつも通り遅れてるのか?」  俺がそう問いかけると、副支部長も兼務しているシブサワ=エイジがメガネを押し上げる仕草をしながら返答する。 「ああ、いつものことだ。書記のユキノくんに探しに行ってもらってる。全く、示しがつかんことだ」  メガネを押し上げる仕草は、エイジのクセだ。  内心がざわめき立つと出る。  俺と一緒にジェーンに冒険者のイロハを教わっていた頃は、火が出るんじゃないかってくらいの勢いで何度もメガネを押し上げていた。  今は、ちょいイラくらいの状態か。  その時、廊下の向こうからドス、ドス、ドス、と豪快な足音が会議室に近づいてくる。  その後ろからトテテテテ、と小柄な人物の小走りの音。 「ダハハハハ、すまんすまん、今日が定例会議だということを忘れとったわ」  バタンとドアが開くと同時に豪快な笑い声が会議室に響く。  その後から小柄な女性が書類を持って小走りで入って来る。 「もう、支部長ったら、歩幅が違い過ぎるんですからぁ」  小柄な女性、書記のナリミヤ=ユキノが立ったまま息を整えながら声を絞り出す。 「ダハハハハ、済まんな。ユキノくんが(あせ)らせるから仕方なかろう」  ドスンと椅子に座りながらいたずらっぽく返答する巨体の男。  ウイラード=ワイルド。  ここ、冒険者ギルド・ファーテス支部の支部長だ。  その名の通りワイルドな風貌だが、俺とエイジがこの世界に来て右も左もわからない時に拾ってくれた恩人でもある。 「ありがとう、ユキノくん。息が整ったら座ってくれ。  支部長、今日もいつもの突発的発作ですか……」 「エイジ、仕方なかろうて。なんせ昨日まで七面倒くさい王都出張に行かされてたんじゃからな。ようやくファーテスに戻ったら一狩り行きたくなっても当然じゃろ」 「七面倒臭いって、教団本部の守護聖人に目通りできるのは支部長だけなんだから仕方ないでしょう。  それに貴方が一狩り行ったら、それだけカッパー()級以上の冒険者の食い扶持が減るってことですけどね。少しは支部長として自重して下さい」 「支部長の『潜伏Lv5』スキル、見つけるの大変なんですからぁ。よかったです、ギルドの建物出る前に見つけられて」  エイジとユキノくんがそう言ってウイラード支部長を(たしな)め、ユキノくんは自席に着席し、議事録を取るためのノートを開く。  ナリミヤ=ユキノくんは前世で生徒会書記だった高校2年生の昨年、こちらの世界に転移してきた。今はジェーンの元で受付業務に従事する冒険者ギルド専任職員だ。  俺やビュコック、ゲイルらの要領を得ない話やエイジの早口の説明などを的確に書き残してくれるので定例会議など冒険者ギルド内の会議には書記として参加してもらっている。  これで定例会議の出席者は全員揃った。
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